リザードラゴン
夜が明けて朝食を済ませた一同は、リザードラゴンが作ったであろう獣道を進み始めた。 先頭を男二人が警戒しながら進み、女子組も同様にしながら後に続くのは、単に戦闘時の前衛と後衛のポジションである。
「……結構奥まで続いてますね?」
「……というより、ヤツが奥からやって来たというべきだな」
かれこれ二時間近くは歩いたが、一向にリザードラゴンとは遭遇しないでいた。
「……あるいは、もうこの辺にはいないんでしょうか?」
「そうであってほしい……とは言えないわよね」
リティアとてリザードラゴンを殺したいわけではないので、そのままヒトのいない奥地にでも行ってくれるならぜひともそうしてほしい。 だが、おそらくはそうもいかないと考えれば、被害を出さないためにもここで倒すべきなのだ。
直後に前を行く二人が足を止め、「……どうやら我らの運も悪くないようだ」という声を聞けば、リティアとスレイもすかさず足を止め身構える。
「……大きい……十メートルどころじゃない、十五メートル以上はある……」
緊張した声を出すアディンの視線のずっと先には、ゆっくりと歩いてくる黒い生物がいた。 まだ百メートル以上も先にいるにも関わらず、普通のトカゲに比べて長い首を持ったシルエットがはっきりと見える、それだけを見れば確かにドラゴンだった。
「……想像以上ですが……」
思わず圧倒されかけるスレイに、「でかいから強いってわけでもないでしょ!」とマナ・ブレードを展開するリティア。 その言葉が聞こえ理解出来たわけでもないだろうが、リザードラゴンは力強く踏み込み走り出した。
「来るかっ!」
レイトは剣を構えながら向こうから距離を詰めてくるのを待ち、頃合いと判断した間合いで自らも駆け出す。 一方で仕掛けるタイミングを理解しきれないでいたアディンは、「レイトさんはもう跳び出す!?」と驚きの声を出す。
「ヤツとリティア嬢達との間合いもあるのだ!」
レイトは険しい目つきで相手の顔を見上げる、トカゲのイメージからは遠い凶暴な顔つきは、二本の角もあるわけではないのもあって書物で知るドラゴンとは確かに違う。
故に、手強そうではあっても勝ち目がないという印象をレイトは持たなかった。
「巨体の割には速いが……」
おそらくは体当たりで自分を吹っ飛ばそうとするのを回避すると同時に「……でかいなら当てやすいという事よっ!」と剣で左前脚を斬りつけた。 その一撃は確かに黒く分厚そうな皮膚を傷つけリザ―ドラゴンの顔を僅かに歪めさせたが、それだけでしかなかった。
「……とはいえ、大きいゆえに一太刀で致命傷とはいかんか!」
リザードラゴンは突撃をやめると首だけを動かしレイトを見る、そこへ「動きが止まったならっ!」とアディンも攻撃を仕掛けたが、やはり右前脚に僅かに傷を付けただけだった。
「あのような巨体相手には脚を狙うのがセオリー、脚をやられれば自らの重い体を支えられなくなる……ですが……」
「レイトやアディンの剣……てか、人間の腕力だと致命的な攻撃にならないくらい固いって……」
スレイに答えながら、おそらく自分のマナ・ブレードでも同じだろうなと思う。 確かに刃の切れ味自体は上なのだが、純粋な筋力と剣の技量では流石にレイトよりは下だからだ。
「なら、腹なら!」
リザードラゴンといえども腹部は比較的柔らかいのは知識として知っていた、本来は大勢で腹に槍を突き刺していき倒すのがセオリーなのである。
レイトと、彼の言葉に倣ったアディンも狙いを腹部に変えて仕掛けるが、脚で踏みつけようとしたり長い尻尾も振り回されたりで、相手の下に潜り込む自体が出来ない。
「……が、簡単にさせてくれる相手でもないか……む?」
「マナ・アロー……?……スレイさんと姫様の魔法?」
飛来した光の矢の一本が胴体に刺さり、もう一方ははるか後方へ飛び去った。
「避けられた……?」
「外したです。 やはりマナ・アローでは……かといってここでファイア・ボールは……」
スレイの危惧は、ファイア・ボールの火力では森林火災を引き起こしかねないというものである。 大きな力は時に状況によって制限を受けるという言葉は、彼女の母親でありメイドと魔法の師匠でもあるリリムのものだ。
「だったら全力で行くまでっ!」
言うや否やマナ・ブレードを消すと両手をドラゴンに向けて翳す、その先には光の矢が十本出現したのに、「全力ってそっちの意味っ!?」とスレイの眼鏡が僅かにずり落ちる。
「レイトとアディン、当たりそうになったらちゃんと避けてよ……」
無茶を言うと同時に放たれた光の矢はリバードラゴンへと飛翔し、何本か命中したが外れたものもあった。
「こういう無茶はスレイではない、リティア嬢か!」
レイトが仕切り直すべく後ろへ跳んで間合いを開けた直後に、直前までいた場所を矢の一本が通過したのには多少は肝を冷やす。 一方のアディンは「マナ・アローを一度にあれだけ撃つ!?」と驚愕していた。
マナ・アローの魔法で常人が一度に創り出せるのは通常は一本で、修練しても最大で三本とまでと、彼の教わった知識にはある。
「リティア嬢ならな!」
「……って! しかも姫様一人っ!?」
リザードラゴンが僅かに後ろに下がったのは、流石にただの獲物でないと本能で警戒したからだろう。 その隙は剣士組には態勢と呼吸を整える時間となった。
「スレイならもっとコントロールは正確だからな……」
そこへ「ほら! スレイも!」という声がし、更に八本のマナ・アローが撃ち込まれて今度はすべてが命中した。
「もう! これやると疲れるんですけど!」
魔法の直接のエネルギーはマナで、魔力はそのマナを引き寄せる磁力のようなものである。 故に魔力自体が消耗するものではないのだが、肉体的にも精神的には疲労するのが魔法である。
「今度はスレイさん!?」
リザードラゴンは更に後退し、威嚇するように不気味な鳴き声を上げつつ長い舌を見せてくる。 大した手傷を追っているわけではないが、おそらく初めて目にする魔法という力に危険を感じているのだろうとレイトには分かる。
「……とはいえ、決定打となる攻撃が出来ねば勝てぬか……」
実戦であれば予測通りに行かなくて当然であるのが理屈だが、敵の皮膚の想像以上の硬さが厄介過ぎる。 せめてもう少し開けた場所ならファイア・ボールを使うという手も打てたかも知れないのだが、今は場所が悪い。
その思考は、「うらぁぁあああっ!!!!」という少女の掛け声に中断する。
ほとんど確信して声の主を見れば、再度マナ・ブレードを展開したリティアがドラゴン目掛けて突貫して行く。 遠距離からの魔法攻撃でダメなら、ブレードによる接近戦を挑もうという事だ。
そのリティアに対しリザードラゴンは僅かに頭部を持ち上げた後に、大きく口を開いて一気に降ろしたその先には、もちろん赤毛の姫がいた。 自分を喰い殺そうというその攻撃を後ろに跳んで回避すれば、大きな音と共に黒い頭部が大地へと突き刺さった。
「……パワー凄いわね……あっ……」
感心した風に呟いている間に頭を引き抜いたドラゴンとリティアの目が合ったが、それもわずかな時間で、両者の間を光の矢が通り過ぎれば、ドラゴンの顔をそちらを向いた。
「下がってリティアちゃんっ!!」
釣られて彼女も振り返えり見えた眼鏡の少女の姿に向かい、「スレイ……」と名を呟けば、その間にアディンとレイトもやって来てリティアの前に立ちドラゴンへ剣を向ける。
「リティア嬢、迂闊だ!」
「そうですよ!」
二人に咎められるのに、「……迂闊って言ったってさ」と不満そうに言い返したリティアはブレードを構え直した。 確かに一撃でも受けたら致命傷、あるいは即死だろうとは想像出来るが、ならば当たらなければいい。
などと思っている間にまた突撃したのをアディン達は左右に跳び避け、リティアは僅かに遅れたのは、マナをチャージしてからだ。 それでもギリギリというタイミングで跳んだ跳躍力は普通の人間のそれを遥かに上回りリザードラゴンの頭上を越えた。
そしてその背に着地しマナ・ブレードを突き刺すと、もう一度跳躍したのを利用しブレードを引き抜き、そのまま後方へと跳んだ。
「まあ、たいして効かないよねぇ……」
着地と同時に振り返れば、アディン達も攻撃を再開していた。
跳躍力を強化する魔法を使ったとはいえ、それでブレードの威力はもちろん自身の筋力が上がるわけではない。 ニンゲンの野盗や並大抵の兵士、野生の熊くらいまでならこれらの魔法やブレードを駆使すれば十分に戦えてこれたのだが、今回は一筋縄ではいかないようだと再認識する。
地を蹴って斬りつけようとするが、尻尾振り反撃してきたのを回避するが、それで後ろからも迂闊に攻撃できないと知る。
「ファイア・ボールを使えれば……まあ、向こうも有利ってわけでもなさそうね」
細い木などはリザードラゴンが動くたびになぎ倒されても、動くのに邪魔なものは邪魔でしかない。 ましてや樹齢の長い太い幹は簡単には折れないようなので、この林という場所では思うように動けてないようにリティアには視えた。
一方でアディンとレイトは左右に分かれて木々の間を動き回り巨体の敵を撹乱しようとし、更にスレイもマナ・アローでそれを援護する。 幼馴染みである二人の事は良く知っているが、ほとんど初めて見るアディンの動きも並み以上のものだと感じる。
「あたしも負けてられないよねっ!」




