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殲滅公爵と恐れられた夫が、私の限界オタクだった件  作者: よし はるか


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57-レティシアの書類棚

「避難施設の一部が崩落……?」


 曇天の日、嬉しくない報告を受けた。

 商会や宿、民間でも堅牢な造りをしている建物は避難施設の認定を受けていることがある。

 先の避難訓練では、高級さを売りにした宿が領民の受け入れを拒否したり、民間施設には課題も多くあった。


「はい、その施設は前の商会が手放したあとにしばらく放置されていたようです」


 人の手が入らない家は朽ちるのが早いと聞くけど、石造りの建物まで同じなのだろうか。

 驚いたけど、詳しく聞けば崩落したのは木材を使った屋根だという。

 結局、その施設は認定が取り消されることになった。


「現在、確認を進めておりますが、避難施設として認定を受けた民間施設のうち二割ほどに問題が発生しているようです」


「そんなに……」


 思わず頭を抱えたくなる数字だ。

 しかし、ことが起きたあとに発覚しなくてよかったのだと思うことにしよう。

 領の外れに行くほど、避難施設の数が少なくなる。スタンピードは悪食化した魔物に追い立てられた他の魔物がダグラーゼに流れ込むと予想されている。

 人間が建物内に籠もっていることに気づかれる可能性もある。それでなくとも脅威から逃げている最中なのだ。建物に問題があれば、魔物が建物に突進してきたときに耐えられないかもしれない。

 建物もろとも領民が犠牲になるなど、許容できるものではない。


「レティシア様、認定を受けている商会から『有事の際に建物に受け入れをするのならば、維持に対する補助が欲しい』という要望が出ております」


「商会の言うことも一理ありますわね。民間施設への補償は、有事の際に使用料を払う制度だけだったかしら?」


「はい、使用期間、受け入れ規模により後日払われる仕組みになっております」


 補償の制度はあるが、それは有事の際のみ。平時から、いざというときに使用できるように管理し続けなければいけない。

 いつ起きるかわからない災害のために、必要な強度を維持するのは民間施設には負担だろう。実際、何十年もスタンピードは起きなかったのだ。


「商会の要望は受け入れる方向で検討したいですわね。予算をどこから出すのか話し合わないと」


「それでは、私の方からジークヴァルト様へお伺いを立てます」


「そう、よろしくお願いいたしますね」


「かしこまりました」


 担当者が一礼をして、部屋を出ていく。ジーク様が執務室にいれば話は早かったけれど、今は緊急討伐に出ている。

 鐘の音が鳴る回数はいつもと変わらない。

 このまま、備えだけは十分に整えておいて、何事もない日々が続いてほしい。

 窓の外を眺めた。

 少し暗い。雨が降ると、討伐の難易度が上がる。このまま天気が持ちこたえてくれるように祈った。



※



 民間施設に対する維持費の補助は、既存の防衛費とトリアージを導入したことによって浮いた薬代の予算を流用して賄われることが決まった。

 担当者たちは、私的流用されないよう点検の義務化など細部まで定め、該当の施設へ順次通達するそうだ。

 私はアミュレを伴って蔵書室に向かっていた。手には新しく書き上げた手順書。

 ダグラーゼに嫁いでからすでに一年が経とうとしている。ジーク様が祭壇にしていた棚は、私が新しく書き上げた書類で埋まり始めていた。


「あら、ジーク様」


 蔵書室にはジーク様とユーグの姿があった。ユーグは棚から資料を探しているようで、迷いのない動作で次々と資料を出していく。

 ジーク様は私の手順書を手に取っていた。じっくりと読み込んでいるようだ。


「レティ」


 私の声に気づいたジーク様が、弾んだ声で名前を呼んだ。


「私は新しい手順書をしまいにきましたの。ジーク様は?」


「俺は必要な資料を探しに。……この棚をレティの棚にしたんだな」


 初めて棚を見たときのことを思い出す。ジーク様が集めた私の提案書、姿絵。あのころは、ジーク様にとっての私は妻ではなく、信仰の対象だった。

 今はジーク様を見上げれば、蕩けるような笑みを浮かべてくれる。

 とても嬉しい。


「新しい祭壇……」


 ん? 不穏な単語が聞こえた。

 ジーク様をよく観察する。書類棚を見て、うっとりとしている。


「レティ、どうだろう。ここに姿絵を増やしては。花など飾ると華やかになっていいかもしれない」


「絶対、嫌です」


 一瞬、前世で田舎の祖父宅にあった仏壇が思い浮かんだ。万が一お供え物でもされてしまったら、完璧に再現してしまう。


「ジーク様、この棚は書類の保管に使っています。姿絵はホールに飾りましょう」


「そうか……」


 少ししょんぼりされてしまった。私はジーク様の腕をするりと撫でた。


「こちらは、そのうち私が書類で埋めてみせます。それで我慢なさって?」


 一生をかけて。そう告げると、ジーク様が破顔した。

 私はその顔を見て、改めて嫁いでよかったと実感するのだ。




 ——そして、いくつか季節が巡ったころ。不意にそれは訪れた。


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