やるしかない
リーネの村は数百人の村人が暮らす村である。 その村のランディール家にダン・ヴィヨンドはやって来ていた。 食堂のテーブルを挟んで座るのは、四十代くらいに見える男女である。
「……アディンがそんな事に関わっていたとは……」
ダンから話を聞き終わったオデル・ランディールが妻であるソシエを見れば、その顔が青ざめていた。 行方をくらましたのは理由あっての事であると子供を信じられていても、流石に大事すぎていた。
「もちろん、これは他言無用の話ですよ?」
「……でしょうな、城の騎士団長が直々にやって来るのですからな」
ダンが「そういうわけでもないけどな」と苦笑する。 実際、騎士団長の仕事として来たどころか、個人的にアディンという少年がどんな人物なのか調べようと仕事を部下に押し付けてやって来たのである。
「しかし、そうか……アディン君は家族にも黙っていなくなった、しかもあの日にか……」
この家に来る前にした聞き込みでは、星がこの村の近くに墜ちたらしいという目撃情報を得ていた。 そして、オデルからその日にアディンは獣退治に村の外に出掛けていた事もだ。
「リティア嬢の手紙の内容とは一致するか……」
そして、アディンの人物像も腕の立つ真面目な自警団員として評判も悪くなく、意味もなく誰かを騙すという事もするとも思えなかった。
「ダン様……あの子は大丈夫なんでしょうか……?」
「まあ、リティア嬢ちゃん達と一緒なら心配する事もないと思いますが……」
最後に言葉を濁したのは、確かにあの三人が揃っていれば並大抵の危険は心配ないのだが、主にリティアが原因で並大抵ではない危険に首を突っ込んでいないかどうかという心配がないでもないからだ。
「……まったく、どうして私達に何も言わずに……」
心配と憤りの混じった声を出すソシエの気持ちは、仮にも親の立場にあるダンにも分かる。
「子供って奴は案外不器用なもんですよ、特に年頃って付く男の子ってのはな?」
自分一人でいろいろと出来るようになってくれば、いつまでも親に頼っているのがどこかカッコ悪く感じる。 それでも、まだまだ不安を感じるものではあるが、一人前であると思いたくて背伸びして見せるのだ。
「……そうですね。 あいつも……アディンも男の子ですからな」
頷くオデルは、自分が息子の年頃だった時期の気持ちを思い出していた。
大人の理屈となると、自警団の仕事をすっぽかして行方をくらませたことを叱らなければならないだろう。 しかし、そう分かっていてもやらなければいけないと感じたからこそだと、親としては思える。
「やると決めたと言うなら出来るとこまでやってみればいいだろう」
夫のどこか嬉しそうな言い方に、「あなたは……」と咎める視線をソシエは向けた。
彼女もオデルの言う事の意味が分からないではないし、そもそも自警団とて十分の危険な仕事ではある。 それでも自分の知らないうちに子供が危険な事に巻き込まれ、そしてもしもの事があったらと思うと心配で仕方がなくなってくる。
「まぁ……現状ではそう危険な気配もない。 マナの種子をユグドリアにあるマナの大樹の下へ運べばいいだけです」
それを妨害しようとする者がいるとはダンは思えない。 どんなメリットがあるとかいう以前に、今はまだ知る者がいるとは考えにくいし、仮にこの情報を知ったとしても客観的に考えれば信憑性も定かではないのだから。
なのだが、リティアがいてスレイもレイトもいるという事が、単なる子供のお使いでは済まなさそうという予感をダンに覚えさせるのもまた事実であった。
リティアの頬に翳したスレイの掌から淡い光が放たれていたが、やがてそれが消えた時には、そこにあった傷が跡形もなくなくなっていたのは、治癒の魔法の力である。
マナの消費量が多いだけでなく、使用者の疲労も大きいこの魔法は、本来であればこの程度の傷に使うようなものではない。 だが、「……まったく、リティアちゃんも女の子なんだから顔に傷なんてつけないでよ」というのがスレイの理由である。
そのスレイが直後に「ふう~……」と大きく息を吐き地面に座り込んだのは、リティアの前にもカーダの足にも魔法を使ったからだった。
「大丈夫、スレイ?」
「あははは……少し疲れただけですよリティアちゃん」
多少無理してると分かる声で笑いながらも額に汗を滲ませているのは、流石に先の戦いの消耗もあっての事ではあった。
「……どうにか全員無事だったのは良いとしてもだ……」
「月の亡霊か……とんでもないのが出てきた」
レイトとアディンの表情は暗い。
「……しかも、マナの種子を狙っている……」
右手を自分に胸に当てる、どういう原理なのかは不明だがマナの種子は自分の身体の中にあるのだ。 直後に、まだあのエルスが近くにいるのではという突然の思い付きに周囲を見渡してみれば、オーバ達が真面目に見張り役をしてくれているのが見えた。
「まあ、伝承の通りなら連中はマナの大樹を枯らそうとした、ならば大樹の寿命を延ばそうとすれば妨害もするだろうがな?」
「それにしては妙でしたが……少なくとも僕らの目的を知っていた風には思えませんでしたよ?」
レイトが「俺もそう思えた」と頷くと、「あいつらってさ……」とリティアが会話に入ってきて、彼女の横にはスレイもいる。
「あの高いところにある月に住んでるんでしょ? だったら星が墜ちていけば気が付くわよ」
そんなものかも知れないとレイトは考える、つまりはあのエルスの目的はあくまで調査であったわけだ。 もちろん、こちらの目的が判明すればすぐにでも自分達の排除へと変更するだろう。
「どうであっても……これは流石にのんびりもしていられませんね?」
同じものを感じたのであろうスレイが言う。
あのエルスを相手にして勝ち目がまったくないという悲観はしないが、都合よくまた一人でやって来るという楽観もしないレイトだ。
「なるべく急いでユグドリアへ行き協力を要請するのが最善だろう」
「ユグドリア王のバッシュ・ドラグナ様に?」
「そうだ、リティア嬢。 月の亡霊が出てきたとあってはな、バッシュ王もアディンの話を否定は出来んだろうな」
実際のところはマナの種子を運ぶのを妨害に来たというわけではないのだが、種子の存在を知ったうえで襲撃してきたという事実が大事なのだ。 少なくとも種子がアディンの中に存在する事の証拠とはなるはずだ。
無論、その証言をするのがソレイユ王国のリティア・リュミエーラ姫とその従者であるというのも大きい。
黙って話を聞いているアディンは、出来る事ならこの場から逃げ出して村に帰りたいという想いが生まれてもいた。 十分に覚悟は決めていたつもりであったが、自分の予想以上の大事になっていく事に怖さを覚えるのである。
「……でも、やるしかないんだよな……」
目を付けられた以上はどこにいても敵は自分を狙ってくるだろう、リーネの村へ戻れば家族や村の人々を巻き込むことになりかねないのだ。
「……そういう事よアディン!」
「……え?」
「あたしも正直言っちゃうと不安なんだけどね? でも逃げたってあのエルスはきっと来る、うまく逃げ続けたとしてもひょっとしたらこの世界が終わっちゃうかも知れない……」
自分を見つめる少女の瞳には力強い光が宿っていて、とても不安であるとは思えないのだが、例え姫であっても、どれだけ強い力を持っていてもまだ十数年しか生きていない生身の少女なら当然だとも思えた。
「だったら、やるしか……前に進んでいくしかないって事ですね?」
アディンの応えに満足したように、「そーゆーこと!」と笑顔を見せたリティアであった。




