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リティアの怖がるもの


 目を覚ましたレイトは、「……いかん、眠っていたか……」と身体を起こせば、他の三人はまだ地面転がるように眠っていた。 空を見上げれば、太陽は真上を少し過ぎたくらいであった。

 「早朝の戦いから半日は眠っていたんだな……俺も疲れが溜まっていたという事か……」

 つい普通に戻っていた口調を、後半はいつも通りに直す。

 「……さて、どうしたものか……」

 この場合は三人に毛布を掛けてあげるのが親切というものだが、その毛布はまだ眠っているスレイのポケットの中にあるのだ。 友人とはいえ眠っている女の子の服のポケットを弄るのは流石に躊躇われた。

 なので、寒くもないし風邪をひくことはないだろうと諦めた。

 「……しかし、かなりの大事になってきたか」

 今すぐではないにしろ次には必ず月の亡霊は二人でやって来るだろう、正直なところエルスを二度も退けたのは幸運あってのものであり、次もまた勝てるかどうかの保証はないのだ。

 「それでもリティア嬢なら進むと言うのだろうが……これまでならばな」

 ここ最近のリティアは憶病になっているとレイトには思えていた。 もっともエルス・ベア相手に果敢に挑んだように、それは戦いに関する事ではない。 

 「……何かを決める事の怖さをやっと知ってきたんでしすよ、リティアちゃんはね」

 「スレイ……起きていたのか……」

 身体を起こしてした後で眼鏡がないのに気が付いたのだろう、視線を巡らして見つけると拾い掛けた。

 「何かを決断するという事は、時には大事なものを失うかも知れないという危険があるという事だな?」

 「今までが何とかなってきすぎたんです……いえ、私達が何とかしてしまい過ぎていたのかも知れません」

 レイトは「ふ! 俺達が強すぎたという事か?」と笑いながらも、内心では確かにまずかったかも知れないと思っていた。 レイトとスレイはどんな相手でも負けないと、死ぬ事なんてないだろうと、リティアはいつの間にかそんな風に思うようになっていたのだろう。 

 「リティアちゃんは自分の危険は怖がりません。 でも他人は危険に晒したくはないし、そして他者の不幸は見過ごせない……それは私やレイト君に対してもですね」

 自分の力はもちろんの事、レイトやスレイの力があればそこまで危険な事をしていたつもりはなかったのだろう。 少なくとも、戦いにおいて友人が失われるという危機感はあまりなかったのだろうと思う。

 しかし、今回の相手はそんな生やしい相手ではない。 もしかしたら誰かが死ぬかもしれないどころか、勝つためにはあえて犠牲にしなければいけない場合もあるかも知れない。

 しかし、世界の運命という、それでも放り出してはいけない物が賭かっているのだ。

 リティアは勉強は苦手な部類なのだが、それを理解出来ない程に愚かでもない。

 「世界を救うというよりは、この世界に生きる人々を不幸にはしたくないし、そのために俺達を危険に晒したくも失いたくもない……か、虫のいい話だな?」

 「もうひとつ、自分の危険は構わない……ですね?」

 もしも、マナも種子を託されたのがアディンではなくリティアであったら、間違いなくこの先は一人で行くと言い出すだろう。

 「困ったものだな……まあ、今更とも言えるがな?」

 王族失格な我がままなのかも知れない、言い方は悪いが王や女王とは国や民を支配する立場のニンゲンなのである。 同時に生きて国や民を導いていくという責任も存在するのだ。

 自分だけ・・・・を犠牲にして大勢の他者を幸福にするなど考えないし、してはいけないのだ。 ましてや、可能であればという条件付きではあっても、味方は守りたいし、人類の敵であっても極力不幸にはしたくないという考えは危険すぎる。

 もっとも、それはあくまでレイトの学んできた勉学での知識だ。 実際には、少なくともソレイユのクロウ・リュミエーラを始め臣下達には少なからずその我がままを肯定する雰囲気はあったし、だからこそのリティアなのだろう。

 もっとも、彼女の場合は多少理想的過ぎといえはするのではあるが。

 「……リティアちゃん、この後はどうするんでしょうか?」

 まだ眠っている少女を見つめる表情は不安そうだ。 その不安が、先に進むと言い出す事なのか、引き返すと言う事なのかどっちなのかはレイトにも分からない。

 「分からんがな……いずれにしろユグドリアに入りフェファニルの町までは行くしかあるまい? 我らが引き返すにしてもアディンとマナの種子は大樹の下へ行ってもらわねばならないからな」

 フェファニルにはユグドリアの軍も駐留している、場合によっては彼らに後を引き継いでもらうしかない。 

 そもそもの話、これまではともかく、自分達より安心できる誰かに任せられるならリティア達が最後までやる必要性は全くない。 話を信じてもらえるかという問題はあるが、おそらくはこれが一番賢く、そして正しい選択であろう。

 「……そうですね。 私はリティアちゃんがどっちを選択をしても従うつもりです」

 「ああ、俺もそうだ」


 リティアが目を開くとそこには暗闇、まだぼやっとする意識でその事を不思議に思いながら起き上がれば、夜になっていたのだと分かる。

 「おはようございます……って時間じゃないですよね」

 ランタンの傍に腰かけていたアディンが笑うのを見た後に、半ば無意識で周囲を身えばレイトとスレイが毛布をかぶって眠っていた。

 「ここって……?」

 「朝にエルスと戦った場所ですよ。 リティア姫は結局一日中眠ってたんです」

 その言葉で記憶が蘇ってくると、胸にチクリとした痛みを感じる。 要するに自分が一日中眠っていたせいで先に進む事が出来なかったのだろう。

 「少し待っててくださいね。 スレイさんが……」

 アディンはマナを使った携帯用のコンロのスイッチを入れる、その上に載っているのは小さな鍋であった。

 「スープを作ってあります。 お腹、空いてますよね?」

 そこで空腹を思い出し、リティアは思わず右手でお腹を押さえた。

 「アディン、あたし……」

 「流石にエルス達は来ないでしょうけど、見張りはいつも通りに交代でするそうですよ」

 そこへスープの美味しそうな匂いが漂ってくれば、リティアは立ち上がってアディンの傍にあった石に腰かけていた。 そこへ鍋から掬い器に注がれたスープが差し出される、野菜と肉を具にし、湯気を上げる半透明なスープが更に空腹を刺激してくる。

 更に差し出されたスプーンで掬って啜れば、間違いなくスレイの作った料理だと分かる美味しい味だった。 いろいろと言わなければとは思いながらも、今はその魔力に抗えずにどんどん口へと運んでいた。

 「……リティア姫、よほど疲れていたんですねぇ……」

 エルスとの戦いの中で、そのエルスを倒せる威力を持った魔法を二発も撃ったのだから当然かもとはアディンは思う。

 「…………ねえ、アディン。 アディンは怖くない? 次はエルスとガイムだっけ? きっと二人でやって来るよね?」

 俯き空になった器の底を見ながら問うと、「……はい、怖いですよ」とアディンは答えた。

 「……でも、僕の中にマナの種子がある限りは逃げたくても逃げられませんからね、もう腹を括るしかないですよ」

 苦笑するアディンも、もちろん死にたくはない。 しかし、自警団の仕事だって死の危険は常にある。 世界を救うという事は、世界の一部であるリーネの村を守るという事でもあり、強さが桁違いなだけでその為に敵である存在と戦うのは普段の仕事と何も違わない。

 そう言い、「まぁ……開き直ってるだけとも言えますけどね?」と自虐的に笑う。

 「アディンって強いんだね……」

 「リティア姫程じゃありませんよ……」

 それは本心からの言葉であったが、赤毛の姫は「そんな事ないよ……」と首を横に振った。

 「今まで考えた事ないんだけどさ、あたして無茶ばかりやってスレイやレイトに迷惑かけてきたんだ、きっと……」

 これまでも自分がいなくても良かったどころか、レイトとスレイの二人だけならもっと簡単にうまくやれてこれたのではないかと思えた。 それなのに自分が無茶を言ったり、無謀な行動をしてきたせいで迷惑になっていたのだろう。

 「そうでしょうか? 少なくとも、リティア姫抜きでエルスに勝てていたとは思えませんけど……?」

 「どうして? スレイの魔法を使ったアディンとレイトならきっと倒せていたはずだよ? でも、あたしが余計な突撃をしたから二人が危ない目に会って、スレイも……」

 下手したら死んでいたかもという言葉は、口に出すのが怖かった。

 「まあ、流石に万が一にも勝てなかったとは言えません……っていうか、絶対に勝てないとは流石に情けなくて言えないけど……」

 答えてから、不意に昨晩のスレイとの会話を思い出す。 確かにリティアは何か大きな悩みを抱えている、そして一生懸命に考えてもその解決方法を見いだせないでいるように感じた。

 それは漠然と分かるようで、具体的にな事はさっぱり分からない。 所詮は一般市民に王族の抱える悩みが分かるはずもないという考え方も出来るが、スレイにも力になってほしいと言われたし、何より目の間で困っている女の子を見捨てるなんて出来るはずもない。

 「……僕に出来る事……今の僕に出来る事……」

 考え込んだと思いきや、唐突に呪文めいた呟きを始めた少年に、「アディン?」と困惑した目で彼を見た。

 「……うん!」

 そして、唐突に拳を握りしめると勢いよく立ち上がった。



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