49-結婚式の日
結婚式前夜。
私はジーク様に抱き枕にされながら、焦っていた。
進展はない。
私はただひたすら抱き枕のまま。
準備期間が慌ただしかったとはいえ、さすがに王都への往復を含めて三か月近くをただ抱き枕にされ続けるとは思わなかった。
もぞりと動くと、ジーク様の腕に力が入る。私はその腕を優しくはずした。
「……レティ?」
私が起き上がると、ジーク様も上体を起こす。見つめるとふわりと優しく微笑まれた。
完全に安心しきっている。
私はジーク様の胸を押した。……倒れない。
「もう、……えいっ」
もう一度、力を強めて両手で押す。今度は素直に倒れてくれた。ジーク様の頭にクエスチョンマークが飛んでいるのが見えるようだ。
私はジーク様の腰骨の上あたりに馬乗りになる。夜着がまくれ上がって太ももまであらわになった。
「れ、れてぃ?!」
「ジーク様、明日はお覚悟を決めてくださいませ」
私は馬乗りのまま、ジーク様に告げた。
「か、覚悟……とは?」
ジーク様は顔を真っ赤にして、それでも私の言葉の意味に気づかない。さすが、前世でいう魔法使い候補。以前より鈍くなっている気がするのはなぜだろう。
「明日は、結婚式ですわね」
「そうだな……?」
「気づいていらっしゃいますか? 私がダグラーゼへ嫁いできた日、あの日の仕切り直しになるのですよ」
私の言葉に、何の話なのかやっと気づいたのだろう。あわあわと慌てだした。
身体の下で暴れられて、私はバランスを崩しジーク様の上に倒れ込んだ。
「あ、すまない!」
「驚きましたが、大丈夫です」
私はそのままぺたりとジーク様の上に身体を寄せた。ジーク様の心臓が早鐘を打っているのが伝わってきた。
「近隣貴族へのお披露目を経て、ようやく正式なダグラーゼ公爵夫人として認められます」
「あ、ああ……」
ジーク様の手が空中を彷徨っている。どこに触れたらよいのかわからないようだ。
「ジーク様は?」
「俺……?」
私は上体を起こす。ジーク様の顔を見ると、そろそろ限界に近い顔をしていた。
「貴方は私を妻として認めてくださいますか?」
「もちろんだ」
返事は即座に返ってきた。自然に口元は笑顔を作る。
「ならば、明日は楽しみにしていますね」
そう言って、軽く触れるだけのキスをする。久しぶりに硬直された。その隙に私はジーク様の上から降りる。
すぐに硬直がとけたジーク様の手が空を切る。私はその手を握って、隣に横たわった。
「おやすみなさい」
「え」
ジーク様のなんともいえない表情には気づかないふりをして、私は目を閉じた。
※
翌朝は雲一つない青空に恵まれた。
屋敷内はいつもよりも早い時間から人の足音が行き交っている。窓の外からも使用人たちの声が聞こえた。
起き上がると、隣でもぞりとジーク様が身体を動かすのが見えた。
「もう起きたのか……?」
寝起きの、少しかすれた声。
ジーク様も屋敷がいつもと違う様子を感じて、目を覚ましていたようだ。
「おはようございます。屋敷の皆はもう動き出しておりますね」
「おはよう。レティ、貴方が祝福される姿を見るのを楽しみにしている」
「ジーク様……それでは私が一人で結婚式に臨むみたいですわ。私たちが皆様に祝福してもらうのですから」
私が呆れた声で指摘すると、『そういえばそうだった』みたいな顔をされた。
「そうだな……。一番美しい貴方を隣で見られる栄誉を賜ったのだったな」
当事者意識がなさすぎる。新郎の席は鑑賞会の特等席ではないのだ。
「もう……」
思わず口を尖らせると、それすら蕩けるような目で見つめられて、私は嘆息した。
※
今朝は、昨日から屋敷に泊まっている私の家族やアルベルト殿下の名代の方と朝食をとることになっている。
ジーク様とともに食堂へ入ると、すでに皆が席についていた。
「皆様、おはようございま……フェリシア様?!」
私の父の隣にフェリシア様が座っていた。口に手を当て、楽しそうに目を細めている。
「うふふ、計画通りですわね」
「フェリシア様、モルゲンレート侯爵家の方々おはようございます」
隣でしれっとジーク様が挨拶をした。
「ジーク様、まさか……」
「な、内緒にしてほしいと頼まれたのだ」
そういえば近隣貴族の返信は私が直接取り扱っていたのに、アルベルト殿下の返信だけジーク様が受け取ってから渡された。
つまり、そういうことか。
「もう、フェリシア様。本当に驚きましたわ」
「私、レティシア様の花嫁姿がどうしても見たくて、アルベルト様にお願いいたしましたの。だって、レティシア様が昔、お仕事中にお話ししていたドレスが気になって気になって」
そういえば、ユリウス主催の夜会を準備している最中に、気を紛らわせたくてそんな話をした気がする。
ささいなことを覚えていてくれたんだな、と嬉しくなった。
「レティ、ジークヴァルト様、本日はおめでとうございます」
モルゲンレート侯爵家の代表として、父が挨拶する。母からは抱擁を受け、義兄には頭を撫でられた。……さすがにフェリシア様の前では恥ずかしいんだけど。
「ありがとうございます、お義父上」
「お父様、ありがとうございます」
ジーク様と私で挨拶を返して席に着く。
朝食が終われば、私はすぐに準備に入らなければならない。
少しの間、家族や友人との時間を楽しんだ。
※
ダグラーゼ領地邸に設置された教会への道は、両側に色とりどりの花が咲いた鉢植えが並んでいる。
庭師が今日のためにはりきったらしい。
教会の扉の前で、父の腕に手を置き、扉が開くのを待った。
嫁いだ初日、同じ場所で結婚証明書に記入した。司祭とラディウス、アミュレだけが見守るひっそりとした儀式だった。
今日は、大勢に見守られる。
お父様を見上げると、わずかに微笑んで頷かれた。
私も頷き返して、前を向く。
——さあ、扉が開いた。
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