ドラゴン現る
「少し寄り道をした方がいいと思うのだが、構わないか?」
翌日の昼、宿の一階にある食堂で食事を終えたタイミングでレイトがそう提案してきた。 別にこの町に用があるわけではないのだが、先はまだ長いし旅慣れていないアディンの事を考えて今日は休むことにした。
アディン本人は大丈夫とは言ったが、「今は良くても後から響いてくるよ」と旅の経験が豊富なリティアに言われれば従うしかなかった。
「寄り道って?」
残ったオレンジ・ジュースを飲み干して空になったコップを置いたリティアが首を傾げる。
「ゼフィリアの町だ、ユグドリアへ向かうルートから少し逸れる事になるが……」
「それで寄り道ですか……と言いますか、ゼフィリアと言うと領主であるオーガン・ダウム様のいらっしゃる町ですね」
スレイに「ああ、そうだ」と頷くレイト。
「そのオーガン様に何か用があるんですか?」
領主という立場に人間に縁があるはずもないアディンも名前くらいは知っていてた……というより、知っているのは名前くらいというべきか。
「昨晩から考えていたのだが、やはりクロウ陛下やアクア様には現在の状況を知らせておくべきと思うのだよ」
「現在のって……」
言いかけたリティアの言葉を「ダメですよ?」と遮ったのはスレイである。
食堂には他にも数人に客がおり、そこでマナの大樹の危機などと話すべきではない、そう小声で説明すると、「あ、そっか……」と自分の赤い髪の毛を掻いた。
すでにクロウだのアクアだのという名前を出してしまってはいるが、実のところ彼女達がリティア姫ご一行だとは分かるものはすでに分かっており、それが何か不穏な会話をしていても、また厄介なトラブルに首を突っ込むつもりなのだろうとしか思われないだろう。
「内容が内容だけに信用出来る者に届けてもらうのが良いだろう」
離れた町や村に手紙や荷物を届ける運び屋という者達も存在し、現在にあっては運び屋組合のような組織も出来上がり決して信用出来ない存在というわけではない。 しかし、万が一にも盗難などにあう可能性も考えれば、今回のような状況で配達を依頼するわけにもいかない。
「それでオーガンさんなわけね」
姫という立場上もちろん領主達との面識もそれなりにあって当然だが、彼女の場合は彼らが困っているトラブルに強引に首を突っ込み解決したり、時には悪徳領主を成敗などと本の中の物語みたことを実際やった事もあるのだ。
そんな領主達の中でもオーガン・ダウムは何かと縁がある人物なのである。
「そうね、そうしましょう。 アディンもそれでいい?」
「え? ぼ、僕?」
いきなり話を振られて思わず焦る、リティア姫の決定に自分如きが良いも悪いもないはずだ。 しかし、問われてしまえば答えないわけにもいかず「いいと思いますけど……」と曖昧に返してしまう。
「む~~~? 男の子なのにはっきりしないなぁ……」
「そ、そう言われても……」
「リティアちゃん、王様とか領主様とかの話が絡んでくるとアディン君には判断が難しいものもあるんですよ」
スレイのフォローに、「ええ、まぁ……」とアディンが同意するのに、「そっかぁ……そうだよねぇ」とリティアが反省した直後……。
「リティア姫様、リティア姫様にご用があるという方がいらしているんですが……」
……と、宿の親父が声をかけてきた。
警備隊とは、簡単に言えば各領主の配下の兵士達の事である。 もっとも兵士と言っても領地内の治安維持や犯罪の取り締まり、災害時の救助活動などがメインであり軍事力としての色合いは薄い。
現在のところ小さな村々にまで常駐してはいないが、大規模な都市部はもちろん、このような宿場町でもそれなりの人数は置かれてた。
「いきなりで済まねえな姫さん」
近くのテーブルから空いている椅子を持ってきてリティア達のテーブルに着いたグレイ・ヴォルフという男は、この町の警備隊の隊長であった。 三十半ばである彼は大柄で筋骨隆々、顔にいくつもの傷を持ち歴戦の戦士という風貌だ。
「それはいいんだけどね……いったい何の用なの?」
リティアとグレイが顔見知りなのは、単に良く訪れる町の警備隊隊長だからだけではなく、ちょっとした因縁がある。
元々は他国で傭兵をしていたグレイは十人程の仲間と共に仕事を求めてソレイユ国に流れてきた、そしてこの町の酒場で酒に酔いトラブルを起こしたところへ偶々やってきたリティアに懲らしめられたのである。
その後で半ば強引に自分達の素性やらを聞き出され、そして何をどうしたものかこの辺りを治める領主に頼んで警備隊に加わる事になってしまったのである。 心情的には完全に納得もしていないが、給金と言う報酬を貰う以上はいい加減な仕事をするというのは、グレイの信条に反する。
「その前に確認したいんだが、姫さんは今、何か厄介ごとに首を突っ込んでる最中なのかい?」
「まあ……最中といえば最中なんだけどね」
答えを聞いたグレイは「そうか……」と困った顔で腕を組んで考え込む。
「一応話だけはしてみたらどうだ? というか、そうでないと我らも協力できるのか出来ないのかの判断も出来ぬ」
レイトが言うのに「そうですね」とスレイも同意すれば、「まぁ、それもそうだな」と頷くと話し始める。
「簡単に言うと姫さん達にある害獣を退治してほしいって事なんだが……」
「……でもそれって、あなた達の仕事なんじゃないんですか?」
アディンが首を傾げると、「ああ、まぁ……そうなんだがな……」とグレイは頭を掻きながら言った。
「並大抵のヤツなら姫さんの手を煩わせる事なく俺達で何とかするんだが……こいつがまたこの町の戦力だとちょっとどころかかなり厄介な相手でな……」
そのため領主に援軍を要請しようと思ったところへリティア達がやって来たという話を聞きやって来たと説明する。
「……で? その厄介な相手って何なの?」
リティアの問いにグレイが僅かに躊躇った後に、「……ドラゴンなんだ」と答えれば、全員が驚きの声を上げた。
「ど、ドラゴンっ!? ドラゴンってあの!?」
「落ち着けアディン。 おそらく君の想像しているドラゴンではないだろう、そうだなグレイ殿?」
軽くパニックになりかけているアディンに、驚きはしたものの冷静なレイトの声にグレイは「ああ、そうだ」と頷く。
「ドラゴンと言ってもユグドリア人の力の事ではなく、リザードラゴンといって単なるオオトカゲですよ。 まあ、単なるで済ませていいものでもありませんけど」
この世界ではドラゴンという名称は二つの意味を持っている。 そのひとつが、そこいらに生息する獣とは比較にならない程の巨体とを攻撃能力を備えている事と、その姿故にドラゴンの名を付けられたトカゲの仲間だ。
肉食であり時にニンゲンも食料とはするものの主食というでもなく、そのうえ個体数が少ない事もあってニンゲンの生活圏内で生活している限りはまず遭遇しないと言われていた。
「ああ、そっちかぁ……」
言われてみればそんな事も教わったと思い出すアディンである。
「そのリザードラゴンがこの近くにいるっていうの?」
まだ半信半疑という顔であっても脅えが全く感じられないリティアの様子に、やっぱりこの姫さんは普通じゃないなとグレイは感じる。 相応の戦力と準備を整えれば自分達でも勝てない相手ではないが、出来るならやりたくない仕事の部類に入るだろう。
「ああ……と、言うか元々少し離れた山に棲んでいるという話はあったんだがな、人里からは離れているし、あえて人が行くような場所でもないんで放置してたわけだ」
将来的な危険はもちろん考えられるが、だからと言って無闇やたらと命を奪えばいいというものではない。 リザードラゴンとて自然界のバランスを崩すほどに餌を必要とするでもなく、下手に彼らを殺せばその土地の食物連鎖のバランスを崩しかねない。
それに加えて戦えば犠牲者も出る事を考えれば、意味なく彼らを殺すメリットはないのである。
「だが、そうもいかない事情が起こったのだな?」
「そうだ、きっかけはとある野盗数人を捕縛……いや、保護した事に始まる……」
一週間ほど前、アジトをリザードラゴンに襲われ命からがら逃げ伸びたという野盗数人を保護したのだが、彼らのアジトのあった場所というのは、この町から見ればドラゴンの棲む山の方角だった。
更に昨日の夕方には、ここから街道を半日くらい行った場所で巨大な足跡があったと旅の商人からの通報があった。 夜明けと共に馬を使って隊員を派遣し、その通報に間違いなかったという報告があったのが先ほどだ。
すぐに町中に警戒するように部下達に指示を出し、グレイ自身はリティア達の下へとやって来たというわけだ。
「絶対とは言い切れませんが……確かに山のドラゴンがこの付近まで移動してきたと考えるべきですね」
「そういう事だな、スレイ。 そして、そうであるならかなり厄介な事態だ、分かるかアディン?」
いきなり振られて戸惑うものの、少し考えてある事に思い至る。
「まさか……アジトを襲って野盗を、人間を喰った!?」
レイトを見返せば、「そうだ」と頷く。
リザードラゴンにとってニンゲンは本来の餌ではないため少人数の時はともかく、大人数でいれば警戒し、よほど空腹でなければ襲ってこないと言われている。 真偽ははっきりとはしていないものの、実際町や村が襲われたという報告は極めて少ない。
しかし、一度ニンゲンを喰い味を覚えてしまうと話は別である。 きちんとした研究結果があるわけではないが、他の肉食獣同様に好んで人間を襲うようになってしまう可能性が高いとされている。
つまり、大人数の集落も餌の塊と認識するようになってしまうかも知れないのだ。
そう説明されて「ちょ! それってやばいでしょっ!?」とリティアは声を上げた。
「ああ、やばいな。 今のところは犠牲者は報告されていないが、一刻も早く退治する必要がある」
グレイとその傭兵仲間だった者を含む町の警備隊の全員を投入すれば勝てる見込みはある、もちろん犠牲者も出るだろうが、それは覚悟の仕事であると割り切るしかない。
問題なのはドラゴンの動きがニンゲンには予測仕切れないところだ、全員で出撃した途端に町の方へ襲い掛かってきたら目も当てられない。 領主への報告と援軍要請はしたばかりだが、リティア達の力を借りて即対処出来るならその方がいい。
「う~~ん……そういう事情かぁ……」
リティアが困った顔で考え込むのは、流石の彼女もドラゴン相手に戦った事はなく勝てるかどうか分からないからである。 勝てる相手としか喧嘩はしないという姑息なわけではないが、勇気と無謀の違いは心得ている。
「流石の姫さんもドラゴンには勝てないか……」
「いや、やってやれない事もないと思うんだけどね? 少し自信がないんだよねぇ……」
自信がないのは少しなんだと感心したような気持になるアディンは、自分が戦力に数えられているのか気になった。 本音としてはドラゴン相手は嫌なのだが、頼りにされていないというのも嫌なのは男としての意地である。
「レイトとスレイはどう思う?」
「ふむ? 我々の使命を思えば危険な事はするべきではないがな?」
「とは言え、放ってもおけませんよね、これは……」
言葉だけを聞けば意見が分かれているように聞こえるが、リティアには二人の意見は一致してると分かる。 そして、それは自分の考えとも同じだった。
緊急性のある事態が目の前で生じていて、それに対処出来る力あるのであれば無視をして通り過ぎるのは正しい事ではない。
「……まあ、やってみるしかないよね」
ドラゴンと言っても今回の場合はでっかいトカゲなのだから、レイトとスレイの力を借りれば何とかなると信じるしかない。
そうと決めれば、彼女はアディンのに向かい、「じゃあ、アディンはこの町で待っててね」と言う。
「……はい?」
「アディンは警備隊じゃないんだし、ドラゴン退治にまで付き合う事はないでしょ?」
「いやいや、それを言ったら姫様だって……」
「あたしは姫、つまり王族だもん。 みんなが困ってたら助けるのが当たり前でしょう?」
理屈は間違ってはいないが、だからといって姫自らドラゴンと戦うのは違うと思える、せめて町で陣頭指揮を執るとかだろう。
「それを言ったら僕だって自警団員です、自分の村でないとはいえ危機を放ってはおけませんって……」
嘘ではないのだが、やはり怖いと言うか関わりたくはない……が、頼りにされないというのも嫌だし、ここまで話を聞いておいて仲間外れも嫌だという何とも複雑な心境なのではあった。
グレイが「……若いねぇ」と呟いたのは、正確にではなくともアディンのそんな心境を表情から察したからだ。
「分かった! じゃあ、みんなで行こうか!」




