禁断の魔法
「全力で逃げるわよっ!!!!!」
少女の大声の後に僅かな時間の沈黙があり……。
「「「「「「はぁぁああああああああああっ!!!!!!?」」」」」
……そして、敵味方関係なく大声が重なった。
「待て待て待てっ!!! そりゃ勝てるかも知れない相手でも逃げるって事かよ!! そんなみっともない事をするってか!? てめえにはプライドがないのかよ!?」
しかし、リティアは「命とプライドのどっちが大事なのよ!!」とまったく迷いのない様子で言い返した。 その彼女の言葉にキョトンとなった後に、彼女の仲間達は声を揃えて笑い出した。
「くっくっくっくっ! そこのウーマという男がまさに言いそうな言葉をリティア嬢が言うとはな!」
「ええ、自分の命と自分のプライド……確かに普通は命の方が大事でしょう」
「でもリティア姫の場合いは他人の命と自分のプライドですからね……まったくリティア姫らしいです」
ついでに言えば、彼らを殺してでも早く先へ進むより逃げて時間を浪費してでも彼らの命を守る事を優先するという事になる。 状況を考えれば前者の方が正解だろうとレイトは考えるし、そうしたいところではある。
しかし、後者を選択してもまだ必ずしも最悪の事態にはなるとは限らないのであれば悪党でも人命を優先するのは将来の自分の主君として、幼い頃からの親友として好意を持っている彼女らしい我がままだ。
「リティア嬢の迷いはなくなった……というならばなっ!!」
剣を構え直すや否や跳び出したレイトの前にチュッパーが立ちはだかり互いの剣がぶつかり合って金属音を鳴らせた。
「逃げるんじゃないのかよ!?」
「それは最終手段だな! リティア嬢と違って俺には剣士としてのプライドもあるのでなっ!!」
そこへチャプスが援護に入ろうとしたのを、光のツイン・ブレードが阻んだ。
「まあ! こいつらを倒してこのまま進めるならそれが一番だよっ!!」
マナ・ブレードで相手の剣を防ぎながら勢い任せで放った蹴りは、チャプスの男としての大事な部分を直撃し、「おぎょげぇぇええええっ!!!?」と悲鳴を上げさせた。
「あり? ユグドラ人でもあそこは弱いん……だ!?」
「隙ありだぁぁあああああっ!!」
そこへ繰り出されたフセンの振り上げた剣は回避出来そうもなかったが、振り下ろされる前にマナ・アローで弾き飛ばされた。
「リティアちゃん! 女の子がする攻撃じゃないでしょう!」
「いや~偶然偶然、偶々だよ~……あ!」
チャプスの顔面に思いっきり剣の峰をアディンが叩き込んだのには、流石のユグドラ人も「おばぁっ!?」と気絶した。
「チャプスがやられただとっ!? 普通の人間の! 子供相手にかっ!!?」
フセンが後退し剣を拾いながら驚きの声を上げる。
「貴様たちは竜化出来んのだろう? ならば我らより潜在的な身体能力が高いというだけの話っ!」
隙を付いたレイトのフセンへの攻撃は、チューインが彼の前に出て受け止める。
「だから俺らより弱っちい奴らを狙うんだよっ!」
竜化とは言葉の通りにドラゴンの姿へと変身する力の事だ、この能力自体はユグドラ人であれば誰でも生まれ持って備えている。 しかし、それと能力を発揮出来るかはまた別の問題で、きちんと鍛錬をして心身を鍛えなければ発動は出来ない。
「自分より強い相手と戦わない! そんなヒト達にはっ!!」
トンガとリコーンの二人を相手にしながらアディンも吠える、リティア達と共にであったとはいえ月の亡霊と戦い生き残ったという事実は、確実に彼の経験を積ませ自信に繋がっていた。
「……案外何とかなるかな、これ?」
レイト達と戦っている手下達の間をすり抜けるようにして、リティアはウーマに突貫して行く、こういう相手の場合はボスを倒せば大抵は戦意喪失で逃げ出してくれるものなのだ。
「小娘! 俺とサシで勝負する気かっ!?」
「リティアって言ったよっ!!」
ウーマの横薙ぎの一撃を避けてツイン・ブレードで斬り付けるが、彼も彼で横へ跳んで回避してみせる。 その動きはまったくの素人と言う程でもないが、自分が本気で斬り付けようと思ったら当てられたという風に感じられた。
「まだ言うのかよ!」
「本当の事なんだから言うわよっ!!」
金属と光の刃が数度ぶつかり合った後、「……って言うか! 強い相手と戦わないって言うならさっさと逃げればいでしょうがっ!!」と思いっきりブレードをウーマの剣にぶつけた。
「子供相手に逃げるなんざみっともなさすぎだっ!!」
リティアが自分を極力傷つけないように戦っていると分かり苛立つウーマは、手下たちをちらりと見やれば三対五にも関わらず僅かに押されていた。 剣士の男二人をメイド服の少女が時折魔法で援護するという見事な連携である。
「……しかし、この動きは……」
いつの間にか手下達と自分の距離が離れていた、それは敵を倒そうというよりも一人としてリティアの邪魔をさせにはいかせないぞという動きにウーマには思えた。
「みっともない大人ね! あんたは!」
「何を言うっ!!?」
気が付けば防戦一方になっていた、パワーでもスピードでも劣っている小娘に何故?と考える余裕もなくなっていた。
「大人がちゃんと大人をしてないから……」
まるでリティアの気迫に応えるかのようにブレードの輝きが増し、更に一回り程肥大化したが、「子供のだって勝てないのっ!!!!」と当人は今はそんなものは気にもせずにブレードを力任せに相手の剣に叩き付ければ、刀身の半分くらいのところを斬り裂いた。
「なんだとぉぉぉおおおおおおっ!?」
「斬れちゃったっ!? ブレードのパワーが……?」
予想外の結果になり困惑しながらも、左のブレードをウーマの喉元に突き付けると、「ここまでだよっ!!!!」と叫んだ。 その声にまず野盗達が動きを止めれば、アディン達も攻撃を中断した。
「……てめぇ……」
「……あんた達の負けよ、降参しなさい!」
少女の力強い瞳に気圧され掛けたウーマは、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべながら「はん! てめーに俺が殺せるのかよ!」と挑発的な声を上げた。
「どこまでもみっともない事を言って……」
ウーマを睨んでは見たものの、実際のところ殺せるはずもなく、こうなると今度こそ自分達の方が撤退するくらいしか手段がない。
「リティア嬢よ、今こそあれを使う時ではないかな?」
困っていたリティアにレイトが言う。 先ほどのリティアの急所攻撃で、ある魔法の事が思い出さられたのである。
「……あれ?」
リティアがウーマから目を離さずにレイトに問い返すと、「そうだ、あれだ」と返ってきた。
「……あれ? 何か切り札が……?」
アディンも目の前のユグドラ人達の様子を警戒しつつスレイに問いかけると、彼女は何か考え込んでいたが、次の瞬間に顔を赤くして「ちょ……まさか!? あれなのレイト君っ!!!?」と大声で叫んだ。
「ああ、そうだ。 あれだ、スレイよ!」
そのやり取りで、リティアはようやくレイトが何を言ったのか理解し、「何ごちゃごちゃ言ってやがるっ!!」と怒鳴ったウーマを見据えた。
「なーるほどねっ!」
むやみやたらと使ってはいけないときつく戒められてはいるが、この状況では、相手の命を奪いという最悪の結果を回避するためにはやむを得ないと即決すると、両腕のマナ・ブレードを消すのと同時に地を蹴ってウーマに迫り、右の拳を開き彼の腹部にそっと触れさせた。
「……な、何だよ? 痛くもかゆくも……」
言いかけたウーマの顔色が真っ青になり、直後に「あぶばぼげぇぇえええええええええええっっっ!!!!?」とヒトの者とは思えぬ悲鳴を響かせ、そして「……おべっ!!?」と白目を剥いて仰向けに倒れた。
いったい何が起こったのか分からず、レイトとスレイ以外の者は唖然となってしまう。 その彼を振り返り「これぞ、スレイのおかーさん直伝!!」と自慢げに声を上げたリティアは更に……。
「男の子の大事なところにトゲ付き鉄球が直撃した衝撃が起こる魔法っ!!!!」
……と、会心の笑みを浮かべてみせた。
誰もが口にするべき言葉が思い付かず、数秒間の静寂が訪れた後……「「「「「はぁぁああああああああっっっ!!!!?」」」」」という大合唱が起こった。
例外なのは「うむ!」と何度も頷くレイトと、恥ずかしそうに顔を赤らめ「……そんな大声で言わなくても……」と俯くスレイだけだ。
「さ~て……」
リティアがまるで次の獲物を探すかのように自分達を見渡したのに、ウーマの手下たちはゾッとする寒気を覚えた。 長ったらしいがどんな効果の魔法なのかはっきりと分かる名前を聞かされれば、それを受けた時の事が具体的に想像出来てしまう。
「まだ続ける? それとも降参する?」
あえて挑発的に言ってみせたリティアは、野盗達が次々と武器を捨てた事に安堵したのであった。




