戦いの後
街道をやや急ぎ足というペースで進む四人の男女がいる、全員が十代半ばくらいの少年少女であるように見えた。 月の亡霊エルスとの遭遇戦から数日、彼らはトラブルもなく住んでこれてはいた
「そういえば、ユグドリアのヒト達ってどういうヒト達なんですか?」
胸当てだけを付けた軽装の黒髪の少年、アディン・ランディールがふと思い出したという様子で尋ねた。 それに答えたのは、メイド服を着て眼鏡を掛けた小柄な少女であった。
「簡単に言えば、ドラゴンに変身する能力を持った種族ですね。 アディン君も知っていると思ってましたけど……?」
スレイ・チコットという長く伸ばした藍色の髪を持つ少女は、少しだけ意外そうに言うのに、「いえ……そのくらいは知ってるんですけど……」とアディン。
「ふむ? では、その能力をマナの大樹から授かったというのは知っているか?」
黒いライト・アーマー姿のレイト・ヴィヨンドの言い方は、どこかアディンを試しているかのようなものだった。
「大樹の守護者に選ばれたって言う話でしょう? 知ってますよ」
それは月の亡霊との戦いが起こる更に前であると聞いてるが、それ以上は知ってはいなかった。 いくらなんでもマナの大樹を排除しようというニンゲンがいたとは思えないが、マナを自分達だけで独占しよういう輩もいたのかも知れないとは想像は出来た。
もっとも、あんなでっかい樹をニンゲンの力でどうこうしようがあるのかまでは分からない。
「そういう事だ、それ故に彼らは自衛以外ではいかなる国家とも争うことなく中立を保っている。 そして我がソレイユを含む国家のほとんどがユグドリアへの侵攻を禁ずるを条約を結んでいるのだ」
「……でも、ユグドリアが他の国を征服しようとかしたら?」
アディンのその疑問に「大丈夫だよ」と答えたのは赤毛の少女だ、一行のリーダーでありソレイユ王国の姫でもある彼女の名はリティア・リュミエーラという。
「マナの大樹が上げた力って事はさ、逆に大樹が取り上げちゃうってのも出来るって事だからね……だったよねレイト?」
「リティア嬢の言う通りだ、他者から目的をもって与えられた力。 程度の問題もあるが、目的から逸脱した使い方をさせてくれるはずもないという事だな?」
そう言うレイトも真偽は実際のところ分からないのは、要するにユグドリア人がその力を間違った事に使ったという話はないからだ。 もちろん、個人のレベルで犯罪などに悪用する者がいないわけでもないようだが、大樹もその程度であれば寛容であるのだろうとは思う。
「言われてみればそうですよね……僕に話しかけてきたマナの大樹なら、そういう事が出来ても変じゃないです」
アディンは遥か先に聳え立つ大樹へと視線を向けていた。
「……それにしても、何度も言ってる気がしますが本当に大丈夫なんですか?」
アディンが言うのは、リティアがオーバ達に頼んだ仕事の事であった。 確かに時間が惜しかったのも分かるが、それにしてもと思っているのだ。
「オークやゴブリンって言ってもね、オーバ達はそんなに悪い奴じゃないよ?」
確かにどちらかといえば良い性格をしてはいるとはアディンも思う、それでもこのような言い方が出来るリティアはお人好し過ぎると感じてしまう。
「俺も正直に言えば信用はしていないが、一つの手ではあるからな」
オーバ達が仕事を放棄してどこかへ行ってしまったとしてもリスクは低いだろうというのが、レイトがリティアの案を認めた理由である。 もちろん悪い方向に転がる可能性もあるのだが、月の亡霊という存在との遭遇をしてしまえば打てる手はすべて打っておきたいという想いもあった。
執務室で事務仕事中だったソレイユ王であるクロウ・リュミエーラがキョトンとした顔になり、「はぁ? どういう事だそれは?」と問い返したのは、リティア達がエルスと遭遇した数日後であった。
「ですから、ゴブリンを連れたオークがリティア姫の手紙を持って来たと……」
机の上に置かれた白い封筒を指差しながら言うのは、城の宮廷魔術師であるアクア・ジーニアスだった。
ある宿場町に白旗を掲げたオーク二体とゴブリン達が現れリティアからの手紙を託されたと、その町の警備隊長であるグレイ・ヴォルフの部下が早馬でやって来たのだ。
グレイとアクアは面識はないのだが、過去にリティアとひと悶着あった男の名前であったと思い出していた。
「言われてみればリティアから聞いた名前だなグレイ・ヴォルフ……あの子を知る者であれば、こんな妙な事もあり得るとも思えるか……」
そうは思えないでもないが、「……とはいえ、やはり怪しいと思うのだが?」と疑うのもヒトとして当然ではある。
「分かりますが、オークとは言え白旗を上げた相手は……」
「こっちからは手を出せんか……」
そもそもはオークやゴブリンといった亜人種には白旗を上げて降参という習慣はないが、知識としてないという事もないだろうし罠の可能性は低くはない。 しかし、逆に罠だと思われるような真似をあえてするかという疑問もある。
どっちかはっきりしなければ、やはり自分達からは攻撃も出来ないとなってしまうのがまっとうな人間の心情という事だ。
「ともかく、この封筒に書かれた名前は間違いなくリティア姫の筆跡です」
「私にもそう見えるが……そのオーク達があの子らから奪ったのではないのか?」
そう言いながらも、クロウはそんな事はありえないと考えているとアクアには分かっている。 リティア一人ならまだしも、レイトとスレイが付いていてそんな間抜けがあるはずはない。
「グレイ・ヴォルフもそう思ったらしいのですがね。 そうしたら”俺ら程度がどうやったらそんな事が出来るんだ?”と言い返さたと」
なので苦笑しつつ説明すると、「……まあ、正論だな」とクロウは肩を竦めた。
「……とはいえ、リティア達がオークのような連中に手紙を託すというのがどういう事なのか……しかも今度はオーガン・ダウムの使いではなく警備隊のグレイ・ヴォルフの部下か……」
流石に直接オーガンのところへは出向けないのは分かるが、グレイからオーガンへ要請をしてもらうのではなく直接というのは、多少のリスクを承知でよほど急ぎだったのかと考えるクロウである。
「どうやら月の亡霊と遭遇したらしいと……」
娘からの手紙に伸ばしたクロウの手が「……は?」という言葉と同時に止まる。
聞き間違えであれば良いとアクアの顔を見上げながら「月の亡霊と言ったか?」と確認してみれば、彼女は深刻な顔のまま頷く。
「なんじゃそりゃぁぁああああああああっっっ!!!!?」
クロウが大声を出してしまうのは当然だろう、アクア自身もこの手紙を読んだ時には思わず同じ事をしそうになったのだから。
エルスとガイムが合流したのは、暗い洞窟の中だった。 その二人の傍に転がっている茶色い巨体は、先客の熊だった死体である。
「やってしまった事はどうしようもないが、迂闊な事をしたものだな?」
「ああ、それは悪かったと思ってるよガイム」
入口から入ってくる僅かな光が二人の纏うローブの色だけを闇の中に浮かび上がらせている。
「かつての存在で多くの同胞を屠ったドラゴンの力を持つユグドラ人がな、我らの存在に気が付けば放ってはおいてはくれまい」
ガイムの言う通りだとエルスも思う、マナの大樹の守護者がその大樹に害をなす敵の存在を見過ごすはずはない。 一人に対し集団で掛かれば勝ち目のないわけでもないが、一対二では勝てる見込みがないと判断できる、ましてや向こうが都合よく一人でやって来るなどありえないだろう。
「そのユグドリアへマナの種子を持ったアディン・ランディールが人間の国の姫のリティア・リュミエーラご一行と向かっているっていうのがな?」
種子を植えてマナの樹を二本にしようというわけでもないとは思う、一本で世界すべてを満たして余りあるマナを生み出しているのだから、意味のある行為であるとはエルスには思えない。
「その事なのだがな、こちらの調査で妙な事が分かった」
「妙な事だと?」
「どうやら大昔にノースト・ラダムスという予言者がいたらしくてな」
ガイムの口から飛び出した名前に「ノースト・ラダムス……?」と訝しげな声を出したエルスは、次は「予言者か? また外しそうな名前だな?」と苦笑した。
「……ん?」
「俺らの星にもいなかったか? そんな名前の予言者?」
ガイムは何のことかと少し考え、そして彼も思い出す。
「ああ、ノストラダムスか? 確かに似てるな。 だが、別に同一人物でもあるまいよ……しかし、あんな大昔の人物をよく知っていたな?」
「ん? ああ、どこで聞いたんだっけかな?」
考えても思い出せないが、別に気にする事でもない。
「……それよりもだ、その予言とはなんだ?」
「空から星が墜ちてきたときに大樹に終わりがやってくる……というものだ」
僅かな沈黙の後に、「それはまた……」と愉快気な声をエルスは発する。
「予言の真偽はさておいても、少なくとも星……マナの種子が墜ちたのは事実だからな? 後は大樹の終わりというのをどう捉えるかだ」
ガイムにはまだ半信半疑というところだが、自分達の故郷であった星と違い魔法という特殊な力が実在する世界ならまったく出鱈目なものとも思えない。
「リティアご一行がな、わざわざ自分達の世界を滅ぼすために種子を運んでるなんて冗談はありえねえだろ?」
エルスが笑えば、「むしろ逆だと考えるべきだな」と同意するガイム。 要するにどういう経緯でかはともかく、リティア達は大樹の滅びを阻止するために種子を運んでいると考える方が筋が通る。
「ならば、どうするかだが?」
問いながらも、エルスならどうするかはガイムには半ば分かっていた。




