エルス、再び
この回の一部を修正しました。
「……来たみたい……」
翌朝になり、朝食を済まし出発の準備も終えたリティアが以前にも感じた邪悪な気配に見上げれば三羽の鳥が上空を旋回していた。 その様子は襲い掛かって来るというよりも、自分達がどこかへ逃げ出さないように見張っているように感じられる。
「食事も終わって準備も整った後にですか、いいタイミングって言って良いんでしょうかねぇ?」
スレイが独り言のように言った言葉に、「……そう思うのが前向きだな?」と苦笑しながら立ち上がって剣を抜くレイト。
二人のやり取りを聞きながら、やはり無理をしてでも進むべきだったかもという想いが過ったが、こうなった以上は戦って切り抜けるだけだと心の中で自分に言い聞かせてそんな迷いを消し去る。
「……あれは……?」
すこし離れた場所に楕円形をした黒いものが出現したのに最初に気が付いたのはアディンだった、それは深い闇へと続くトンネルの入り口と思えた。 それは数秒で消失し、その後には茶色い毛に覆われた巨体を持つ獣の姿が残った。
自分達の倍近い体格はあるそれは熊であるとは分かるが、彼らの知識にあるよりも遥かに邪悪な顔つきである。
「アディン!」
「はい!」
剣士組が地を蹴って跳び出すのと同時に、女の子組は空へと向かい二人合わせて二十近い光の矢を放つ。 そのマナ・アローの魔法は、上空から急降下してきた三羽の鳥……いや、鳥型の魔物らに容赦なく突き刺さった。
「月の亡霊のエルスかっ!!」
アディンとレイトの斬撃をそれぞれ腕でガードしながら、「もちろん、俺はエルスだぜっ!」と答えた。 後ろへ跳んで剣を構え直す二人の後ろでは、リティアとスレイに撃ち落された魔物が黒い霧状になって消失していく。
「死体に入り込むだけでなく、そういう芸当も出来るか!」
レイトも野生の熊と戦ったことはあるが、パワーも防御力も段違いだった。
「まあな? 俺達が入り込み肉体を魔物化させるだけじゃねえ、潜在能力を百二十パーセント引き出すんだぜ!」
「さしずめエルス・ベアというところだな!」
「レイトっていったか? 面白い言い方をするな?」
今度はこっちの番とばかりに太く力強そうな両椀を振るうエルスの攻撃を、アディン達は左右にそれぞれ跳んで回避する。 その間を縫うように飛んだ光の矢が茶色の身体を直撃したが、分厚そうな毛皮はスレイのマナ・アローを弾いた。
「直撃を弾きますか……しかし、百二十パーセントとはまた……」
「生きてる連中の全力ってのはな、自分の身体を壊さないようにある程度セーブされた全力なんだよっ!」
振り降ろされた右腕を回避したスレイは、自分の身体など紙切れめいて斬り裂きそうな熊の爪にゾッとなる。
そこへ、「死体に入り込んだ亡霊にはそんなの関係ないってっ!!」とツイン・ブレードを展開したリティアが突貫してきたが、「そういうこった!」と腕が振るわれれば近づけなかった。
「今こうして使っている身体が壊れたとて俺には関係ないからな! 入れ物が崩壊する前に抜け出せば済む事よっ!!」
エルス・ベアの言葉はリティアには外道のものに聞こえた、命を失った死体だからといって粗末に扱って良い道理はないはずなのだ。
「ほう? 良い事を聞いたな!」
レイトの斬撃を爪で受けたエルスは「何?」と驚いた声を出した。
「その言い方、借り物の肉体から抜け出す暇がなければお前を倒せるという事なのだろう?」
「……ちっ! そこに気が付くか!」
舌打ちするエルス・ベアにしてみれば、この熊の身体を倒しても無駄だと錯覚させて戦意を削ごうというつもりだったのだが、人間の子供もそんなに馬鹿でもなかったらしい。
「しかし! 人間の子供ごときが俺を倒せるかっ!!」
「その人間の子供相手に逃げた者が言う事かっ!」
爪の攻撃を剣で受け流しながらレイトが言い返した言葉に、邪悪な顔つきに変貌している熊の表情に明らかないら立ちが現れていた。
「俺に勝ってから言えっ!!」
「そう言うならっ!」
エルス・ベアの右脚を狙ったアディンの斬撃は、命中こそしたが目立った傷を付ける事は出来ない。 前に戦ったリザードラゴン以上の防御能力だと思えた。
「これじゃ剣の方がもたないよ……」
とりあえず刃こぼれがないのに安心しながらも、迂闊な攻撃は武器を破損させる結果になると不安にもなった。
「リティア嬢っ! この相手に接近戦は危険だ!」
レイトの警告に多少は不満そうにしたが、直後にブレードを消したのは、魔法攻撃に切り替えようとするためだとアディンには見えた。
「……とは言っても……」
スレイのいる位置まで下がろうとするリティアとエルスの間にアディンとレイトが並んで剣を構えれば、エルス・ベアも僅かに下がり仕切り直そうとする。
「マナ・アローは効かないだろうし……」
マナのエネルギーに弱いのだろうとは予想できるが、ただでさえ頑丈な熊の防御力が、おそらくはエルスにより魔物化で強化されて突破できないのだろう。
「……かと言って、こうも接近戦になっちゃうとファイア・ボールってわけにもいかないのよねぇ……」
下手なタイミングで撃てば自分達も巻き込まれる、しかも今のエルスにどの程度の効果が期待できるかも未知数なのである。 他に何か良い魔法がないかと考えてもみるが、パッと思いつくこともなかった。
「どうした? ここまでか?」
さっきまでの苛立ちが消えうせ、余裕を取り戻したエルス・ベアが言った。
そのエルス・ベアに対しスレイは「そんな事はありませんよ!」と言い返したのに、リティアらの視線が彼女の集中した。
「レイト君とアディン君は動かないでいて! リティアちゃんは援護をお願いっ!!」
アディンが「……え?」となるのと同時にリティアは跳び出すと両腕からマナ・アローを二十本も放った。 それらで命中したのは三分の一というところだったし、エルスの分厚い毛皮を貫通など出来なかったが、「……両手を合わせてニ十本の矢をどうして撃てるんだよっ!?」と驚かせはした。
「必要なマナを集めればそりゃ撃てるよ!」
そう言い合う間に、スレイはアディンとレイトの間に割って入ると二人の剣に手の平を触れさせている。 その動きに気が付いていないわけでもなかったが、「普通は出来ねえって言うんだよっ!!」と言い返しているのは、感情に流された結果である。
それでも少年達の驚きの声には視線を向ければ、彼の剣の刀身が白い光を放っていて、メイド服の少女が息を切らし気味になっていた。
「……刀身をマナの力で強化した……分かりやすく言えば、マナ・ブレードで刀身を包んだようなものですね……」
それでも説明するのは、「……そんな魔法がある……」と驚くアディンらのためのものだろう。
「成程な、単純な攻撃力の強化だけではない。 あの亡霊がマナが苦手だと言うならそれ以上の効果が期待できるか」
その意味では実はリティアのマナ・ブレードはエルスに有効ではという考えもあったが、確証がない事とエルス・ベアのパワーを考えれば彼女に接近戦というリスクを負わせるわけにはいかなかったのである。
「そういう事なら!」
二人同時に地を蹴ると左右に分かれ前に出るのと入れ替わるようにリティアが下がる、それに対してエルス・ベアが狙いを定めたのはアディンだった。 リティアが囮になり自分を左右から挟み撃ちにしようという手だろうと踏んだのである。
「どんな小細工をしようがっ!」
「ワンパターンな爪攻撃なんかっ!」
振るわれた腕をギリギリの間合いで避けて反撃しようとしたアディンは、「ならばっ!!」と大口を開けて鋭く尖った牙を見せてきたのにギョッとなる。 直後にレイトの攻撃が間に合っていなければ身体のどこかをかみ砕かれていただろう。
「何っ!?」
「斬れたかっ!! しかし浅い……」
レイトの斬撃はエルスの背中を斬り裂けたものの、致命傷にはほど遠いと一目でわかる。 分厚い毛皮をいくらか斬っただけで血を流れていない。 もっとも、エルスと同化し魔物化した動物から血が流れ出るのかは分からないが。
「このぉっ!」
レイトに向け身体を捻ったエルス・ベアは、「レイトさんがやれたならこっちもっ!!」というアディンの声に、しまったと思った直後にまたも背中を斬られた。
「……ちぃっ!?」
更に攻撃を続けようとする二人に対し両碗を勢いよく振って威嚇してから後ろに跳んだエルスは、更に数歩下がり少年少女達を睨んだ。
「俺がこうも手こずるか……長い年月があれば人間も魔法も進化するとでもいうか……」
エルス・ベアがかつてマナの大樹を巡る戦争といえる規模の戦いに参加した際にも魔法という力を使うニンゲンはいたが、スレイのこの魔法はその時には視た事はない魔法だ。
「……それとも!」
右腕を勢いよく前に出せば、先端の鋭い爪がスレイ目掛けて伸びた。 不意を突いた一撃のつもりだったそれを避けたスレイを目で追いながら「お前達が規格外なだけかっ!!」と叫ぶ。
「貴様が我らを侮っていただけっ!!」
レイトが振り下ろした剣を避けたエルス・ベアは、数メートルは伸ばしていた爪を四十セントくらいまで縮めると、それをひとつにまとめてブレード状にしてみせた。 それで更に振るわれた一撃を受け止める。
「本体で出来る事はその状態でも出来るか!」
「出来ねえ理由がねえだろ!」
二回、三回と打ち合った後にレイトが後ろへ跳ぶと、そこへ今度はアディンが斬りかかって来るのを、もう片方の爪もブレード化し受けた。
その男子組の攻防を見守りながら「……大丈夫スレイ?」とリティアが尋ねていた。
「少し疲れただけですよ、リティアちゃん。 言ってみればマナ・ブレードを二本同時に創り出したうえで、それを一定時間は維持するだけのマナを集めて使ったわけですからね」
リティアのマナ・ブレードにしても常にマナを集めていないとブレードを維持は出来ないが、逆に言えば最初はブレードを形成出来るだけのマナを集めればいい。 それに対してスレイが使った魔法は、マナを集める術のない他者に付与するため最初から大量のマナを集める必要があるのである。
もちろん、ゼロからブレードを創り出すのと実体のある剣をベースに創り出すのはマナの使用量は後者の方が少ないのではあるが。
「……大丈夫なのスレイ?」
それでもマナ・ブレードの魔法自体がスレイには負担の大きいものには違いない
リティア自身は簡単に創り出しツイン・ブレードまでやってみせてはいるが、実際のところ生まれ持った魔力の強さがあっての事なのだ。 例えるならスレイが八割くらいの力で走って出せる速度を、リティアはそれよりもずっと少ない力で出せるという事だ。
「……大丈夫ですよ。 初めて使った魔法ですし、慣れてないだけです」
照れ笑いを浮かべるスレイに肩を竦めながら、 「ところで、どのくらいもつの? あれ?」と聞いてみる。
「私も初めてですから何とも……十五分も持てばいい方かと……」
その十五分が長いのか短いのかの知識はなくても、スレイでもそれくらいが限界なんだなと思うのがリティアである。
アディンとレイト、そしてエルス・ベアがそれぞれの刃をぶつけ合うのは硬直状態だと思えて、「……アディンとレイトで倒せるかな?」と聞いてみる。
「……倒してくれないと困りますけどね……」
魔法の持続時間だけではない、人間である以上アディンやレイトにも体力の限界は当然ある。 このまま戦い続ければおそらくは先に彼らの方のスタミナが尽きるだろうとスレイは思っていた。
「どうであれ、マナ・アローが通用しないとなれば私達には今は手はありません」
アディン達を巻き込む覚悟でファイア・ボールを使うわけにもいかない。
「……っていうかさ? やっぱりマナ・ブレードならいけるんじゃない?」
「あのエルス相手にリティアちゃんが接近戦は危険なんですって!」
その危険な相手にレイトやアディンは接近戦をしているのである、友達や旅の仲間が危険な事をしているなら、後方から援護するならまだしも何もしないでいたくはない。
「それでも二人より三人なら勝てる可能性が上がる……」
最後まで言う前に「姫様!」というスレイの厳しい声がリティアの口を封じた。
「……スレイ……?」
よほど衝撃を受けたのだろう、母親に叱られた子供のように怯えたように見えるリティアの表情に、スレイの胸もチクリと痛んだ。 しかし彼女の従者のして、そしてそれ以上に友人として言わなければいけなかった。
「あのエルスは今まで私達が戦ってきた相手とは違います、単純なパワーならリザードラゴンの方が上かも知れませんが、エルスは私達と同じように戦術……戦い方をきちんと考える頭を持っているんです」
強い力と防御力、更には頭脳を併せ持った恐るべき敵なのだ。
「いくらリティアちゃんでも、そんな相手に接近戦なんて迂闊すぎますよ」
スレイは声を和らげて諭すように言う。
「……かといって、一本のマナ・アローが弾かれるということはです、例えニ十本撃ってすべて命中してもすべて弾かれるだけなんです」
スレイの言う事は正しく、自分の方がきっと間違っているのだとは分かる。 しかし、アディンやレイトがその危険な接近戦を行っていて、スレイもまたエルスを倒すために自分が出来る最大限の事をしたのだ。
それでも苦戦しているというのに自分だけが何の力にもなれずにいるのは、どうしても正しい判断であるとは思えなかった。
女王になるという事は人々の幸せに為に力を尽くす事であるはずだ。 なのに目の前の友達の力にすらなれないのに、そんな事は到底出来るはずない。
だから、どうにか手はないものかと必死に考え、不意にある事を思い出した。
それは練習でマナ・アロー三本を放った後でアクアに質問した、「三本の矢を一つにして撃ったら威力が三倍にならないかな?」というものであった。
それに対しアクアは、苦笑しながらも「そうですねぇ……」と考えた後に、「理屈の上ではそうなりますね」と答えた。
「しかし、その分マナの扱いも難しくなるし、そもそも威力が上がるという事は、それだけ相手の命を奪う可能性が高くなりますね?」
この時の彼女の口調は明るかったが、ゾッとするものを感じたのを覚えている。
「……リティアちゃん?」
その声の現実に引き戻されたリティアは、アディン達の戦いにまだ変化がないのを見ると、「……スレイ、あたしにも出来る事あるかも」と言うなり正面に向かって量の手のひらを翳した。
「マナ・アロー? リティアちゃん……?」
怪訝な顔になるスレイが、リティアがファイア・ボールを使うという発想にならないのは、レイト達はいまだにエルス相手に接近戦を継続中だからだ。
「うまく行くといいけど……」
マナを集めて光の矢を創るとこまでは特に意識しなくても出来るが、問題はニ十本分のマナを集中させて一本の矢と出来るかだ。 しかし、それは理論やロジックというようなものではなく感覚的なものだ、少なくともリティアにとっては魔法とはそういうものなのである。
翳した手のひらの先から白い光が現れ、瞬時に形を変えた。
「やってみると何とかなるもんね!」
「……マナ・アローじゃない……? リティアちゃん?」
唖然とした顔になるスレイの方は見ずに正面で行われてる戦いに目を向けると、アディンとレイトはエルス・ベアの巨体をスピードで翻弄するかのような戦いをしている。
「……ああいう戦い方だと迂闊に撃てないよ……」
リティアはノーコンというわけでもないが、スレイやアクアに比べれば魔法のコントロールは得意とは言えない。 ましてや、これから撃つものをどこまで正確にコントロール出来るかは自身にも不明である。
しかし、彼女が心配するのは外れる事ではなく、アディンかレイトに当たってしまうという事だ。 それゆえに、エルス・ベアが二人の戦いに夢中でこちらの事にまだ気が付いていない様子であっても、「アディン! レイト! 避けて離れてっ!!」と大声で叫んだ。
「……何っ!?」
「くっ……どういうのだリティア嬢っ!!?」
アディンもレイトも、どういう事か分からないがリティアが何かやらかそうというのはすぐに理解し、ほぼ同時に攻撃を中断し左右に大きく跳んだ。
リティアはそれを見届けると、「いっけぇぇええええええっっっ!!!!」という掛け声と共にマナ・アローを放った。




