正しい選択とは?
「……まったく、それで俺とスレイを叩き起こしたとはな……」
不満げな顔で文句を言うレイトに、「今の僕に出来る事、それはみんなで話し合うために二人を起こす事です」と妙な自信ありげな口調で言う。
そのやり取りに可笑しそうに笑うスレイは、実は少し前から目を覚ましていたのであり、それはレイトにしても同じだろうという確信があった。
「ふふふ、一番の正解ではないですけど、間違ってもいませんよ、アディン君」
お湯を沸かして全員の紅茶を淹れ終わったスレイが、それを配りながら言う。
「で、でも……二人はまだ見張りが……」
「ん? 深夜に寝付けないから話し相手になってくれと俺やスレイを起こしに来た事もあるリティア嬢の言う事か?」
レイトの皮肉っぽい言い方に、「それはもっとずっと小さい頃の話でしょっ!?」と顔を赤くして声を上げるリティアである。
「まあ、問題は昔の事ではなく今のリティア嬢か……とはいえ、リティア嬢の我がままや無茶に迷惑してるのは昨日今日に始まった事でもないぞ?」
スレイも「ですね?」と頷くものの、とても迷惑しているとは思えない穏やかな笑みを浮かべている。
「……やっぱり迷惑してたんだ……」
すでに自覚はあったものの、当人たちの口からその言葉が出てくるのはショックだった。
「だが、それはリティア嬢だけではない。 アディンにもだぞ?」
「え? 僕?」
「そうだ、そもそもお前が現れなければだ、我らが月の亡霊なんて厄介な相手と戦う事はなかったのだ」
きっぱりと言われればアディンも衝撃は受けるが、レイトらしくない言い方とも感じていた。 迷惑と感じるのはともかく、自分の意志とは無関係に巻き込まれた自分を責めるよう事を言うようにも思えないのだ。
「ちょっとレイト! アディンは何も悪くないでしょう!」
リティアが抗議すると、「ならば、リティア嬢が悪いのか?」と言ってきた。
「出会いの時に、アディンはアディンで行動してもらい、我らは自分達の使命を速やかに果たすというのも出来たはずだ。 だが、リティア嬢は彼を仲間に引き入れた」
そうだとリティアは思う、どうせ目的地は同じなのだからと安易に考えて決めたのだ。 その結果が今の状況なのである。
「それは違います! 僕だけでは何も出来ないから、僕が考えなしで村を跳び出したから皆さんに迷惑を掛けたんです!」
そうだ、きちんと両親に相談していれば簡単に解決とはいかなくても、リティア達をこんな危険に巻き込む事はなかったかも知れないのだ。
「ほう? ならば……」
なおも続けようとしたレイトを、「意地悪はそこまでですよ?」とスレイが止めた。
全員が彼女を見やれば、落ち着いた様子で紅茶を啜ってから自分が仕える少しだけ年上な少女を見やる。
「アディン君の軽率な行動は間違いなく私達にとっては迷惑です。 でもね、リティアちゃんはそれを嫌だと感じているんですか?」
「そんなわけないよっ!! アディンは一人で困ってたんだよ、だから助けてあげなきゃ……」
スレイが「はい、そういう事です」と笑い、レイトも「ふっ!」と不敵な声を出したのに、ハッとなった。
「リティア嬢に掛けられる迷惑などもう慣れたものよ、寧ろそれくらいでないと楽しくもないものだ」
迷惑となる行為であっても、どう感じるかはそのヒトしだいなのである。 アディンとの出会いも、リザードラゴン退治の依頼の時もリティアは何とかしてあげたいと思いこそすれ、迷惑だったとは今でも思っていない。
「やたらと迷惑を掛けられても困りますが、私やレイト君に迷惑を掛ける事を怖がらないでほしいです。 私達はそういうところも含めてリティアちゃんが大好きなんですからね」
そこでチラリと隣に座る少年の顔を見上げれば、「うむ」と力強く頷いてきた。
「……でも、今回はそうはいかないよ! あたしのせいでみんなが……死んじゃったら……取り返しが付かないんだよ!?」
ヒトを傷つけその命を奪う手段はごまんとあっても、失われたヒトの命を蘇らせる道具や魔法は一つとして存在しないのだ。
「ならば簡単だな、あのエルスの傷が癒える前にフェファニルの町へ行きユグドリアに軍にアディンの事を任せればいい。 その方が確実だし我らも安全だぞ?」
言われてその通りだとリティアは気が付いた、問題がゼロではないが一番確実で正しい選択である。 その理屈は分かっても、それでもリティアはそれを拒否したいと思ってしまう。
そして、その理由こそ自分の迷惑な我がままでしかないのだ。
「……あの……」
その時に、遠慮がちにアディンが手を上げた。
「どうしたのだアディン?」
「勝手な言い分かも知れないんですけど、僕はこのままリティア姫と、みなさんと一緒に行きたいです」
「ほう? 何故だ?」
「ユグドリアの人達を疑いはしませんけど……それでも僕はリティア姫を信頼したいんです」
自分に力があって一人で出来るならそれが一番いいのだろうが、現実問題として誰かの力を借りなくては目的は達成出来ない。 そして、誰かに自分の運命を預けるとしたら、やはり一番信頼出来る相手が良いと思うのだ。
そして、それは単に強さだけの問題ではない。 例えエルス達を一撃のもとに倒せるほどに強いものだとしても、強さにおごり他人を思いやる事もせず弱者を甚振るようなニンゲンなどは絶対に信頼出来ない。
「でも、アディン……」
「だがな? 失敗すれば自分が死ぬどころか世界が滅びるのだぞ?」
仕える姫の言葉をレイトが遮った。
「どうしたって失敗する時は失敗しますよ、そもそもユグドリアのヒトが僕の話を信じてくれない事だってあり得るでしょう?」
だったら、自分が一番信頼出来る相手と一緒に行きたいのだと言った。 そして、言葉にはしないが、内心ではリティア達との旅を楽しく感じている自分にも気が付いたのだ。
結果がどうなろうとこの四人でゴールまで行きたいという想いが、きっと我がままなんだろうという事も含めてである。
「それはないよ、アディン。 少なくとも月の亡霊がマナの種子を狙っているという王族の証言は信じてくれるはずだよ?」
だから、後の事はユグドリアに任せるのが一番正しいやり方だとリティアは言った。
そう言われればアディンは何も言い返せなかったが、代わりに「……そうですね」と口を開いた。
「でも、アディン君も間違ってるんでしょうか?」
「そうだな。 我らとて月の亡霊を二度も撃退しているのだ、相手が一人から二人になったとてまったく勝ち目のない相手ではないな。 それに我らの目的は奴らを倒す事ではない、あくまでマナの種子を大樹まで運ぶ事なのだからな?」
本心では実際には勝ち目が薄いというのが本当だろうなと思いながらも、レイトはあえて自信ありげに言ってみせる。
「アディン君も正しい事を言ったというのならです、要するに世界を……マナの大樹を救うという結果さえ果たせれば……」
「その過程においての手段が一番だろうがそうでなかろうが問題はないのだよ、そう思わないかリティア嬢?」
「そりゃ……あたしだって自分でやるって決めた事はやり通したいよ! でも……それは子供の我がままでしょう? そのためにレイトもスレも、それにアディンだって危険な目に会わせちゃダメだよ!」
こんなにも泣きそうな顔と声のリティアがするのを。アディンは想像できなかった。
「ふむ? 了解した」
「リティアちゃんの願い、承知いたしました」
あまりにも普通な友達の声にリティアが驚きに目を見開く。
「自分で決めた事を貫くのは正しい事だ、決して間違ってはいない。 ならば臣下としてはその望みを叶えるために全力を尽くそう、リティア嬢よ?」
「私もレイト君と同じです。 リティアちゃんにお仕えするメイドとして最後まで力を尽くします」
二人の言葉は、臣下である者としてと友達である者としての二つの意味を込めていて、それがどちらの立場であってもリティアの望みを正しいものとして叶えると言っているのだと分かる。
「僕もがんばりますよ、リティア姫にばっかり責任も苦労も背負わせません」
王族は、為政者は決して雲の上に住んでいる神ではないのだ。 悩み、失敗だってする普通の人間なのだと、アディンも理解してきた。 そして国民もただ上の者に守ってもらえば良いというわけではないのだ、国というものを良くしていくためには国民だって出自分に出来る事で王を助けなくてはいけないのだろう。
「……本当にいいの……?」
「良いも悪いもない、我らのいつも通りのやり方だ。 ただ、賭かっているものがいつもより多少は大きい……それだけの事よ」
「それすらもリティアちゃんにとっては大した差はないんじゃないですか? リティアちゃんにとっては困っている人を一人助ける事も、世界中の人達を救うのも同じ事じゃないんですか?」
スレイの言った言葉の意味をリティアは考えてみて、確かにそうだったと思う。 こうして世界を救おうとしていても、もしも今誰かが困っていたら可能な限り助けようとするだろう。
もちろん、何をするにしても優先順位は付けなければならない。 しかし、自分にとってのそれは世界か個人かではなく、どちらかが急務であるかであり、今の自分に出来る事か出来ない事かだったはずだ。
「リティア嬢よ、俺がリティア嬢に従うのはあなたを信じているからであり、俺を信じていてくれるからだ。 そして俺もスレイも無理な事は無理と言う、そうだな?」
迷うことなく、「はい」と頷くスレイである。
「だからリティア嬢は自分の思ったままに判断をすればいいのだ。 それが無茶でも間違っていても良い、何故なら俺達は常に傍にいるからな?」
リティアは分かってきた、レイトもスレイも自分の命令にただ従う従者ではない。
間違っていると思ったらきちんとそう言ってくれるのだ。 そしてそれは自分達の考えを押し付けようというのではなく、リティアの視えていなかった部分を指摘してもう一度考える機会をくれるためのだろう。
そして、それはリティアという姫に仕える従者としての立場の部分だ、二人とも無茶をしたり我がままを言ったるするところも含めてリティア・リュミエーラという女の子の友達でいてくれる、だから自分達で許容できる範囲なら付き合ってくれるのだ。
「うん! ありがとうね?」
そう言って三人に笑顔を見せる少女の瞳には、以前にもまして力強い輝きがあるように見えた。
「レイト、スレイ、それにアディンもね。 どこまで出来るか分からないけど、みんなでやれるとこまでがんばろう!」
「ふ! もちろんだな?」
「はい、がんばりましょうねリティアちゃん」
「はい、僕も全力を尽くします!」
仲間たちの言葉に、リティアは身体が軽くなっていいくと共に新たな力が内から湧き出てくるのを感じていた。
テラスで月を見上げていたクロウ・リュミエーラに「……こんなところで、どうしたのです?」と声かけたのは、妻であるミトラだった。
「あの月に住んでいると言われてた亡霊と娘達が戦ったというのがな、どうにもまだ現実感がなくてな……」
しかし、間違いや勘違いはあっても嘘や出鱈目を手紙で書いて送るような子達ではないのは、クロウは十分に分かっている。
「そういう相手と戦ってなお帰ろうしないリティアであるなら、余計に心配にもなりますか?」
「レイトやスレイが止めてくれればなとも思うが……マナの種子を持った、アディン君と言ったか? 彼を放っておくわけにもいかんだろうしな……」
出来る事なら今すぐにでも城を跳び出しリティアと交代したい気持ちであるのは娘を心配してだけの事ではない。 世界の危機というのなら自分でも何かしたいと思ってしまうのが、クロウ・リュミエーラの性格なのである。
しかし、国王の立場や責任は昔のようにそれをさせてはくれない。
「大人になれば、国王になればもっといろんな事が出来るようになると思っていたものだよ……だが、実際には自分の娘を助けに行く事も出来んとはな?」
自嘲気味に笑う夫の隣に立ったミトラは、「しかし、あなただから出来る事もあるのではないですか?」と、同じように月を見上げて言った。
「そうなのだがな……さりとてどうするのが正解なのかもなが、なかなかに難しいものなのだ」
若い頃に振るっていた剣では助けられず守れなかったものも王の権力で守れる事は出来るが、逆に王の権力で守れないものが剣では守れるものというのもあると知った。
リティア達だからこそ月の亡霊を撃退出来たのだろうとは思っている、逆に言えば彼女ら三人でさせ倒しきれずに撃退が精いっぱいだったという考え方も出来た。 そんな相手に生半可な助っ人を送ったところで無意味な死者を出すだけかも知れない。
ダンやリリムならば実力的には十分だとは思うが、ダンには騎士団長としての責務があるし、リリムに至ってはメイド長なのだから戦いに行ってくれと要請していいものではない。
もっとも、そんなものは建前でしかなく、ダンは必要と思った事は好き勝手に行動する一面はあるし、リリムも城下町で起きた荒っぽい事件に首を突っ込む事もあった。
それに二人だって自分の子供達が心配ではあると思う、しかし、だからこそという考え方もあるのだ。 世界の危機という重大性は理解しても、自分の子供達を心配するという私情で安易な選択をしているのではないかという不安がだ。
国王や騎士団長という責任ある立場にある者としてのやり方というものをしなければ、臣下達に示しがつかないというものなのだ。 その意味では娘の我がままを半分くらい容認しているのもどうかとも言えるが、幸いにもそこに関しては周囲の理解が得られるというのがこの国の雰囲気だった。
だからこそ、他の事に対してはとも思うのである。
「子供の頃は絶対だと思っていた正しさも、大人になれば必ずしもそうではないと気が付いてしまう……ですが、大人とは、責任ある立場にある者ほどに他者からは正しくある事を求められてしまいます」
「ああ、だから怖いのだよミトラ。 決断するという事が、失敗するという事が、そしてその結果に他者を巻き込むという事がな?」
例えば国の政策ひとつを失敗すれば、数が多いか少ないかはあれど不幸になる民が出てしまうのだろう。 国王の力だけですべての民を幸福に出来るなど傲慢という考え方と、クロウ個人が他者を不幸にしてしまう事を良しとしないというのは矛盾はしない。
あのリティアでもいつかはその壁に突き当たる時が来るだろう、あるいはこれ程の事態であれば今頃はそういう悩みに直面しているのかも知れない。
「予言者のノースト・ラダムスもな、もしも未来が視えていたというなら何故にもっと細かく正確に記してくれなかったものかとなと思うよ……」
そうであればもっと最初から他の手の打ちようもあっただろうという意味での愚痴であったが、自分の言葉にふと思ってしまう。 もしも未来が視えたならどんなに楽な事なのだろう、未来が幸福なものであれば正しく辿り着く道筋が分かり、不幸な者であればそれを回避する手段も知り得よう。
「……まあ、そんなご都合主義は子供の妄想か……」
ため息交じりの夫の呟きに、ミトラは「そうですね……」と、静かな声で頷いた。




