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殲滅公爵と恐れられた夫が、私の限界オタクだった件  作者: よし はるか


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52-新たな課題

 結婚式翌日、フェリシア様が王都へ戻られる。もう少しゆっくりしていただきたかったけれど、彼女は王太子の婚約者としての職務もある。

 この辺境の地まで彼女が来てくれたこと自体が、友人としての最大限の好意なのだ。引き留めることはできない。

 玄関ホールでフェリシア様と最後の挨拶をする。


「昨日はとても素敵な式でした。アルベルト様にいいお土産話ができましたわ」


「それはとても嬉しいお言葉ですわ」


 腰の痛みを悟らせないように、姿勢を崩さず私は微笑んだ。

 私の顔を見てから、フェリシア様が一歩近づいて耳元でささやいた。


「レティシア様、少しお耳に入れておきたいことがあるのですが……」


「なんでしょうか?」


 何か重大な打ち明けごとでもあるのだろうか。少し身構えてフェリシア様の言葉を待つ。


「ユリウス様ですが、先日、男爵位を賜り、西端近くの領地へと旅立ちました」


「エマーレ嬢も……?」


「いえ、あの方は別の男爵家に後妻として嫁がれました」


「そうですか……。もうお会いすることはなくて済みそうですね」


 ほぅ……と息をつくと、フェリシア様が頷いた。この話題はそれだけで終わり、すぐに別の話題へ切り替えられた。


「あ、そうそう、ダグラーゼ公爵」


 フェリシア様が隣に立っていたジーク様に微笑む。少し、何かの圧を感じる。


「レティシア様を労って大事にしてくださいね」


「……心得ます」


 まさか。


「レティシア様、今日は少し歩く際の重心がぶれていましてよ。ご無理をなさるのは禁物ですわ」


 バレてる……!

 私の頬にさっと熱が走る様をフェリシア様が面白そうに眺めている。いたずらが成功したときのような笑顔を浮かべながら、フェリシア様は優雅にカーテシーをした。


「それでは、ダグラーゼ公爵夫妻。防衛の要として永く堅牢たることを願います」

 

「そのお言葉、しかと胸に刻みます」


「エルデンライヒの民として、全力を尽くします」


 ジーク様と私はそれぞれフェリシア様に言葉を返し、臣下の礼をとる。

 馬車止めに移動し、フェリシア様が乗った馬車が見えなくなるまで見送った。


「レティ、今日は」


「昼は私の家族と会食ですわね。午後は……花茶を飲んでのんびりしますわ」


 花茶はダグラーゼ特産の、祝いの日に飲まれるお茶だ。私の言葉にジーク様が優しく微笑む。


「……そうだな」


「資料を読むくらいはしますけど」


「……レティ」


 ジーク様が盛大にため息をついた。



※



 数日後、私の家族もそれぞれ領地や王都邸へ帰っていった。

 屋敷内の雰囲気も慶事の賑わいが落ち着き、いつもの静けさを取り戻していた。

 私は執務室で隣接領地との連携についての資料を作成していた。

 すでにイグリードとハルグラスの両領地には打診を済ませており、資料の草案もジーク様に確認してもらった。

 当初はスタンピード発生時にお互いに助け合えるようにする体制を想定していた。けれど、前回のスタンピードでイグリード領にも被害が及んだことを知って、まずは両領地が被災することを前提に、住民の避難を優先する仕組みへと内容を修正した。


「そういえば、ジーク様。避難する際の訓練などは行っていますか?」


「避難施設の周知などは行っているが……」


 ジーク様が仕事の手を止めて、私の疑問に答えた。

 避難施設には領主が定めた目印を掲げる制度があるそうだ。

 魔物の出現のしかたなどに異常が起こったときは、魔物の出現を知らせる鐘の音を、平時とは違う鳴らし方で鳴らす。その音が聞こえたら、ダグラーゼの民は目印を目指して避難するのだ。


「そうなのですね。民の動きを検証したことは?」


「動きの、検証?」


「はい、鐘が鳴ったときに本当に避難施設までたどり着けるのか、またその避難施設が機能しているのかを確かめるのです」


 私の言葉にジーク様が難しい顔をする。


「それはないな。彼らの時間を拘束するにはそれなりの名目が必要になる」


「では、一度検証を……」


「その補填はどこから出す?」


「補填、ですか?」


「民には仕事がある。それを領主として止めるのならば補わなければならない」


 ジーク様に言われて、内心驚いてしまった。

 前世では避難訓練などはやってしかるべきものだった。

 学校、職場、地域……年に何回も機会がある。名目なんてわざわざ立てなくても自分の命を守るために参加するのは当然のことだ。前世で勤めていた会社だって、ブラックだったのに法律で義務付けられているからときちんと実施していた。

 まあ、面倒だなとは思っていたけれど。仕事が滞るし。

 そういえば、訓練の時間分の給与が支払われることなど当然のように受け取っていた。


「そう、ですわね。失念しておりました」


 この世界は、前世とは違うのだ。

 私は久々にそのことを突きつけられた。


「少し、考えさせてください。避難の検証自体は意味のあるものだと思っております」


「わかった。俺も考えてみよう」


「ありがとうございます」


 私はやりかけだった仕事を再開した。手を動かしながら、避難訓練をどうやってダグラーゼに持ち込むか考える。

 しかし、すぐには良案は浮かんでこない。

 まだまだ私はダグラーゼのことを知るべきなのだ。

 私にできることは、調べて、検証して、実施する。そんな、基本的なことなのだから。


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