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殲滅公爵と恐れられた夫が、私の限界オタクだった件  作者: よし はるか


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61-帰還

 ふと目を開けるとまだ外は薄暗かった。

 ジーク様の手紙通り、ベッドで横になったものの眠りは浅かった。

 それでも、椅子の上で寝てしまうよりはマシなのだろう。 

 前線は今どうなっているのか。

 何かあれば、夜番を務めた担当者から連絡が入るはずだ。なにごともなく目を覚ましたこと自体が、大きな問題がなかったことの証左といえる。


 まだ起きる時間は早いけれど、目が冴えてしまった。

 寝台脇の呼び鈴を鳴らす。早朝でも誰かしらは待機しているはずだ。


 ——コン、コン。


 程なくして扉がノックされる。入室の許可を出すと、アミュレの姿があった。


「え、アミュレ?」


「レティシア様、おはようございます」


 アミュレは私よりも就寝時間が遅かったはずだ。


「貴方、まさか寝ていないの?」


「いえ、休みました。けれど、本日はレティシア様が早くお目覚めになるだろうと思い、いつでも対応できるよう準備しておりました」


 私がベッドで休んだ代わりにアミュレが椅子で休んだのだろうか。そういえば、いつも完璧に整えられたお仕着せにシワが寄っているような……髪の毛もはねている。


「ありがとう。日中はどうか休んでね」


「お気遣いいただきありがとうございます。さあ、まずは洗顔用のたらいを準備いたします」


 いつも通りの口調で、手際よくアミュレは仕事をこなす。私もそれに倣って、普段の支度をした。日常は、まだここにある。



※



 昨日、前線で倒しきれなかった魔物が複数、領都内に侵入していた。

 幸い、領都内を守っていた騎士たちにより無事に討伐されたそうだ。

 しかし、被害も出ている。

 手負いになった魔物は容赦がない。侵入経路にあった屋台はなぎ倒され、激突して破壊された石壁もある。

 魔物による領民への人的被害は今のところ報告されていない。

 ……家が気になるからと、外に出ようとした老人を止めようとしたという騒ぎはあったけれど。しかも、いくつかの避難施設で。みんな、台風が来ると畑の様子を見に行きたくなるムーブは控えてほしいものだ。


 昼近くになると、前線からの定期連絡が届いた。私は昨日と同じく、騎士舎近くに備え付けられた簡易机でそれを受け取った。

 オーガの異常個体を討伐したのを最後に一刻ほど静かな状態が続いているらしい。森の巡回ルートを回り、大型の出現がないようなら夕方ごろに鎮圧宣言ができそうだと書いてあった。


「夕方に鎮圧宣言が出るということは、領民へ避難解除を指示しても、すぐに日が暮れてしまいます。先んじて、被害状況を把握したいですね」


 補佐官として連絡を持ってきたユーグが、困ったように眉を下げた。被害状況がわからなければ、せっかく鎮圧宣言が出されても領民たちを家に帰すことができない。


「そうですわね。ある程度は騎士たちが被害地区を把握していますから、昼過ぎからの巡回に担当者を同行させてもらいましょうか」


「では、そのように手配いたします」


「ええ、お願いします」


 ユーグが騎士舎へ向かっていく。私は残っているメモを見た。昨日よりも枚数が少ない。

 天を仰いだ。

 早く会いたい。無事な姿を確認したい。早く茜色に染まればいいのに。


 その後、前線からは魔の森を巡回し、問題がなかったと連絡があった。小さな魔物溜まりは軒並み消滅していたそうだ。

 領都のほうは、昼過ぎの巡回に同行した担当者から、被害状況の報告を受けた。

 やはり被害が大きい地域に住んでいる領民は、今日は帰宅させることはできないそうだ。

 領民への説明と、場合によっては別の避難施設への移動を指示しなければならない。

 それでも、脅威が去ったとわかれば少しは安心できるかもしれない。


 空が赤く色づくのを見ながら、この色が待ち遠しくなったのは初めてかもしれない、と思った。

 騎士舎の門の前で騎士たちが戻ってくるのを待った。

 魔の森の方から、鈍く光が反射するのが見えた。鉄鎧を身に着けた騎士たちが歩いてくる。先頭にジーク様の姿。


「ロダン!」


 後ろから、高い声がした。振り向こうとすると、横を誰かが駆け抜ける。

 サラだった。


「サラ! 止まりなさい!」


 手を伸ばしても届かない。

 気づいたら彼女を追っていた。足を必死で動かす。なかなか差が縮まらない。

 足元は戦闘のためか、もともと舗装されていないからか、凸凹だ。サラが足を取られるたびに少しずつ背中が近くなる。


 グォオオオォォォ!!!


「っ!?」


 視界の端に、急に黒いものが現れた。すごい勢いでこちらへ近づいてくる。確認している余裕がない。サラは止まらない。

 でも、もう少し——!


「捕まえた!」


 サラの腕を掴むと彼女がやっと振り返った。息が、喉が痛い。

 やっと止まれた、と思った瞬間。

 血だらけのオーガが腕を振り上げたのが見えた。


 ——あ、死ぬ。


 浮かんだ言葉はシンプル。

 走馬灯が流れる代わりに、オーガの動きがスローモーションのように遅くなる。

 最期の瞬間を焼き付けるように、目が開いたまま動かない。

 振り下ろされた腕は、届かない。

 オーガの身体に、斜めに光が走った。

 遅れて、ビチャビチャと赤いものを撒き散らしながら、オーガの身体が崩れていく。

 視界がひらけた。

 黒い髪、鋭利な光を放つアイスブルーの瞳。

 肩で息をしている。

 長剣は振り下ろされた形のまま。

 

「ジーク様!!」


 愛しい夫の姿がそこにあった。


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