05-初夜
少し早めに用意された夕食は、味付けが工夫されていてとても食べやすかった。
公爵様の気遣いに心がじんわりと温かくなる。
「この野菜は初めて食べます。ダグラーゼ領ではよく食べられているものですか?」
「……そうだ」
「……」
肝心のご本人は、終始この調子で会話が続かない。
ちらりと給仕をする侍女たちに視線を向ける。視線に気づいた侍女がにこりと微笑んだ。私も笑みを返す。好意を感じる。
公爵様が私を歓迎していないのに、使用人だけ歓迎していることは通常ありえない。
王太子妃として、人を見ることには慣れているはずなのに。
……公爵様の心がわからない。
※
夕食後、やはり盛り上がらない会話を終えて夕食室を出た。まるで一問一答をしているようで、何のために会話を続けているのかわからなくなった。
公爵夫人として用意された部屋に入り、扉が閉まると自然とため息がもれる。公爵邸に着いてからの妙な空気に緊張していたようだ。
控えていたアミュレがすぐに紅茶を淹れてくれた。ミルクをいつもより多めに入れた紅茶は優しい味がした。
落ち着いてから、夜の支度に入る。
身体を清めたあとは、侍女たちに念入りに肌を整えられ、香油を塗り込まれる。
いつもとは違う夜着に、今夜が初夜なのだと実感した。
夜着は、薄い布を幾重にも重ねた繊細な作りだ。光に透けて身体の線が浮かび上がる。
前世だってこんな扇情的な衣装を身に着けたことはない。
けれど、初対面同然で身体を合わせるのであれば、このくらいの刺激は必要なのかもしれない。
公爵夫人の部屋は、夫婦の寝室とつながっている。
夫人側の扉から寝室へ入り、ベッドへ腰掛けた。胸に手を当てると、鼓動が伝わってくる。
程なくして、公爵様側の扉が開いた。
バスローブのような簡単な作りの夜着を羽織っている。
公爵様はベッドに座る私に気づくと、たたらを踏んで閉じたばかりの扉に後頭部をぶつけた。
「公爵様?! 大丈夫ですか?」
慌てて公爵様に駆け寄ると、わかりやすく顔ごとそらされた。その様子を見て気づいてしまう。
歓迎、されていなかったんだ。
……見るのも嫌なほど。
今まで感じた気遣いは、婚約破棄されたあげく、下げ渡された私への同情だったのだろうか。
「……公爵様、どうか今夜だけでいいので情けをかけていただけないでしょうか?」
それでも私には、公爵様と正式な夫婦として認められる必要がある。
顔を背けたままの公爵様に近づき、その手を取った。そのまま自らの胸の上に導く。
「っ……! 貴方がそのようなことをする必要はない!!」
ビリッと音がするほどの勢いで手を外され強い口調で拒絶される。……ん? ビリッ?
下を見ると、繊細な作りの夜着が破れていた。白い胸元があらわになっている。自分で言うのもなんだけど、大きさ、形ともに申し分ない。
「なっ、違っ!」
公爵様は慌てたように手を振り回していたが、ふとその動きが止まった。
ぐるんと眼球が上を向き、まぶたが落ちきらないまま、後ろにゆっくりと倒れ込む。
ガンッ、と大きな音を立ててまた扉にぶつかった。
そのまま床に倒れ、動かない。
「え……、公爵様? ちょ、公爵様——!!
だ、誰か————!!」
屋敷に私の叫びが、響き渡った。
※
お抱えの医師が夫人側の扉を使用して寝室から出てきた。開け放したままの扉の奥には、公爵様が眠っているのが見える。
私は破れてしまった夜着から別の服に着替え、公爵夫人の部屋で待っていた。
部屋の中には、ラディウスや侍従、アミュレが待機している。
「……気絶、でしょうな」
「気絶……?」
公爵様の容態を尋ねると、医師から返ってきた言葉に理解が追いつかなかった。
「命に別条はありません。感情が昂りすぎると、たまにあります」
「た、たまに……?」
それは、大丈夫なのだろうか?
倒れる直前の行動は……、私に触れることすら嫌だったということ?
エスコートの時は大丈夫だった。手なら問題ないということ? それとも、自ら触れさせるような行動が悪かった?
相当深刻な顔をしていたのだろう、医師が気遣わしげに声をかけてきた。
「奥様、旦那様はあな」「待て」
医師の言葉を止めたのは、ラディウスだ。彼は首を左右に振る。医師はそれを見て口を噤んだ。
「旦那様が、ご自身でお話しします」
何か事情があるようだ。私はその言葉に頷いた。
それから四半刻ほどすると、寝室からうめき声のようなものが聞こえてきた。
ラディウスが様子を見に行く。
途端、取り乱したような公爵様の声が聞こえた。
「ラディウス、俺は死ぬ! 神罰が下るに決まってる!」
「旦那様、落ち着いてください」
「無理だ! 女神のご尊体に触れてしまった! やはり俺には過ぎた褒美だったのだ……」
女神? 何のことだろう?
心配になって、そっと扉から寝室を覗き込む。
公爵様がラディウスの肩を掴んでいた。すごい勢いで揺さぶられている。
「公爵様……」
声をかけると、ピタリと動きが止まった。ギギギと音がしそうなほど、ぎこちない動きでこちらに顔を向けてくる。
「い、今のを、聞いたのか……?」
「? はい……」
パタリ。
今夜、二度目の気絶をされた。
初日投稿分のお話まで読んでいただきありがとうございました。
明日からは1日1話18:10投稿予定です。
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