60-短い手紙
騎士舎の状況を聞き、治療に足りなくなりそうな物資の手配をする。人手も足りなくなりそうだと言われたので、避難してきていた領民の中から男手を募ることにした。
退団した騎士や町医者が志願してくれたそうだ。
「レティシア様!」
一人の女性が私の前に進み出た。
「あたしはサラといいます。お願いです! 恋人が騎士なのです。あたしも騎士舎でのお手伝いをさせてください!」
サラと名乗った女性は、両手を組み合わせて私に懇願した。私はそれを見ながら、首を横に振る。
「許可できません。今、騎士舎で手伝いをお願いしているのは男性だけなのです」
「あたしも診療所で働いていました! 男性ではないけど、働けます!」
「それでも許可できません。……貴方は恋人が怪我をしていたとして、ほかの重傷者を優先できますか?」
私の言葉に、サラはさっと目をそらす。
「っ……それは」
想像することすら、嫌だったのだろう。ギリ、と歯を食いしばっていた。
「騎士たちは『トリアージ』という重症度に合わせた治療を受けています。そのなかで、貴方が恋人を優先してしまったら秩序が乱れます」
「そんな、ひどい……」
領主代行としての判断に、サラは目尻に涙が溜まっていく。がくりと膝が折れた。その衝撃でとうとう涙が頬を伝った。
「ましてや騎士たちは戦闘中で気が立っています。ささいなことで揉め事が起きるのです。考えたくはないけど、女性に対して手をあげる可能性も捨てきれません。……私でも怒られたくらいなのだから、どうか耐えてください」
「……レティシア様が?」
「ええ、昔、ジークヴァルト様が怪我をしたと聞いて、居ても立ってもいられなかったの。彼に怒られてしまったわ」
そのときのことを思い出して、思わず苦笑した。
しゃがんでそっと彼女の手をとる。震えている。
「たとえそばにいられなくても、できることはあります」
震えが、止まった。涙に濡れた瞳が私を見る。
「包帯が足りなくなるかもしれないの。綿布を裂くのを手伝ってもらえないかしら?」
そして、サラはこくりと頷いた。
※
「レティシア様、騎士たちすごかったよ!」
仕事を続けていると、子どもたちが私のもとに駆けてきた。避難当初はどこか怯えていた様子だったけれど、今は元気に振る舞っている。
「どこで見たの?」
「物見塔」
そう言われて、物見塔の方に顔を向けた。騎士舎に併設された物見塔は、立ち入り禁止のはずだ。
「駄目でしょう、そこは騎士たちの場所よ」
「うん、怒られた。でも、戦ってるところを見せてもらったんだ」
「こんな感じの魔道具貸してもらった! 遠くまでよく見えたよ!」
一人が楽しそうに両手で輪っかを作り、目に当てる。双眼鏡のようなものだろうか。
「ジークヴァルト様、剣を振るとバーって魔物が吹っ飛ぶの」
それは、少し見たかった。ジーク様が戦っているところは見たことがない。羨ましい、という感情が顔に漏れ出たのか子どもたちが笑いだした。
「ねえレティシア様、お空の魔物は倒さないの?」
私の服を引っ張って、幼い女の子が空を指差した。
空には伝書鳩のハトポッポが飛び交っている。
「空を飛ぶ魔物で、人間を襲う魔物は少ないのよ」
ダグラーゼの森で暮らす鳥型の魔物は、魔の森より奥の山々から下ってくるらしい。
ハトポッポも含めて、草食であることが多い。そのためか騎士たちの覚書でも鳥型の魔物が書かれていることはほとんどなかった。
「今、空を飛んでいる子たちは私たちの味方よ。お手紙を届けてくれるの」
「そうなんだ。鳥さん、頑張れー!」
幼い応援に、他の子どもたちも加わる。
少し胸の中が温かくなった。
※
空が赤く染まっていく。
怪我をした騎士が騎士舎に戻っては、待機していた騎士と交代する。
「レティシア様、魔物の波が大型に変わってきたそうです」
「ありがとう。やはり推測通りなのかしら」
最初は小型の魔物の群れだった。
スタンピードは大型の異常個体の発生や増殖期が複合して起きる災害だと推測されている。
「推測、とはレティシア様がまとめた報告書のことですか?」
補佐官が私の呟きを拾った。私は頷き、報告書の内容を思い返す。
奥から魔物を食らおうとする大型の異常個体の魔物に追い立てられて、小型や中型の魔物がダグラーゼの方へ押し出されていく。
「小型で疲弊したあと、大型の異常個体が現れる可能性がある、でしたね」
「そう、ヴァルターが前回のスタンピードでそのような状況になったそうよ」
私の頭の中に、老騎士がうんざりした様子で当時のことを語った姿が浮かんできた。
普段なら数名いれば落ち着いて倒せる大型の魔物も、疲弊してきたころに現れるのは脅威でしかない。
ダグラーゼの傷薬や治癒師の治療で回復した騎士は、少し休んでからまた戦場へ向かう。
疲れが残る身体に鞭打ち、大切なものを守るために剣をとるのだ。
日が落ちきる前に、屋敷内は明かりが灯されていく。
前線では魔物の動きが鈍り始めたらしい。
夜の闇は人間に不利なばかりではない。魔物にとっても動きづらくなる。
夜目の効く魔物もいるが、魔の森で現れる種類は少ない。
完全に休むことはできない。それでも、昼よりは休む時間をとることができそうだ。
ジーク様は戻ってこない。
最前線近くに張ったテントで休むのだそうだ。
「レティシア様、あの……」
報告が終わった直後。補佐官がなぜか言い淀んだ。
「まだ、何か?」
私が先を促すと、補佐官は短い紙切れを私に渡してきた。
伝書鳩に報告書とともに括り付けられていたらしい。
『必ずベッドで休むように』
ジーク様の無骨な字。私に宛てた短い言葉。
「ジークヴァルト様はなぜわざわざこのようなことを送ったのでしょうか?」
それは私が椅子の上で寝かねないからですわ、とは言わなかった。
「ええ、本当に。なぜでしょうね」
代わりに貴婦人の笑みを浮かべた。私の笑みに、補佐官が察した顔には気付かないふりをした。
そして、また朝はやってくる。
面白いと思っていただけたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをしていただけると励みになります。




