55-仕事を禁止する罰
無事に隣接領地との話し合いを終え、協力体制を敷くことができた。
私の手を離れて、担当者たちで制度は回り始める。
「……眠い」
あと、身体がだるい。目の前では、ジーク様が妙に満足そうな顔で私の髪の毛を一房とって口づけている。
昨夜、というかもはや明け方まで眠ることができなかった。
たまにジーク様の箍が外れるのだ。お願いだから、体力の違いを考慮してほしい。
そう願うのだけど、直後は改善されても、また繰り返される。
「……レティが煽るのが悪い」
顔を赤くして、ふいと横を向かれながら告げられた言葉。あれか、私が懲りずに手を出すのが悪いのか。
ジーク様が喜んでくれたり、反応が可愛かったりするから調子に乗ってしまった。……え、自業自得?
「どうせなら、今日は休むといい。ラディウスからもレティが働きすぎると報告が上がっている」
「うっ」
私は言葉に詰まった。避難訓練のことを考えるとどうしても早く実現したくて、気づくとそのことを考えている。
ダグラーゼの民は優秀だ。
すでに避難訓練を行うために、既存施設の実地調査や地域ごとの当時の被害状況の把握などを進めてくれているらしい。
ダグラーゼ領内の避難訓練で行う炊き出しについても、必要な量をラディウスとマルゴが担当者たちとともに試算してくれた。
周りはもう、私が動きすぎないよう手を回している?
「まさか、昨夜はわざとですの……?」
「いや、それは違う」
違うのか。即座に否定されたけれど、それはそれで問題な気がする。
「今日中にまとめたい書類がありましたのに……」
「あれは今日でなくともいいだろう」
私の仕事を把握してくれている。確かに、今日でなくともいい。
ただ、やりたいことが多すぎて前倒しにしただけなのだ。
「それは、そうなのですけど」
「……そうか、わかった。やはり、レティには罰が必要だな」
「え?」
何が『やはり』なのだろうか? とてもいいことを思いついた、と言いたげな表情のジーク様を見つめた。
「前に言っていただろう? 罰を与えてもよい、と。貴方には『仕事を禁止する』罰を与えよう」
「え、前にって……治癒師の件ですか?!」
確かに、あれの責任者は私だったから責任をとると言った。
「そうだ。ついでに、趣味と称して仕事の資料を読むのも禁止だ」
「そんな!?」
そうしたら一体何をすればいいのかわからない。
「ジーク様は、今日はお仕事をされるのですよね?」
「ああ、貴方を休ませるのならば俺がやらないとな」
ジーク様を愛でることすらできないとは……!
「せ、せめて半日だけでも、お仕事……」
「それでは罰にならんだろう」
ジーク様に呆れたように返された。
「そろそろ『何もしない』、を覚えるといい。時には立ち止まることも大事だろう」
言いながら、ジーク様が私の額に口づけをおとす。
「まずは、ベッドの上で休んでくれ」
そのままベッドに優しく横たえられた。キスをされて、大事なものを扱うように頭を撫でられる。
それが心地よくて、されるがままになっているとまぶたが重くなってきた。
意識を手放す瞬間まで、ジーク様の手の温かさを感じた。
※
目を覚ますと、もう太陽が高く昇っていた。
朝よりもだるさが軽減している気がする。中途半端な時間まで寝てしまったけれど、眠気も去っている。
呼び鈴でアミュレを呼んで着替えた。私が仕事を禁止されてしまったことは、当然アミュレにも引き継がれていた。
「何をすればいいのかわかりませんわ……」
「重症ですね」
アミュレにバッサリと斬られてしまった。もう返す言葉もない。
「たまには庭園を散策されてはいかがですか? 春の花が見頃ですよ」
「そうするわ」
ツバの広い帽子を選んで、庭園へ向かった。
毎日窓越しに見ているはずなのに、咲いている花の記憶がなかった。
庭園には、色とりどりのクロッカスが咲き誇り、花壇を彩っている。
遠くにはスイセンが咲き始め、反対側にはミモザの鮮やかな黄色が見える。
深く息を吸った。春先とはいえ、まだ空気は冷たい。けれど、日差しは柔らかくほんのりと温かさを感じた。
空を見上げた。地上は心地よい風が吹いているけれど、はるか上空は風が強いようだ。雲の流れが早い。
「久しぶりに景色を見た気がするわ……」
「それだけ、お仕事に集中されていたのでは?」
もう少し前はまだ窓の外の小鳥を愛でる余裕くらいはあったはずなのに。
「ジーク様の言うとおり、私は休んだほうが良かったのね」
深く息を吐いた。何を追い立てられていたのだろう。もう誰も私に仕事を詰め込む人間などいないのに。
「レティシア様、東屋で休憩されませんか?」
アミュレにそう提案されて、東屋に向かう。なぜかすでにお茶の用意がされていた。
後ろを振り返る。……微笑むアミュレの姿。
椅子に座ると、計算された花壇の寄せ植えがよく見えた。
どこかの木の上でさえずる鳥の声。
まるでゆっくりと時間が流れているようだった。
アミュレの淹れてくれたお茶、ダグラーゼのスパイシーなクッキー、前にジーク様と訪れたホーンラビット印のお店の焼き菓子。
みんなの心遣いを感じて口元が緩む。私はいつもよりもじっくりそれらを味わった。
明日からは、心配されないように頑張ろう。そう思いながら。




