亡霊の襲撃
日が昇り数時間が経った頃には、リティア達は朝食を済ませ出発の準備も終えてた。
「……じゃあ、あなた達はどこかヒトのいない場所を見つけてそこで過ごしていくのね?」
向かい合うオーバを見上げるリティアに、「ああ、そうだ」とオーバは頷いた。
「カーダやあいつらの事もあるからな」
話によるとどうやら彼らははぐれ者の集まりらしく、帰るべき場所というのが存在しない者達らしい。 ただし、そういう存在自体は特別でもなく、不幸であるというようなものでもないらしいのは、亜人種と人間の考え方や価値観によるものなのだろう。
「へぇ、あなたって結構、面倒見のいいタイプなのね」
「ほっとけ……」
感心したというリティアに対してのぶっきらぼうな答え方は、アディンには照れているように見え、これまでの事も含めるとオークやゴブリンという存在の認識を多少は変える必要があるかも知れないと思えた。
「……スレイちゃん……」
「大丈夫ですよ、きっとあなたにもいいヒトが現れるはずです……きっと……」
最初は力強く、最後には小声になっていたのにレイトはやれやれと思う。 メイドである故に誰に対しても穏やかに接するものであっても、オークにまでというあたりは彼女の人格が見て取れる。
自分もせめて別れのあいさつでもするかと考えた時だった、リティアが不意にギョッとした顔で振り返ったのだ。 何事かと彼女の視線の先へと目を向ければ、そこには崩れかけた屋根の上に一羽の黒い鳥が止まっていた。
「……あの鳥は……知っている鳥……?」
直感的に感じれば、それが昨晩に見た”何か”思い至るのに時間は掛からなかった。
「リティア姫?」
「……何だろう……妙っていうか不気味っていうか……」
どういう事?とアディンが聞き返すより早く、「……良い勘をしているな?」という声に続き、廃屋の陰から男が姿を現した。
「こんなところにどなたでしょう? 集落の住人という冗談はないでしょうけど……?」
スレイの表情にも強い警戒の色が見て取れる。
「俺の名はエルス。 で、お前達はリティア・リュミエーラ姫ご一行か?」
愉快そうな声であったが警戒を緩める事なく「そうだけど……」と答えると、今度は前に進み出た男子組を見やりながら「なら、アディン・ランディールってのはどっちだ?」と問う。
「……僕だけど……あんたはいったい……?」
「ふむ? お前がアディンか? マナの種子を持っているアディン・ランディールで間違いないか?」
予想もしていなかった言葉が跳び出したのに人間の少年少女達の顔色が変わり、「……マナの種子?」と訝し気な声を出したオーバら亜人組の視線がアディンの背に集中した。
「ほう……何故それを知っている?」
レイトが剣を抜く、真っ先に疑ったのはオーガン・ダウムに託した手紙が輸送中に何者かに奪われたという事だった。 しかし、エルムは「さてな?」と笑うと一歩前に進み出たのに、アディンも剣を抜いた。
「俺が知りたいのはだ、そいつをどうしようっていうかよ。 おそらくはマナの種子をマナの大樹へ運ぶんだろ? それで何がどうなるっていうんだ?」
顔は笑っているがアディンを見据える瞳はゾッとする程に冷たく、得体のしれない恐怖を覚えた。 だから、「あんたみたいな奴の教えると思うか?」と答えた声が大きくなったのは、無意識化でそれを振り払おうとしたのだ。
「まぁ……そうくるわな」
言葉と同時にエルスからだから黒い煙が昇り始め、そしてその身体が倒れたのに全員が息を呑む。 黒い煙はヒトの形となり、それを青いローブが包んだ。
「ならば力づくで聞き出すのみ!」
その言葉を合図に屋根の上の黒鳥が翼を広げれば、その姿がニンゲンの身体くらいまで肥大化し、化け物めいて凶暴化した形相でリティア達に向かって来た。
咄嗟に迎撃も出来なかったリティア達は左右に分かれる形で突進を回避した、そのまま後方へ飛び去った黒鳥は素早く旋回しもう一度向かって来る。
「分かり易い行動して!」
今度は、リティアとスレイはマナ・アローで迎撃するが、黒鳥は高度を上げる事で二本の光の矢をかわしたが、それで攻撃のチャンスも失った。 リティア達の頭上を通り過ぎた後は、今度は高度を上げて旋回を始める。
「脅し……いえ、あいさつのつもり!?」
「そういう事だなリティア姫。 まあ、噂通りのリティア姫ならこんな魔物一匹くらいどうという事ないだろう?」
黒鳥が翼を震わせれば、そこから何十と落下してくるのは羽毛であったが、跳んできたというべき速度に本能的に回避すれば、それはまるで黒いダガーであるかのようにすねて大地に突き刺さった。
「……魔物って言いましたっ!?」
スレイが両手を翳してファイア・ボールを放つ、赤く輝く火球は、しかし黒鳥は素早く射線上から逃れてみせた。 だが、「……ブレイクっ!!」というスレイの叫びをかき消す轟音を放ち爆発を起こした。
一瞬赤く染まった空が再び水色に戻れば、黒い鳥は赤い火の玉となり落下していた。
「ファイア・ボールにああいう使い方が……む?」
魔法に気を取られた隙に、レイトが剣を振り上げ迫って来ていた。
「魔物! かつて月の亡霊が使役したとされる化け物の名を出すか!!」
間違いなく殺す気で振り下ろされであろう斬撃を横に跳び回避したものの、「なら、あなたは月の亡霊とでも言いますかっ!!」という声と共に飛んできた光の矢は左肩を掠めた。
「いい連携だ! そうだ、俺はエルス! お前らニンゲンが月の亡霊って呼んでる存在だっ!!」
「直撃しなかった……避けたのっ!?」
驚くスレイの前で、エルスは人間を遥かに超えるジャンプ力でアディンに迫りながら、ニンゲン同様に五本ある右手の指をひとつの刃と変え、更にショート・ソード程度までそれを伸ばして振り下ろす。
「月の亡霊なんてどういう冗談だよっ!!」
その攻撃を受け止めながら、どう見てもニンゲンではない敵を睨むアディンにしてみれば、自分が一生縁がないであろう伝説上の存在が目の間に現れたのだ。 その直後にアディンが後ろへ跳んだのは、「たぁぁあああっ!!」という少女の掛け声を聞いたからだった。
右腕に光のブレードを展開させて突貫してくる赤毛の少女にエルスは虚を突かれたように「むぅ?」と唸った、直後に白と影めいて黒い二つの刃がぶつかり合った。
「姫の立場にある娘が接近戦だとっ!!?」
「けっこう得意だよ、あたしっ!!」
「話で聞いた通りのお転婆か!」
二回、三回と刃をぶつけ合ってから両者は同時に後ろへ下がる。 その戦いをただ見守っていただけのオーバに「オイラ達はどうすんです?」とカーダが問いかけた。
「どうするったって……どうしようもあるかよ……」
月の亡霊が何者かは分からないが本能的に危険すぎるものを感じていた、迂闊に手を出したところで簡単に返り討ちにされるのが関の山だろう。 同時に、そんな相手とやり合っているリティア達の力を思い知る。
今のうちに逃げ出すという選択肢も考えたが、大人しく見逃してくれるかどうかが分からない。 ちらりと手下達を見れば、全員が不安そうな表情をオーバに向けている。
その間に睨み合っていたリティアとエルスが再び動き出していた、地を蹴って突撃してきた少女を亡霊の男が迎え撃っていた。
「亡霊なら大人しく成仏しなさいっ!!」
オーバ達の時とは違い本気で倒すつもりで挑んでいた、このエルスという存在から感じる邪悪な気とも形容するべきものを感じ取れれば、彼が本物の月の亡霊だとは疑いようもない。 その亡霊がマナの種子を狙ったきたとなれば、おそらくこの世界の運命を掛けた戦いであると理解しているからだ。
「成仏できないから亡霊なのだよっ!!」
打ち込んだマナ・ブレードが相手の振るってきた刃に弾かれるのに、流石に半端なパワーの相手出ないと分かるリティアは、「スレイ、援護っ!」と声を上げた。
それに反応し飛んできたマナ・アローを回避したところへ、今度はレイトが斬りかかってきたのは回避できずブレードで受けた。
「受け止めるかっ!?」
「ニンゲンの子供とは思えない動きと連携をしてみせてもなっ!!」
力任せに振るわれた腕に押し返され後退させられたレイトは、「ふわふわしてそうでこのパワーか……」と舌打ちしつつ剣を構え直す。 その彼の横に「大丈夫ですか?」と駆け寄って来たアディンが並んだ、更にその数メートル後方にリティアとスレイも移動していた。
その少女達の下へオーバとカーダ、それに手下のゴブリン達が駆け寄って来た。
「……って! あなた達、まだ逃げてなかったの!?」
流石に驚くリティアである、どう考えてもオーバ達が関わるような戦いではない。
「そりゃあ逃げたいがよ、おめーさんを放っておいて逃げ出すのもかっこ悪いからな」
言いながらエルスを睨むオーバ。
「振られたって、好きになった女の子を見捨てられないもんな!」
自分の横に立って身構えるカーダを横目で見上げ「カーダさん……」と嬉しさと不安が混じった声を出すスレイ。
正面の敵から目を離さすやり取りの声だけを聞いていたレイトは、「親分がやるってなら俺らだって!」というゴブリンの声も聞こえてきたのに、「ほう? なかなかに男気のある奴らか」と感心した。
「おいおい……妙な展開になりやがったな……」
オークやゴブリンが加わったところで大きな脅威になるわけでもないが、戦いが少し面倒になるには違いない。 一緒にいたとはいえ流石にリティア達の仲間とも思っていなかったので、さっさと逃げ出すなら別に相手にしようとも考えてなかった。
「アディン!」
「はいっ!」
そんな事を考えていたため、少年剣士達が左右に分かれたのは多少不意を突かれた形となったが、両側から振るわれた剣を彼は右と左のブレードでそれぞれ受け止めた。
「……こっちにもブレード!? 二刀流っ!?」
「右手を刃化出来るなら左も出来ない道理もないだろう!」
それもそうだなと思いながら一度剣を引き、レイトの動きに合わせながら再度打ち込みをかけたが、エルスは今度も二人揃って防いでみせた。
「そらっ!」
今度はエルスの方がいったん身を引き、そして反撃に出た。 レイトの方に狙いを付けたのは気まぐれだった、ほとんど一瞬で間合いを詰めてブレードを振るう。
一撃目の右は剣で受け流し、続く左の攻撃は回避してすかさず反撃してくる思い切りの良さをみせたが、その攻撃は右のブレードで受け止めた。
「器用な事をする……」
「どけっ!!」
その声にレイトが大きく後ろに飛んだ直後に五十センチはある岩が飛んできた、レイトに追撃を掛けようとしたエルスは、「そんな物で!」と軽々とそれを斬り裂いた。
岩を投げつけたオーバが「冗談だろう……」と呻き、彼の声に、援護に入ろうとして止めていたアディンも唖然となる。
「岩を斬るって……どういうパワーと切れ味なんですか……」
スレイも愕然となりかけたが、彼女の前に跳び出した少女の姿に我に返り「リティアちゃんっ!?」と声を上げた。
「うりゃぁぁあああああっ!!!!」
「突撃すればいいというものではないぞっ!!」
エルスの左のブレードが五本の鞭状に変化したと思ったら、それが触手めいた動きで振り上げたリティアの右腕目掛けて伸び、そして絡みつく。
「……げっ……捕まった!?」
傍にいたアディンが「リティア姫!」と触手目掛けて剣を振り下ろしたが、その一本たりとも切断は出来なかった。 ブレードと接触させた時のような金属的な硬さは感じなく、強い弾力で刃が弾かれたという風な手応えだった。
エルスはそれを笑った後に「これでブレードは使いようもあるまい!」とリティアに対し勝ち誇った風に言った。




