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二度目の決着


 光の矢……いや、光の槍とでもいう規模のものが自分の頭上一メートル程を通過したのにギョッとなったエルス・ベアは、赤毛の姫の叫びと共に左右に跳んだ少年剣士達を追撃するのを忘れていた。

 「今の魔法は……外れたのか? だが……それにしても攻撃を知らせてくれるか!」

 直前の、彼らの驚きと困惑の表情は今の攻撃が作戦通りというわけでもないとは教えてくれるし、故に彼らに退避を促すのも分からなくはない。 それでも、奇襲のチャンスを捨てて攻撃がすると宣言したには違いない。

 「今のは……まさか、マナ・アローを束ねて撃った!?」

 驚きの声を上げたスレイは、少しズレた眼鏡を直した。

 「はぁ? どういう事っ!? 新魔法ってわけじゃない!?」

 「そんな魔法など知らないが……リティア嬢らしい咄嗟の思い付きか!」

 状況が分からないアディンが困惑の声を出せば、レイトは驚きもあるがどちらかといえば感心した風な様子だ。

 「マナ・アローの改良型だというのかっ!? しかし、咄嗟の思い付きだとっ!?」

 エルスは魔法は使えないが、敵対する者達の戦闘術としてある程度の知識は学んでいるから、それがいかにとんでもない事かは分かる。 そう理解するや否や半ば本能的に地を蹴って跳び出した。

 「そういう危険な娘であるならっ!!」

 元々熊の疾走する速度は速いが、エルス・ベアにより魔物化した肉体能力は平均的なそれを上回る加速だ。 その狙いがリティアであるのは明白であったが、アディンとレイトは咄嗟に彼を阻止できる位置にはいなかった。

 「さっさと始末するっ!!」

 巨体の迫力ある突進に気圧された様子もなく、「そうくるんだ!」とリティアもまた大地を蹴り駆け出したのには、当然、エルス・ベアも含めた全員が驚いた。

 「逃げないで真っ向勝負かよっ!?」

 「勝負を挑まれればねっ!!」

 突撃しながら言い返すリティアは、しかしマナ・ブレードは展開せず、エルス・ベアの振るった腕を回避した。 しかも、魔法で反撃してくるのでもないのをエルス・ベアは不審に感じた。

 「素手で、そのチンケな拳で俺を倒すつもりかっ!?」

 「んな無茶はしないよっ!」

 言い返しはしたものの反撃はしない、殴ったところでダメージを与えるどろではなく、かえって自分の腕を壊してしまうのは分かっているからだ。  

 「リティアちゃんっ!!」

 「下がるんだ! せめてブレードは使うんだリティア・・・・っ!!」

 スレイとレイトの悲鳴に近い声を聞きながらも、それでもリティアはマナ・ブレードを展開する気はなかった。

 「ならば! まだ何か切り札があるというかっ!?」

 刃へと変化させた爪――ネイル・ブレードでの突き攻撃に対し、リティアは跳躍の魔法を使い跳ぶ事で回避すると同時に、エルス・ベアの頭部を踏んず蹴る事で更に彼の背後へ跳んだ。

 「……俺を踏み台にするだとっ!?」

 着地すると同時に「身軽さならあたしの方が上よっ!!」と素早く振り返れば、エルス・ベアの方も振り返ってリティアを見据えながら、「だがな! この身体を破壊出来るパワーがなければなっ!!」と嗤うと、ネイル・ブレードを繰り出そうとする。

 「やらせないっ!!」

 「させんっ!!」

 アディンとレイトはそのエルスの背後から迫り剣を振り上げたが、その瞬間に二人の剣から光が消えた。

 「……えっ!?」

 「時間切れかっ!? しかしっ!!」

 この状況での不運に焦る二人は、しかし今引いたらリティアが攻撃されるという危機感から同時に剣を振り下ろしたが、エルス・ベアの分厚い毛皮に弾かれた。

 「鬱陶しいっ!!」

  エルス・ベアが力任せに振るったネイル・ブレードを避けれなかった、どうにか剣でのガードは出来たものの、勢いよく吹っ飛ばされ地面を数メートル転がされた。 

 「アディン!? レイト!?」

 二人の攻撃が無茶をしたのものだというのも、その理由もリティアには分かった。

 魔法の持続時間が予想よりずっと短かった事に愕然としながらも、スレイは「……こっちを向いてくれたなら!」と素早くマナを集めた。 

 リティアが何をしようとしたいのかは予想がつくが、そのために徒手空拳でエルスと渡り合おうというのは無茶過ぎる。 どうにか注意を自分に引き付けなければいけないと判断したのだ。

 「いくら毛皮が厚くてもっ!!」 

 放たれた光の矢はエルス・ベアの額に当たり弾かれように消失した。

 「……外したっ!?」

 「目を狙ったか、考えるじゃねえか!」

 感心した風な声と共に右腕のネイル・ブレードが再び五本の鋭い爪へと戻るのはスレイを串刺しにしようというのだが、それは単に感情や勢いに任せたものだけはない。

 リティアの魔法も危険だが、この眼鏡の少女が先に使った魔法も危険なうえにリティアより頭の回転も良さそうに思えた。 しかし、常人よりは上であっても、他の三人程には体術に長けていないと思われるため仕留めるチャンスと判断したのだ。

 その時にはアディンらはどうにか起き上がってはいたが、彼女の援護に入るのは無理だった。

 「そらよっ!」

 その一撃は、スレイは横に跳んで回避したのは、エルスには承知していた。 すでに爪に戻していた左の腕をスレイに向けた、完全にとったと思うタイミングであった。

 それなのにエルス・ベアが動きを止めたのは、彼女の表情が死を目の前にした恐怖のそれではなく、勝ち誇ったような笑みだったからである。

 「まさか……」

 その視線が自分ではなく、更に後方だと気が付き「……リティア・リュミエーラかっ!?」と素早く振り返れば、赤毛の少女の姿が両の手を前に翳して間近に迫っていたのにギョッとなる。

 「なっ!?……さっきの魔法かっ!? 眼鏡の娘は囮だったのかっ!?」

 エルス・ベアにその発想がなかったのは、マナのチャージなど発動に時間のかかる大技を接近戦をしながら使うという発想がなかったのだ。 焦りながらもネイル・ブレード化させて右腕を振り上げた時には、少女との距離は一メートルもなかった。

 「……今……囮って言ったっ!?」

 直撃すれば自分の身体など簡単に斬り裂くであろうブレードを恐れることなく……というより、別の事に気を取られている風に見えるリティアは、集めたマナを攻撃のエネルギーと化して開放した

 マナ・アローをニ十本分束ねた光が形成するのはもはや矢ではなく、光の槍と形容すべき大きさと威力を持ってエルスの胸の中心を貫いた。

 「う……うごぉぉおおおおおおおっっっ!!!?」

 「やったの……でも、あたし……スレイを囮にしたの……!?」

 苦痛の叫びを上げ数歩後ずさるのも目に入っていなかった、愕然となり全身の力が抜けたのを感じてしりもちをつくリティアの下へ、彼女の名を呼びながら仲間たちが駆け寄って来る。 

 その間にエルス・ベアの身体からは黒い蒸気めいたのが噴出し始めていた、立ち上がる事も忘れて唖然とそれを眺めていたリティアに、「……大丈夫ですかリティア姫!」と最初に声を掛けたのはアディンだった。

 「……うん……大丈夫だよ……でも……あたし、みんなを危ない目に会わせちゃった……」

 「僕なら大丈夫ですよ、それにレイトさんだってあのくらい何でもないですって」

 「当然だな? リティア嬢の無茶苦茶には慣れているのでな?」

 変わらない口調と明らかに咎めるような表情を同時に向けながら差し出してきた幼馴染みの手を掴んで立ち上がる。

 しかし、気まずさに視線を逸らしようやくエルスの方を見やった時には、黒い蒸気が形となっていくのが見えたが、それは卵の形とも思える頭部から胸くらいまでで、それは止まった。

 「……あれって……?」

 「熊の身体と共に滅びるのは避けたものの、それでも瀕死のダメージになったというとこだなリティア嬢」

 答えながら剣を構え、「つまりは、後はトドメを刺すのみっ!!」と切っ先をエルスに向ければ、アディンもそれに倣った。

 「……ぐぐ……がぁ……」

 口らしきものの見えないエルスのどこから発せられているのか分からない苦痛の声は、リティアにはニンゲンのそれと全く同じに聞こえていた。 放っておいても滅びるかも知れないし、そもそも人類の敵である月の亡霊は絶対に倒してしまわないと駄目だという理屈は分かる。

 それでも……という思考は、不意に感じた別の邪悪な気配に中断した。

 「アディン! レイト! 待って、上よっ!!」

 リティアの声と共に舞い降りてきた一羽の鳥は、彼らの目の間で肥大化し姿を変貌させれていく。 細い脚は太くがっちりしたものになり、翼もその先端に手首めいたものが現れまるで腕のようになる。

 その姿かたちは まさに「……鳥人間……?」とスレイが形容したようなものだ。

 「……が、ガイム……か……?」

 「人間の子供ごとき自分一人で十分、四人纏めて自分の手だけで雪辱を晴らす……そうは言うものの、やはり心配にはなるのでな?」

 「……ち……隠れて見てたのかよ……」

 仲間同様に呆然となっていたアディンが、「ガイム?……月の亡霊の仲間……」と呟いたから、ハッとした表情へと変わった。

 「ああ、私の名はガイム。 エルスと同じ月の亡霊だよ」

 ガイム……いや、ガイム・バードはリティア達を見回すと、「さて、それでどうしたものかな?」と困った風にも聞こえる声で言う。

 「どうするのも何も、僕達と戦うんじゃないのか!?」

 「それでもいいのだが……今は時間が惜しいのでな?」

 ガイム・バードの言葉の意味がエルスを救うという意味だとは、全員が分かった。

 「我ら月の亡霊はすでに命というものを失った身とはいえ、滅びというのは完全なる消滅であるからな、見捨てるわけにもいかないのだよ」

 アディンが「……どうします?」とレイトを見る、この状況でガイム・バードと戦って勝てるかどうかは分からないが、このままエルスを見逃していいのかという意味だ。

 だが、レイトより先に言葉を発したのはリティアだった。

 「だったら、さっさと行きなさい」

 彼女の意外ともいえる言葉に、アディン達はもちろん驚愕する。

 「何を言ってるんですかリティア姫っ!!?」

 「そうですよ! 本気なんですかリティアちゃんっ!?」

 「ここで逃せば次は二人で襲って来るぞ? リティア嬢とてそれが分からないわけではあるまい!?」

  口々に抗議される赤毛に少女をガイム・バードは意外そうな顔で見つめる。

 「……リティア姫?……そうか、君がリティア・リュミエーラというわけか?」

 リティアは前に進み出ると、「そうよ、あたしがリティアよ」とガイム・バードを見据える。

 「あんた達が敵なのも、どうせまた襲ってくるのも分かってるわ。 でもね、仲間を救いに来て戦う気もないっていうなら攻撃出来ないでしょうっ!?」

 「……リティア嬢……」

 迷いや苛立ちというものが込められた声であるとレイトには分かる。ニンゲン相手なら正しい理屈であるものの、そうではない相手、しかも人類の絶対の敵である。

 だが、それ以上に自分やスレイでも勝てるかどうか分からない彼らが再び自分達を襲ってき来るという事実を前にすれば、行動はもう決まっていた。

 「しかし! そのエルスは見逃せんっ!!」

 レイトが一歩前に出れば、「ごめんなさい、リティアちゃん……」とスレイもそれに続いた。 親友と呼べる彼らの行動に「レイト!? スレイ!?」と今度はリティアの方が驚きの声を出した。

 「……まあ、正しい選択だな。 姫である君より仲間……いや、この場合は従者達の方が正しい選択を出来るとはな?」

 ガイム・バードの言葉がリティアの胸に突き刺さる、やはり自分よりレイトやスレイの方が正しい考え方をするのだという事に、思わず拳をきつく握りしめていた。 

 「黙れっ!!」

 レイトの怒声に対しガイム・バードは静かに「……探せばどこかに小さな村でもあるな?」と言った。 リティアはもちろん、アディンとスレイもこんな時にどういう事なのかと疑問に思ったが、レイトだけはすぐに理解する。

 「貴様! そういう人質まがいをっ!!」

 それでリティアらも分かった、もしここでエルスにトドメを刺すというならどこかの村を襲い壊滅させてやると言っているのだ。 襲撃場所がはっきりしてるならまだしも、ソレイユに数多くある村のどれかとなればとても守りようがない。

 「無関係で戦う力のない人達を傷つけるなんてっ!!」

 ガイム・バードのやろうという事は、村を守る自警団であるアディンにとっても許せるものではなかった。

 「我らは君らからすれば世界を滅ぼうとした邪悪な亡霊だろう? 邪悪な亡霊らしいやり方とは思わないかな?」

 そのアディンをガイム・バードは嗤う。

 「レイト君……」

 「……分かっている、こうなっては手が出せん……残念だがな……」

 無念そうな白髪の剣士の言葉を答えと受け取ったかのようにガイム・バードが右の翼を広げると、卵くらいの小さな闇が現れた。 その闇はゆっくりと膨らんでいくのを、リティア達は黙って見守っているしかなかった。

 「このゲートはな、出口はともかく入口を開くには少々時間がかかる上にどうしても無防備になるのでね、姑息とは知りつつ脅しという手段を取ったのだよ?」

 暇つぶしのつもりなのかガイム・バードが語り出す。

 「ああ、それとな。 こうして見逃してもらえた以上は村を襲うなどという真似は私もエルスもしない。 そんな事をして目立つのは我らにはデメリットしかないのでね」

 ちょうどその時にゲートの大きさが、エルスの出てきたものと同じくらいになった。

 「……いくら何でも我らだけで本気になった人間の国や、ましてやユグドラ人に勝てるとは自惚れてはいないのでね……さて、まだ持ちそうか?」

 「……ああ……俺は……簡単には滅びはしねえよ……」

 ガイム・バードは「ふっ!」と笑うと、もう一度リティアを見たが、何かの言葉を発するでもなく背を向けてエルスと共にゲートの中へと消えていったのを見送った後も誰も動こうとはしなかった。

 やがて数分経った時に不意にリティアの身体がふらりと傾き、そのまま倒れてしまったのに、当然スレイ達は慌てたが……。

 「……すー……すー……」

 ……聞こえてきた小さな寝息に、拍子抜けと安堵の入り混じった苦笑を浮かべた。

 「……まったく、何かしている間はまるで疲れを知らないかのようなリティア嬢なのにな……」

 「それが終わって緊張が解けた途端に倒れてしまう、それも久々な気もしますね」

 小さい頃は三人で遊び終わった後にはしょっちゅうだったようにも思うが、成長し体力も付いてきたせいか最近はそんな事もなくなっていた。 今こうして倒れたのはさっきまでの戦いだけではない、アディンとの出会い以降これまでとは違う事がいろいろあって疲れがたまっていたのだろうとスレイは思う。

 もちろん、疲れているのは自分達も同じであるし、エルス達が戻って来くる事も流石にないだろうと思うから、スレイだけでなくアディンとレイトも疲れた顔で地面に座り込んだのであった。





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