06-オタクの言い分
公爵様の二度目の気絶から意識を取り戻すのは早かった。
ラディウスを従えて、夫人の扉から部屋へと入ってくる。
夜も更けてきたけど、そのまま話をすることにした。このような問題を抱えたまま、眠ることなんてできない。
対面となる席を勧めると、公爵様は大人しく座った。強制的に時間を置いたことで落ち着いたようだ。
「その、すまなかった……」
公爵様が頭を下げた。一体どの件のことだろうか。
「私は、レティシア教徒なのだ」
「ナンダッテ?」
思わず言葉が荒れた。
公爵様の一人称が改まっているとか、そんなことを分析している場合ではなかった。
「えーと、異教徒であるという告白ですか?」
国教はレリウム教。
数時間前に司祭に証人になってもらったばかりだ。
「いや、私はレリウム教の敬虔な信徒である。しかし、同時にレティシア教徒でもあるのだ」
「教祖になった覚えはないのですが?!」
なんだ、その宗教は?!
公爵様はなぜか秘密を打ち明けた少女のような初々しい顔をしている。違う、そんな顔で話す内容じゃない。
「いや、貴方は女神だ」
「どうしてそうなった?!」
また言葉が荒れた。公爵様があまりに真剣な口調で言うので、違和感が半端ない。
王都で『殲滅公爵』と恐れられた人は、一体どこへ消えたのか。
「貴方が十歳のとき、街道整備事業と緊急事態における特別法案を通したのを覚えているだろうか?」
「え?」
私も輿入れの際に通った、王都とダグラーゼ領を繋ぐ軍事街道。
昔は整備が行き届かない街道であった。定期的に魔物の被害が増えることが記録に残っているのに、援軍を送ることもままならない。
王太子妃教育で各領地の特色を学んだ。ダグラーゼ領は防衛の要なのに、捨て置かれているような現状に憤りを覚えたのを覚えている。
父に相談すると、『大人を説得できる材料があれば、法案を提出してあげよう』と言われて何日も蔵書室にこもって資料をまとめ上げた。
あの頃はまだ前世の記録が戻ったばかりで、知識チートと浮かれていた頃でもある。
グラフも図解もふんだんに使った。それを見た父は、『天才だ!』と顔中にキスの嵐を降らせた。その後、私が描いた馬の絵に『馬』とわざわざ注釈をつけていたので、理由を尋ねると『豚にしか見えないから……』と失礼なことを言われた。半日口を聞かない刑に処した。
父は大人顔負けの提案書を作り上げた娘のことを、重鎮会議で散々自慢していた。そのため、この街道整備が私の発案であることは知れ渡っている。
「当時、私は今の貴方と同じ年だった。まだ公爵位も継いでおらず、鍛錬と勉強に明け暮れる日々を送っていた。貴方が辺境のために通した法案を読んだとき、天啓を受けたのだ」
遠い記憶を思い出すように語った公爵様が、私と目を合わせる。とても、真剣な顔だった。
「この方は女神の化身であるのだ、と」
「違います」
瞬速で否定しておく。しかし、公爵様には届かなかったようだ。
「他にも、王都とリルシーズ領を繋ぐ河川の船舶事業やレリウム教会での基礎教育事業など、ユリウス殿下の名で行われた事業も貴方の発案だろう?」
「それは……よくわかりましたね」
「その筋では有名だからな。貴方以外にあの書式で提案書を作れる者がいるとも思えん」
フッと公爵様が笑った。初めて見た柔らかい表情が美しくて、思わず見とれてしまった。
いやいや、今は見とれてる場合じゃない。
それよりも気になることがあった。
「私の提案書を実際にご覧になったことがおありですの?」
「もちろんだ。最初の提案書からすべての写しを手に入れてある」
まるでオタクのグッズ収集癖のようだ。……いや、違う。
私が提出した提案書は多岐にわたる。ダグラーゼ領に役立つ案だけではない。領地経営に必要のない書類まで手に入れているのなら、『ようだ』ではなくまさに収集癖だ。
「……公爵様が私の作成した書類に感銘を受けてくださったことはわかりました」
「それだけではない。ユリウス殿下との婚約式で見た貴方の姿は大変美しく、この世のものとは思えなかった」
夫となった男性に、他の男と並び立つ姿を褒められた。とても微妙な気分になるのだと、初めて知った。……そんなこと、知りたくなかった。
「そうですか……。では、なぜ私をご覧になって気を失われたのでしょうか?」
正確には、胸を触って、だけど。ここで詳しく言う必要はない。
「それは……」
公爵様が言い淀む。しばらく公爵様が意味のない言葉を発しているのを眺める。
「旦那様は、奥様のことに関してだけ、興奮しすぎると気絶するのです」
隣からラディウスが発言した。その顔には呆れが浮かんでいる。
「私のこと、だけ……?」
「左様にございます」
推しの過剰供給に耐えかねた限界オタクみたいなものだろうか。
「それは……、困りますわ」
私は頬に手を当てた。
「す、すまない……」
公爵様はまた謝罪を重ねるが、謝って済む問題ではない。
「公爵様は、この結婚が王太子殿下の命令による政略結婚だということは理解されていますか?」
「もちろんだ」
「では、白い結婚が続いた場合、再び王太子殿下の命令によって結婚を白紙にされる可能性があることは?」
公爵様が目を見開く。
「そんなことを……」
「あの、ユリウス殿下ですよ?」
今度は頭を抱え出した。公爵様にもこれだけで通じるのなら、ユリウスの斜め下っぷりは王国内に知れ渡っているのかもしれない。……下賜されなければ私はそんな男と結婚していたのか。人生を悲観しそうだ。
一度回避した苦行に戻りたくない。公爵様には、改善してもらわなければならない。
パン、と両手を合わせて私は微笑んだ。
「ですので、公爵様。特訓いたしましょう」




