狂気の天秤
「カッコよくなりたいかー」
夕暮れの光が差し込むスタジオの通路で、ユイは小首を傾げ、その言葉を口の中で転がすように呟いた。
さっきまで他人の目すら恐れていた少年が、喉を張り裂かんばかりに放った魂の叫び。その青臭い余韻が、まだ静まり返った空間に不格好に残っている。
「うん……!」
リュウは顔を真っ赤に染めたまま、しかし今度は視線を逸らすことなく、力強く首を縦に振った。
「ん〜〜。ならさ、よりいっそう私と一緒に『ネオシス』に行こうよ」
「……なんで?」
「私ね、自分のことが世界で一番可愛いと思ってるの。でも、世の中にはそう思わない人だっているでしょ? だから、そういう人たちが『一番可愛い』って思うものを全部この目で見て、私の『可愛い』をさらに考えて、見比べて、圧倒的な差を見せつけて踏み潰すの。それでようやく、私は正真正銘、世界で一番可愛くなれるんだー」
こともなげに、ユイは恐ろしいことを言った。
彼女の抱く夢は、ただの憧れなどではない。他者の価値観すら全て分析し、自らの糧として頂点へ君臨しようという、狂気的なまでの執念だった。
「だからさ、君も君の『かっこいい』を見つけに行かない? 本物の強者が集まるネオシスでさ」
ユイの言葉が、リュウの胸に深く突き刺さる。偽物の闇に隠れていた自分とは違う。本物を目指すための旅。
「行く……! 俺も、ネオシスに行く!」
「ふふ、出会った時と違うね。いい顔してるよ」
ユイは満足そうに微笑むと、リュウの顔を両手で挟み込み、おもちゃでも弄るようにわしゃわしゃと撫ぜ回した。
「じゃあ、今日はこれで解散。明日、ネオシスに行くための『車』に当てがあるから、一緒に見に行こうよ」
「わかった、です……」
スタジオを出て、街灯が灯り始めた帰り道を歩く。二人の家が別れる分岐点に差し掛かった。
「じゃあ、私はこっちだから。バイバイ、リュウくん」
ユイが手を振って歩き出そうとした、その時だった。
「……送る」
リュウは学ランのポケットに両手を突っ込み、俯きながら、しかししっかりと声を絞り出した。
「え? いいよー、一人で帰れるし」
「……俺は、ボディーガードだから」
消え入りそうな声。それでも、自分の役割を果たそうと必死に足を踏み出している。
ユイは足を止め、振り向きながら意地悪そうに目を細めた。
「ふーん? やっぱりリュウくんは、『かっこいい』より『可愛い』なんじゃないかな〜?」
「……っ!」
からかうような言葉を残して、ユイは今度こそ軽やかな足取りで去っていった。リュウは赤面したまま、彼女の背中が見えなくなるまで、その場から動くことができなかった。
翌朝。指定された待ち合わせ場所に到着したリュウは、自分の格好を猛烈に後悔していた。
「……ここは?」
「ちょっと! なんで制服で来てるの!? 私服で来なよー!」
呆れたような声を上げたユイは、いつもとは全く違う雰囲気を纏っていた。白と水色の爽やかなワンピースに身を包み、風にスカートの裾を揺らしている。まばゆいほどの美少女っぷりに、リュウは視線の置き場に困って頭を掻いた。
「ごめん……私服、あんまり持ってなくて」
「まあいいけどさ」
ユイは小さく溜息をつくと、目の前にそびえ立つコンクリート造りの建物をビシッと指差した。そして、体いっぱいに両手を広げて、その場所を大裟裟にアピールする。
「ここはさ――私の所属事務所だよ!」
「……フッ」
普段の計算高い姿からは想像もつかないほど子供っぽい挙動に、リュウの口元から思わず笑いが漏れた。
「ちょっと、笑うな! 人がせっかく格好よく紹介したのに!」
可愛らしく怒るユイ。しかし、すぐにその表情を小悪魔的な笑みへと切り替えた。
「ここの地下にね、危険地帯を突破するための、すっごく頑丈な装甲車があるんだよね。それをさ、こっそり盗んで、そのままこの事務所をバックれちゃおうって話!」
「そんなこと、して……大丈夫なのかよ……」
少しずつ喋れるようになってきたとはいえ、語尾にかけて声がどんどん小さくなるリュウ。周囲の人間には聞き取れないレベルの呟きだったが、ユイはそれを正確に拾い上げて、不敵に胸を張った。
「いいの?って顔してるね。あの大都市ネオシスと、この辺境のネクロじゃ、流れてる情報の価値が違いすぎるの。ネオシスにとってネクロなんて、地図の端っこにあるただのゴミ溜め。ここで私が車を盗もうが事務所をバックれようが、向こうには情報なんて入らないし、届きもしない。実力で売れちゃえば全部チャラだよ」
その冷徹な業界の裏読みにリュウが戦慄していると、地下の格納庫へと続く扉が開いた。しかし、中へ足を踏み入れた二人は、同時に言葉を失うことになる。
広々とした空間の中心には、ただがらんとした空白が広がっていた。
「……車、ないけど」
「取られちゃったんだよねー、それ」
暗がりから、ひょろりと痩せ細った中年の男性が姿を現した。ひどく疲弊した顔をした、この事務所の社長だった。
「あ、社長……」
「……ウス」
リュウは条件反射で小さく頭を下げる。社長は生気の無い目でリュウを一瞥すると、興味なさそうにユイへ視線を戻した。
「ユイちゃん、その男誰? ……まあいいや、一応カメラには映らないようにしといてね。じゃ」
それだけ言って立ち去ろうとする社長の背中に、リュウは思わず声をかけた。
「……誰に、取られたんですか?」
社長は足を止め、完全に冷めきった、乾いた溜息をついた。その目は、とうの昔に恐怖すら通り越して絶望に慣れきった、虚無のそれだった。
「まあ、あの車、型落ちのボロでさ。あんまり良いものじゃなかったんだけどね……。ネクロの北を仕切っているギャング『North Necro Nightmare』……通称、N3に持ってかれちゃったんだよ。竜の死骸からヤバい違法薬物を作って密売してるイカれた連中さ。逆らうだけ時間の無駄、商売の必要経費として諦めるさ。何もしなければ、必要以上に命までは取られないんだから……」
「でも……!」
ユイが口を挟もうとするが、社長は冷淡に首を横に振り、力ない足取りで去っていった。
重苦しい沈黙が地下室に流れる。ユイがどう動くべきか算盤を弾き始めたその時、リュウが静かに、外を指差すようにジェスチャーをした。
「……車、取り返しに行こうよ」
ユイはピクリと眉を動かし、即座に冷たい視線をリュウに向けた。
「うーん……N3の構成員数と武器の質、それに今のリュウくんの『龍化』のリスクを天秤にかけると、期待値的に完全にマイナス。勝率が低すぎるよ。私のボディーガードがここで死んじゃったら、ネオシスに行けないもん」
恐怖ではなく、純粋な戦力比としての拒絶。しかし、リュウの目は死んでいなかった。ポケットの中で黒い鱗の右手を強く握り締め、彼は自分の新しい『軸』を言葉に乗せた。
「……けど。ここで引っ込んだら、なんか……カッコよくない感じがするから」
昨日、ユイのあの命懸けの輝きを見た。ここで日和って諦めるような男のままでは、彼女の隣に立つ資格などない。勝算なんて関係ない。
ユイはリュウの真っ直ぐな瞳をじっと見つめ、やがて、呆れたように、けれどどこか嬉しそうにふっと笑った。
「……あはは、本当にバカなのね。でも、そういうの嫌いじゃないよ。わかった、行こうか」
「え、良いの……?」
「うん。ネオシスに行くまでは、君の意見を最優先に聞いてあげる。なんでもね?」
ユイはそう言うと、不意に距離を詰め、リュウの学ランの胸元をちょいと指先で引っ張った。至近距離で上目遣いに見つめられ、リュウの思考が完全にフリーズする。
「い、いや……そういうのは……っ」
テンパりながら目を逸らすリュウを見て、ユイはケラケラと楽しげに笑った。
「あはは、嘘だよ。けど、N3から車を取り返すにしても、まずは情報が必要だし……。あ、思い出した。N3の内部事情に詳しくて、ついでに電車を使わずに街を移動するための未開拓ルートを知ってる人がいる。その人に話を聞きに行こうか」
「わかった……」
リュウがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ユイは少しだけ声を潜め、困ったように眉を下げた。
「けど、ちょっと気をつけた方がいいかもね。あの人、すーごく性格が悪いから」
ネクロの街の片隅。薄暗い一室に、異様な光景が広がっていた。
壁一面には、現代的なマルチモニターではなく、境界線の電磁波ノイズを不気味に映し出す旧式のブラウン管テレビが何台も積み上げられている。
「あーー……」
重苦しい溜息と共に、部屋の主が声を漏らした。
座っているのは、仕留めた野生竜の硬質な皮を乱雑にパッチワークした、無骨で悪趣味な椅子。
その人物が気怠げに振り回しているのは、一丁の奇妙な武器だった。
全体的なシルエットは、時代錯誤な『火縄銃』のような長い形をしている。しかし、その細長い金属製の銃身には、禍々しい龍の鱗がびっしりと溶接されており、鈍い黒光りを放っていた。さらに、銃口の先端には、乾いた血の跡がこびりついた鋭利な銃剣が取り付けられている。引き金の横には、綺麗に輝く宝石に怪しいエンジンが直結しており、カチカチと不穏な機械音を立てていた。
「ねっっむ……」
天井を仰ぎ見ながらのけぞるその人物。
部屋の隅には、解体された竜の臓器や、境界線を越えるための違法な測量機器が散乱している。
ユイとリュウが向かう先に待ち受ける、境界線のプロフェッショナル。その人物がゆっくりと、銃口の先の剣をドアの方へと向けたところで、静かに幕が降りた第三話:狂気の天秤
「カッコよくなりたいかー」
夕暮れの光が差し込むスタジオの通路で、ユイは小首を傾げ、その言葉を口の中で転がすように呟いた。
さっきまで他人の目すら恐れていた少年が、喉を張り裂かんばかりに放った魂の叫び。その青臭い余韻が、まだ静まり返った空間に不格好に残っている。
「うん……!」
リュウは顔を真っ赤に染めたまま、しかし今度は視線を逸らすことなく、力強く首を縦に振った。
「ん〜〜。ならさ、よりいっそう私と一緒に『ネオシス』に行こうよ」
「……なんで?」
「私ね、自分のことが世界で一番可愛いと思ってるの。でも、世の中にはそう思わない人だっているでしょ? だから、そういう人たちが『一番可愛い』って思うものを全部この目で見て、私の『可愛い』をさらに考えて、見比べて、圧倒的な差を見せつけて踏み潰すの。それでようやく、私は正真正銘、世界で一番可愛くなれるんだー」
こともなげに、ユイは恐ろしいことを言った。
彼女の抱く夢は、ただの憧れなどではない。他者の価値観すら全て分析し、自らの糧として頂点へ君臨しようという、狂気的なまでの執念だった。
「だからさ、君も君の『かっこいい』を見つけに行かない? 本物の強者が集まるネオシスでさ」
ユイの言葉が、リュウの胸に深く突き刺さる。偽物の闇に隠れていた自分とは違う。本物を目指すための旅。
「行く……! 俺も、ネオシスに行く!」
「ふふ、出会った時と違うね。いい顔してるよ」
ユイは満足そうに微笑むと、リュウの顔を両手で挟み込み、おもちゃでも弄るようにわしゃわしゃと撫ぜ回した。
「じゃあ、今日はこれで解散。明日、ネオシスに行くための『車』に当てがあるから、一緒に見に行こうよ」
「わかった、です……」
スタジオを出て、街灯が灯り始めた帰り道を歩く。二人の家が別れる分岐点に差し掛かった。
「じゃあ、私はこっちだから。バイバイ、リュウくん」
ユイが手を振って歩き出そうとした、その時だった。
「……送る」
リュウは学ランのポケットに両手を突っ込み、俯きながら、しかししっかりと声を絞り出した。
「え? いいよー、一人で帰れるし」
「……俺は、ボディーガードだから」
消え入りそうな声。それでも、自分の役割を果たそうと必死に足を踏み出している。
ユイは足を止め、振り向きながら意地悪そうに目を細めた。
「ふーん? やっぱりリュウくんは、『かっこいい』より『可愛い』なんじゃないかな〜?」
「……っ!」
からかうような言葉を残して、ユイは今度こそ軽やかな足取りで去っていった。リュウは赤面したまま、彼女の背中が見えなくなるまで、その場から動くことができなかった。
翌朝。指定された待ち合わせ場所に到着したリュウは、自分の格好を猛烈に後悔していた。
「……ここは?」
「ちょっと! なんで制服で来てるの!? 私服で来なよー!」
呆れたような声を上げたユイは、いつもとは全く違う雰囲気を纏っていた。白と水色の爽やかなワンピースに身を包み、風にスカートの裾を揺らしている。まばゆいほどの美少女っぷりに、リュウは視線の置き場に困って頭を掻いた。
「ごめん……私服、あんまり持ってなくて」
「まあいいけどさ」
ユイは小さく溜息をつくと、目の前にそびえ立つコンクリート造りの建物をビシッと指差した。そして、体いっぱいに両手を広げて、その場所を大裟裟にアピールする。
「ここはさ――私の所属事務所だよ!」
「……フッ」
普段の計算高い姿からは想像もつかないほど子供っぽい挙動に、リュウの口元から思わず笑いが漏れた。
「ちょっと、笑うな! 人がせっかく格好よく紹介したのに!」
可愛らしく怒るユイ。しかし、すぐにその表情を小悪魔的な笑みへと切り替えた。
「ここの地下にね、危険地帯を突破するための、すっごく頑丈な装甲車があるんだよね。それをさ、こっそり盗んで、そのままこの事務所をバックれちゃおうって話!」
「そんなこと、して……大丈夫なのかよ……」
少しずつ喋れるようになってきたとはいえ、語尾にかけて声がどんどん小さくなるリュウ。周囲の人間には聞き取れないレベルの呟きだったが、ユイはそれを正確に拾い上げて、不敵に胸を張った。
「いいの?って顔してるね。あの大都市ネオシスと、この辺境のネクロじゃ、流れてる情報の価値が違いすぎるの。ネオシスにとってネクロなんて、地図の端っこにあるただのゴミ溜め。ここで私が車を盗もうが事務所をバックれようが、向こうには情報なんて入らないし、届きもしない。実力で売れちゃえば全部チャラだよ」
その冷徹な業界の裏読みにリュウが戦慄していると、地下の格納庫へと続く扉が開いた。しかし、中へ足を踏み入れた二人は、同時に言葉を失うことになる。
広々とした空間の中心には、ただがらんとした空白が広がっていた。
「……車、ないけど」
「取られちゃったんだよねー、それ」
暗がりから、ひょろりと痩せ細った中年の男性が姿を現した。ひどく疲弊した顔をした、この事務所の社長だった。
「あ、社長……」
「……ウス」
リュウは条件反射で小さく頭を下げる。社長は生気の無い目でリュウを一瞥すると、興味なさそうにユイへ視線を戻した。
「ユイちゃん、その男誰? ……まあいいや、一応カメラには映らないようにしといてね。じゃ」
それだけ言って立ち去ろうとする社長の背中に、リュウは思わず声をかけた。
「……誰に、取られたんですか?」
社長は足を止め、完全に冷めきった、乾いた溜息をついた。その目は、とうの昔に恐怖すら通り越して絶望に慣れきった、虚無のそれだった。
「まあ、あの車、型落ちのボロでさ。あんまり良いものじゃなかったんだけどね……。ネクロの北を仕切っているギャング『North Necro Nightmare』……通称、N3に持ってかれちゃったんだよ。竜の死骸からヤバい違法薬物を作って密売してるイカれた連中さ。逆らうだけ時間の無駄、商売の必要経費として諦めるさ。何もしなければ、必要以上に命までは取られないんだから……」
「でも……!」
ユイが口を挟もうとするが、社長は冷淡に首を横に振り、力ない足取りで去っていった。
重苦しい沈黙が地下室に流れる。ユイがどう動くべきか算盤を弾き始めたその時、リュウが静かに、外を指差すようにジェスチャーをした。
「……車、取り返しに行こうよ」
ユイはピクリと眉を動かし、即座に冷たい視線をリュウに向けた。
「うーん……N3の構成員数と武器の質、それに今のリュウくんの『龍化』のリスクを天秤にかけると、期待値的に完全にマイナス。勝率が低すぎるよ。私のボディーガードがここで死んじゃったら、ネオシスに行けないもん」
恐怖ではなく、純粋な戦力比としての拒絶。しかし、リュウの目は死んでいなかった。ポケットの中で黒い鱗の右手を強く握り締め、彼は自分の新しい『軸』を言葉に乗せた。
「……けど。ここで引っ込んだら、なんか……カッコよくない感じがするから」
昨日、ユイのあの命懸けの輝きを見た。ここで日和って諦めるような男のままでは、彼女の隣に立つ資格などない。勝算なんて関係ない。
ユイはリュウの真っ直ぐな瞳をじっと見つめ、やがて、呆れたように、けれどどこか嬉しそうにふっと笑った。
「……あはは、本当にバカなのね。でも、そういうの嫌いじゃないよ。わかった、行こうか」
「え、良いの……?」
「うん。ネオシスに行くまでは、君の意見を最優先に聞いてあげる。なんでもね?」
ユイはそう言うと、不意に距離を詰め、リュウの学ランの胸元をちょいと指先で引っ張った。至近距離で上目遣いに見つめられ、リュウの思考が完全にフリーズする。
「い、いや……そういうのは……っ」
テンパりながら目を逸らすリュウを見て、ユイはケラケラと楽しげに笑った。
「あはは、嘘だよ。けど、N3から車を取り返すにしても、まずは情報が必要だし……。あ、思い出した。N3の内部事情に詳しくて、ついでに電車を使わずに街を移動するための未開拓ルートを知ってる人がいる。その人に話を聞きに行こうか」
「わかった……」
リュウがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ユイは少しだけ声を潜め、困ったように眉を下げた。
「けど、ちょっと気をつけた方がいいかもね。あの人、すーごく性格が悪いから」
ネクロの街の片隅。薄暗い一室に、異様な光景が広がっていた。
壁一面には、現代的なマルチモニターではなく、境界線の電磁波ノイズを不気味に映し出す旧式のブラウン管テレビが何台も積み上げられている。
「あーー……」
重苦しい溜息と共に、部屋の主が声を漏らした。
座っているのは、仕留めた野生竜の硬質な皮を乱雑にパッチワークした、無骨で悪趣味な椅子。
その人物が気怠げに振り回しているのは、一丁の奇妙な武器だった。
全体的なシルエットは、時代錯誤な『火縄銃』のような長い形をしている。しかし、その細長い金属製の銃身には、禍々しい龍の鱗がびっしりと溶接されており、鈍い黒光りを放っていた。さらに、銃口の先端には、乾いた血の跡がこびりついた鋭利な銃剣が取り付けられている。引き金の横には、綺麗に輝く宝石に怪しいエンジンが直結しており、カチカチと不穏な機械音を立てていた。
「ねっっむ……」
天井を仰ぎ見ながらのけぞるその人物。
部屋の隅には、解体された竜の臓器や、境界線を越えるための違法な測量機器が散乱している。
ユイとリュウが向かう先に待ち受ける、境界線のプロフェッショナル。その人物がゆっくりと、銃口の先の剣をドアの方へと向けたところで、静かに幕が降りた。




