62-再会と、
オーガを袈裟斬りにしたジーク様がゆっくりと体勢を直した。荒い息のまま長剣をブンッと振って血を払ったあと、鞘に納めた。
「馬鹿サラ!!」
少し遅れて若い騎士がサラのもとへ駆けてきた。きっと彼が『ロダン』なのだろう。
私はサラの腕を離して、一歩後ろに下がる。あ、やばい。膝が笑っている。
「お前、なんで領主邸で大人しくしてなかったんだよ! もう少しで、……っ」
「ごめん……やっと騎士たちが帰ってくるって、鎮圧宣言されたって、聞いて、あたし……」
サラはロダンに抱きしめられていた。サラの声には涙が混じっている。
「……レティ」
地を這うような声。一瞬、私を呼んだのだと認識できなかった。
若い恋人たちの再会に視線を向けていたけれど、ジーク様のほうへ向き直る。
「ひぇ……っ」
思わずおかしな声が漏れた。
たぶん空気に色がついたら、どす黒い。そう確信できるくらい、ジーク様が怖い。
「俺は、貴方が危険なことをするのを許さない、と言ったはずだが」
「はい、申し訳ございません!!」
勢い余って居酒屋ばりに元気な声で答えてしまった。ジーク様の視線がますます鋭くなった。
ジーク様は鉄鎧を身に着けているはずなのに、ひょいとオーガの死体を飛び越えて私の前に立った。気のせいか肌がピリピリする。
「ジーク様……」
見上げた夫の顔には細かい傷が走っていた。怒りのためか暗い炎が瞳の奥で揺らめいている。
頬に手を伸ばそうとすると、手甲をした大きい手が掴み取る。反対の手は私の後頭部を掴んだ。
「んっ、——?!」
影が差したかと思った一瞬で、口を塞がれていた。反射的に抵抗しようとしたけれど、力強い拘束はピクリとも動かない。
唇を割られて深くなるキスに、前にも怒ったジーク様に同じようにされたなと妙に冷静に考えてしまった。
いや、でも、ここ外! 人!!
「ちょ、ジー、……クさま!」
鉄鎧を叩いたり、合間に抗議を試みるけれど、結局前線から戻ってくる騎士たちが追いついても、ジーク様は彼らの存在に気づいてくれない。最後尾にいたハンスに遠慮がちに止められるまで、それは続いた。
※
あのあと、ジーク様は夕日よりも赤く顔を染め、我に返った。
ジーク様が正気に戻ったことに気づいたハンスがとても楽しそうに笑う。
「閣下。情熱的なことは結構ですが、騎士のことも考えてあげてください」
「……すまない」
いや、私のことも慮って欲しかったけど? ……ジーク様との約束を破ったから自業自得か。
サラが飛び出した瞬間に戻っても、まったく同じことをしそうなので反省もできない。
「ハンス、代わりに指揮を頼む。……ロダン、お前は残れ」
「閣下、手短にお願いしますね」
ハンスがジーク様の肩に手を置いて言い添えた。私の視線に気づくと、声に出さず、『頑張ってください』と口を動かした。
ジーク様は私の腰に手を回している。逃げないのに。
「サラ、といったな。貴方は結果的に公爵夫人の命を危険に晒したことを自覚しているか?」
「え、あ、あたし……!」
サラの顔から血の気が引いていくのがよく見えた。ロダンの顔もこわばっている。
「ジークヴァルト様、領主代行として不甲斐ないところをお見せして申し訳ございません。領民への通達が行き届きませんでしたわ」
私はジーク様を見上げた。腰を抱きかかえられている状況で、格好はつかない。それでも、必死に貴族としての笑みを貼りつける。
「……領主代行としてどう責任を取る?」
「本来ならば、平民が貴族の命を危険に晒すなど一族郎党処罰されてもしかたがありません。しかし、帰宅する際に、領都側の門を使用することを明確に指定しなかった私にも非があります。よって、今回の件はサラ一人の咎とし、向こう一年は復旧作業への無償奉仕を命じ、給金の半分を罰金として徴収いたしましょう」
ジーク様が私を見下ろしている。私もジーク様の視線を受けて見つめ返す。貴族の笑みは絶やさない。
と、ジーク様が長く息を吐いた。
「サラ、聞いたな。正式な通達はあとで出す。心しておくように」
「はい……! ご厚情に感謝いたします!」
サラは深々と頭を下げた。ロダンも隣で騎士の礼をとっている。
「ロダン、責任を持って彼女を安全な場所へ送り届けるように」
「承知いたしました!」
ジーク様は二人が手を繋いで歩き出してからもしばらく、その場を動かなかった。
二人の声が届かなくなると、前を向いたままポツリと漏らす。
「レティ、領主代行としての貴方には感謝をしている。だが、妻としての貴方はまだ許せそうにない。……屋敷に帰ったら、覚悟してほしい」
「ジーク様、本当にごめんなさい。それから、助けてくれてありがとうございます。私の騎士様」
ぎゅっと私から抱き着いた。鎧のせいで、体温は届かない。少し間が空いてから、ジーク様が優しく抱きしめ返してくれる。そのことに少しほっとした。
「戻るか」
そう言って、身体が離れる。けれど、次の瞬間には膝裏に腕を入れられて抱きかかえられる。片手で。
「ひぇぁあっ!?」
驚いて、またおかしな声が出る。ジーク様は意に介さず、そのまま歩き出した。
私はいきなり目線が高くなった上に、片手抱っこの不安定さに、ジーク様の頭にしがみつくしかない。
「お、降ろし……」
「嫌だ」
私は騎士舎の門をくぐるまで、そのまま抱きかかえられた。
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