53-孤児院への慰問
隣接領地との話し合いは早いほうがいいと両領地が賛同してくれたことで、十日後に決定した。
私は資料を清書し、それぞれに配布できるようにした。
「奥様、孤児院への慰問の件ですが……」
執務室で仕事をしていると、ラディウスが慈善事業の書類を持ちながら話しかけてきた。
結婚式前も何度か慰問には行っている。子どもたちと遊んだり、絵本を読んだりした。毎回、ジーク様と行く計画を立てるのだけど、運悪く討伐が重なっていた。
ラディウスから書類を受け取り、その場で確認する。今回の計画は昼食時に一緒に食事をとることになっているらしい。
慰問に行く予定の孤児院では、子どもたちが自分で畑を管理している。将来、農民として働く際この経験が役に立つのだそうだ。
そして、この孤児院では領主が慰問に訪れる際、定期的に子どもたちが自分で作った野菜の料理を振る舞うことで自尊心を育てるのだという。
「子どもたちは、マナーがおぼつかない子たちも多いです。レティシア様は驚くかもしれません」
「構いません。それも含めて子どもたちの様子を確認したいです」
ユリウスの婚約者だったときも、孤児院の慰問などは行っていた。
手づかみでものを食べる子どもたちの姿を見たこともある。マナーは身につけるに越したことはないが、大事なのは子どもたちが飢えることなく明日を迎えられることなのだ。
「ええ、問題ないですね。これで準備してください」
「かしこまりました」
ラディウスが書類を受け取って一礼する。私はジーク様の机を見た。
今日は騎士団の仕事でジーク様はいない。
私はいつもなら隣で仕事をしているジーク様の姿を思い浮かべる。私が視線を向けると、必ず気づいて優しい笑顔を向けてくれるのだ。
「さて、仕事を片付けましょう」
言葉に出して気合を入れる。私はまた目の前の仕事に戻った。
※
「「「「「ジークヴァルト様、レティシア様、お越しくださりありがとうございます」」」」」
少し間延びしたような高い声。子どもたちが孤児院の前で横並びになって出迎えてくれた。
かわいらしい歓迎に、思わず口元が緩む。
隣に立つジーク様も同じように感じたのか、笑みが浮かんでいた。
今日は二人とも簡素な綿の服を着ている。普段の服は、子どもたちと交流するには動きづらいし、周りの大人も気が気ではないだろう。
早速子どもたちに手を引かれ、自慢の畑に案内された。
「これは、本格的ですわね……!」
家庭菜園ほどの規模を想定していたのに、現れたのはとても大きい畑だった。
小学校のプールの大きさの半分ほど、そんなイメージが浮かぶ。
冬を越えて、そろそろ収穫を待つ野菜が水を弾いてキラキラと輝いている。
子どもたちが「これはほうれん草でー」や「こっちはブロッコリー!」などと口々に説明してくれた。
「こっちはぼくが作ったんだよ!」
「お前は植えただけじゃん。先生に穴を掘るのすらやってもらったくせに!」
小さな男の子が胸を張って自慢する横で、大きい男の子が囃し立てる。
「まあ、貴方が植えたの? それでは、とても美味しく育ったでしょうね」
「うん!」
男の子の頭を撫でると、くすぐったそうに身をよじった。
横ではジーク様が木になったかのように男の子たちに登られていた。私が目を丸くすると、ジーク様は「いつものことだ」と苦笑した。
昼食の時間になると、子どもたちは大人たちに促され、泥を落としにいく。
私とジーク様も子どもたちに案内されて一緒に手を洗った。
孤児院の食堂では、長机の上に大鍋が並び、畑を管理する子どもたちは整然と列を作った。
彼らより幼い子どもたちは孤児院を管理する職員たちが配膳をし、補助をするそうだ。
「まあ、給食みたいですわね」
「きゅうしょく?」
私の言葉を拾ったジーク様が復唱する。
「あ、いえ、なんでもないです……」
うっかり前世の単語が出てしまった。この国には学校らしきものは平民向けの神殿教室があるくらいだし、それも昼食までには解散する。
平民の子供は立派な働き手であり、長時間の拘束は各家庭の負担になるからだ。
孤児院の子どもたちも例外ではなく、午前中は神殿教室へ行き、午後は畑の世話をしたり、適性のある子は職人のところへ手習いに行く。
「レティシア様、このトレーを持つんだよ、です」
十二歳くらいの女の子が配膳用のトレーを渡してくれた。一生懸命敬語を使おうとするのがかわいらしい。彼女は刺繍の才能があるようで、すでに奉公先が決まっているのだという。
彼女の作品を見せてもらったけど、とても見事な腕だ。
「日々の糧を得られることを神に感謝を」
みんなで食堂の椅子に座り、食事の前の祈りを捧げる。それが終われば、子どもたちはカトラリーを手に取って食事を始めた。
たまに手で食べ物を持ってしまう子もいるが、それもご愛嬌だ。
手を拭き、持ち方を直してあげると一生懸命フォークをうまく使えるよう頑張っていた。
ふとジーク様のほうを見ると、子どもたちの様子を眺めながら考え込んでいる。
どうしたのかと聞きたかったけれど、隣の子どもが野菜を床に落としてしまったと泣き始めたので、聞く機会を逃してしまった。
慰問が無事に終わり、帰りの馬車のなか。
ジーク様が食事の際に考えていたことを教えてくれた。
「レティ、ダグラーゼでは豊作の年は領民への還元として振る舞いを用意することがあるのだが、それを利用できないか?」
「振る舞いですか?」
「ああ、麦粥などを作って無償で振る舞うんだ。もちろん、全員に行き渡らせることはできないんだが……」
子どもたちが並ぶ姿を思い出す。
大鍋に作られたスープ。一人ずつ皿によそってもらい、席に着いていた。
「炊き出し……!」
そうだ、炊き出しだ。なぜ忘れていたんだろう? 前世でまだ小学生だったとき、親と一緒に防災訓練に参加した。
避難場所である公園で、地域の大人たちが作ったカレーを食べたのだ。
「ジーク様、それを領民たちに自分で作ってもらうのは可能ですか?」
「自分たちで?」
「事前に材料を避難施設に準備して、避難が完了したら、大人たちで料理をするのです」
「それは、おそらくできると思うが……」
ジーク様は不思議そうに首を傾げた。領主からの振る舞いは屋敷の料理人や使用人たちが準備する。領民たちに料理をしてもらう、という発想はない。
「実際、避難した場所で料理人が必ずいるとは限りません。スタンピードが発生した際、どのくらい籠城するのかもわかりません。領民たちが自分で食事を準備できるように試してみるのは大事なことだと思うのです」
「なるほど……。レティの考えはわかった。備蓄をどれほど出すのか、ラディウスやマルゴとも一度話したほうがいいな」
「そうですね。どの避難施設にどの程度、配置をするのかも考えませんと。……ふふ、楽しくなってきましたわ」
「……ほどほどにな」
ジーク様が明らかに呆れていたけれど、私はそれを黙殺して笑った。
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