51-仕切り直し
招待客を全員見送り、人心地ついたあと、夜の支度に入った。
身体を清め、侍女たちに肌を整えられて、香油も塗り込まれた。
ダグラーゼに嫁いでからすでに半年以上。ここまで念入りにする必要があるのか。そんなことを聞いてみると、アミュレが笑顔でひと言。
「旦那様には必要なのでは?」
心当たりがあるので素直に黙った。
夜着も今日のために用意されたものがあると、アミュレが箱を持ってきた。
ふたを開けて、絶句する。
「前回より、薄いし短いのですけど……」
「仕立て屋が気を利かせたそうですよ」
半年経っているので、新鮮な気持ちになれるように。……と新しく仕立てられたそれは、また薄い布を幾重にも重ねた繊細な作りをしていた。ただし、大事なところは隠れているものの、前回よりも明らかに重ねた布地の枚数が少ない。足首まであった裾が太もものあたりまで短くなっている。
「こんな気の利かせ方はいらなかった……!」
頭を抱えたいのにアミュレから「着せられないので、腕を上げないでください」と止められてしまった。
「ア、アミュレ! 何か羽織るものを……」
「はい、こちらに」
大判のストールのようなものを渡されて、身体に巻き付けると肌を隠せた安心感にほぅと息をついた。
公爵夫人の部屋から、夫婦の寝室へ入るとまだジーク様はいなかった。
ベッドに腰掛けて、ジーク様を待つ。
昨日だって同じベッドでジーク様と寝たのに妙に落ち着かない。
きっとこの夜着のせいだ。……やっぱりいつもの夜着に着替えようかな。うん、そうしよう。
そう思い立ち上がるタイミングでジーク様側の扉が開いた。
「ひぇっ」
思わず変な声が出た。私がおかしな挙動をしているのに気づいてしまったのか、ジーク様が首を傾げている。
「レティ、どうした?」
ベッド脇に立ちすくんでいる私に、ジーク様が大股で近づいてくる。そして、近くに来たとき、ストールからはみ出した私の素足に視線が吸い込まれた。
ジーク様の頬にさっと朱が走る。
「こ、これは……着ていないのか?」
「着てます! ……ほら」
まさかの裸ストールと勘違いされた。どんな痴女だ。
しっかり巻き付けていたストールをゆっくりとはだけると、例の夜着。着ていないと勘違いされたくらいの丈ではやはり痴女に近いかもしれない。
「ぐっ……!」
ジーク様が何かダメージを受けたように片膝をついた。
「ジーク様、どうされた……」
「妻の姿が扇情的すぎる……!」
「え、え、やっぱり痴女っぽいですか?!」
「……痴女?」
きょとんとした顔で見上げられ、失言をしたことに気づいた。
「な、なんでもありません!」
慌てて横を向くと、ジーク様が立ち上がったのが視界の端に見えた。
「レティ……」
頬にジーク様の大きな手が添えられる。耳元で囁くように名前を呼ばれて、ぞくりと肌が粟立った。
「慣れなくて、すまない。……その姿をよく見せてくれないか?」
ジーク様の顔を見上げる。瞳の奥に、ゆらりと熱が揺れて見えた。
「はい……」
ストールを握る手を開く。肩から滑り落ちて、ぱさりと床に広がった。
ジーク様の視線が上から下までゆっくりと移っていくのがわかる。恥ずかしさにふるりと肩が揺れた。
「綺麗だ……」
一歩近づいたジーク様に両手で頬を包まれる。
上を向くと同時に唇が触れた。
「ん……」
ついばむだけのキスだけど、胸に温かいものが溢れてくる。
余韻でぼぉっとしていると、急にジーク様に横抱きにされた。
「きゃっ!」
「驚かせたか?」
「ええ、少し」
たいして距離が離れていないベッドに運ばれた。宝物のようにそっと横たえられる。
ジーク様のバスローブみたいな作りの夜着の隙間から、肌に走る古い傷跡が見えた。
ダグラーゼの地を守ってきた騎士の勲章。
それに触れたくて手を伸ばす。傷跡に指を滑らすと、ジーク様がピクリと揺れた。
「っ……あまり煽らないでくれ」
「え? あ、ごめんなさい……」
そういう意図ではなかったから、恥ずかしくなってすぐに手を引っ込める。
すると、クスクスと笑い声が降ってきた。
「不甲斐ない夫だが、貴方を大切にさせて欲しい」
上を向くと、優しい笑顔を浮かべた夫の顔。たまらなく愛おしくなって、私も笑顔を浮かべた。
「はい、私も大事にしますので、貴方の全てをください」
また唇が降りてくる。私はそれを受け入れながら、ジーク様の首に腕を回して抱きついた。
※
日が昇りきったころ、身体のだるさを感じながら目を覚ました。
またジーク様の抱き枕になっている。以前と違うのは、直接肌が触れ合っているところか。
背中にその気持ちよさを感じつつ、私は両手で顔を覆った。
「……やらかした」
昨夜は、宣言通りとても大切にされた。
ジーク様の優しさだとはわかっている。
けれど、あまりに慎重に、大切にされるのが逆に辛すぎた。一体何の耐久試験をさせられているのかと思ったくらいだ。
「ジーク様っ! もう、大丈夫ですから……っ」
「いや、もう少し念入りに準備したほうが」
「ひぇっ、もう十分ですから……!」
耐えきれずに、結局、口も手も出してしまった。
この国では、女性は閨のことは夫にすべてを任せるとしか教育されない。
それなのに、私がやったことといえば……。
「まずい。痴女すぎる……」
散々痴女にならないか気にしていたのに、痴女ムーブかましていたのは自分ではないか。
「ん……レティ?」
「ひゃい!」
動揺していたからか変な声が出た。ジーク様のくつくつと笑う振動が背中から伝わってくる。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
身じろぎするけど、ジーク様の腕の力が緩まることはない。
腕にそっと手を添えると、逆に力が強まった。
「レティ、昨夜は」
「わ、忘れてください!!」
体勢が体勢なので、ジーク様の口を塞ぐこともできない。私にできることといったら、ジーク様の言葉を遮ることと、昨日の記憶がジーク様の中から消えることを祈るくらいだ。
「それはできない」
祈りも虚しく、ジーク様から甘くも無慈悲な宣告を受けた。
「どんなレティも覚えておきたい」
「ひぃいんっ……」
そんなところでオタクを発揮しないでいただきたい。私はもう、掛け布団で顔を隠すくらいしかできなかった。
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