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風の魔法


  町の中を見回っているグレイ・ヴォルフの隣を歩くのは、彼の部下で傭兵団の仲間でもあったアイム・ザットだ。 街中で大きな何かが起こる事は滅多になく、事件のような事が起こったとしても素手でも十分に対処は出来る。

 それでも二人が鎧を身に着けて剣を携帯しているのは、警備隊の存在をアピールする事によって抑止効果を狙ったものだ。

 「……今日も平和そのものという感じですね?」

 アイムが周囲を見回しながら言うのに、「今はな……」とグレイが短く答える。

 「リザードラゴンですか、確かに今襲撃されればそれなりの被害は出るでしょうね」

 町を囲む防壁はあるものの、あくまで対人と通常サイズの獣等に対処するためのものでありドラゴン・クラスの相手を防げるものではないだろう。

 そして侵入されてしまえば、迎撃と住民の避難の両方をするにhは不十分な戦力しかないである。

「それにな、この町がこうして平和なのは姫さん達が戦ってるかも知れないってこともある」

 「リティア姫様ですか……歴戦の我らを負かした相手とはいえ、たった四人でとは無茶をやってみようとするものです」

 仕事がら害獣やらゴブリンやらの亜人とも戦った事はあるアイムであるから、それらの比べて人間一人の力が非力であるのは身に染みている。 十分な人数と武具などの装備、更に知恵を駆使して考えた戦術をもちいるからこそ、人間はこの大地で生きる事が出来ているのだ。

 「戦う者だけじゃこの世の中は回らねえ……が、戦うヤツがいねと存在出来ねえのもまた人間ってやつさ」 

 「一国の姫が”戦うヤツ”ですか……?」

 怪訝な顔になるアイムに、「さてな……」とぶっきらぼうに答えるグレイは、妙な事を言ってしまったなと思う。

 「俺らみたいな奴の頼みを聞いてドラゴンなんかと戦おうって王族なんて、この国に来るまで見た事もねえからな……」

 その彼らの方が正しいのは分かっても、好感を持つのは彼女の方だ。

 「……とはいえ、あんまり無茶はしなでほしいがな」


 力いっぱい右腕を振るいリザードラゴンの背を斬りつけたリティアは、更にもう一撃を仕掛けて十字型の傷を作り緑色の血液を滲ませた。

 「これじゃ埒が明かないなぁ……」

 ジャンプ力を強化を生かした戦法は一見有効そうでも、このまま続けても先に自分の体力と精神力が参ってしまう気がした。 師であるアクア・ジーニアスならこのような場合に有効な攻撃用の魔法も知っているのだろうが、リティアもスレイも相手を直接傷つけるような魔法はマナ・アローとファイア・ボールくらいしか使えない。

 対人であればマナ・アローで十分であり、それでもどうしようもない時にファイア・ボールを使えば良いからだ。

 「……やっぱり狙うならお腹……ってっ!?」

 地面に着地したところを踏みつけられそうになり、慌てて横に跳んで回避した。

 「リティアちゃん! 着地場所はちゃんと考えて!」

 叱りつけるような声のスレイに「ごめん~!」と謝り、それからお返しとばかりに前脚におもいっきりドロップ・キックをかまし、その反動で距離をとった。

 「まーこうなるわな……」

 相手だってやられたくはないのだから大人しく弱点を攻撃などさせてくれないのは当然である。 弱点と分かっているから四足歩行で腹を下にしているのか、攻撃されにくい場所だから固くする必要がなくて柔らかいのかは分からない。

 「弱点なんて残すことないのに……全部固くしちゃうと動きにくいのかなぁ……?」

 そんな事を考えながら再び攻撃すべく踏み込もうとして「……わっ!?」とバランスを崩したのは、足元に小さな虫の姿を見つけたからだ。 黒い甲殻に覆われたその虫を踏み潰すことなくどうにか踏みとどまったものの、その間にリザードラゴンがアディン達へと向かったことで距離が開きタイミングを失った。

 どんな小さな命でも守るつもりなどとは言わないし、戦ってる最中に流石に虫の命まで気にする事は出来ない。 それでも、気が付いてしまえば踏み潰すなど出来ない。

 「こんなところでひっくり返って……危ないなぁ……」

 柔らかそうな腹部を見ていた顔を上げて駆け出そうとした瞬間に、ある事をひらめいたリティアは笑いを浮かべる。

 「レイト! スレイ! アディンも離れてっ!」

 叫ぶと同時にそこら中に落ちていた無数の木の葉が揺れたと思いきや、まるで突風でも吹いたかのように舞い上がったのは、実際本当に強い風が吹き荒れた始めたからである。

 「風を操る魔法!? どういうのリティアちゃん!?」

 敵から目を離さないようにしながらも急いで離れ始めたのはスレイだけではない、レイトはもちろん、アディンも危険なものを感じ取った。

 風の魔法とは言ってもそれ自体に殺傷能力はない、かまいたちを作り出すような魔法もあるにはあるがリティアは使う事は出来ない。 だから、今発動させたのは単に空気の流れを作り風を起こすというものに過ぎない。

 「……しかし! このパワーはまるで竜巻だな」

 手近な幹を掴み身体を支えるレイトは、リザードラゴンの周囲の倒木や植物がすごい勢いで舞い上がって行くのが、渦こそ巻いていないが噂や書物で知る竜巻だと思えた。。 当のオオトカゲは勢いを増していく暴風に対し大地に爪を立てて必死に支えていた。

 「それでいてしっかり制御出来ている……」

 アディンも暴風の影響を受けているが立ってすらいられないという程でもなく、きっちりとターゲットの周囲だけを暴風にしていると表現して良い。 その彼が「……あ!」と声を上げた理由は、リザードラゴンが遂に耐え切れなくなって前足が大地から離れた。

 そして、その巨体がクルリと回転した直後に暴風が弱まり大地に仰向けに叩きつけられる。

 「……そうか! そういうつもりかリティア嬢!」

 素早く理解したレイトが駆け出し、「今なら腹を……弱点を攻撃出来るって事っ!?」とアディンも遅れて地を蹴った。 少年剣士達は必死に起き上がろうとしているリザードラゴンの白い腹に跳び乗ると躊躇なく剣を突き刺せば、これまで事が嘘のように簡単に深々と突き刺さった。

 「アディン!」

 「はいっ!」

 彼らは剣を放すと腹を蹴って跳び下りた、そして間合いを取りつつ苦しそうにもがく巨獣を見据える。 しばらくし、力なく脚が垂れ下がると同時に瞼もゆっくり閉じられていき、リザードラゴンの命の炎は消えた。

 それでもまだ緊張した表情で動きの止まった巨体を見つめていたが、やがて誰からともなく安堵したように息を吐き、緊張の色が消えていく。

 「……これって……マナが薄くなっている……!?」

 その事に気が付いたスレイは、肩で息をしていたリティアが崩れ落ち膝を吐いたのを見てギョッとなる。 あれだけのパワーを生み出すほどのマナを集めれば疲労も並大抵ではないだろう。

 スレイも大気中のマナの量を測れるというわけではないが、マナを操るすべに長けている故に極端に減っている状態であるのを感じ取れているのだろう。 もちろん、この周囲数十メートル程度の話であり時間が経てば元の状態になるだろう。

 レイトとアディンが駆け寄ろとすると、リティアは地べたの胡坐をかいて座り込み「……ふい~疲れた~」と呑気そうな声を出したのは、思わず呆気にとられてからそれが苦笑に変わっていた。


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