48-結婚準備
王都で過ごす日は密度が濃くて、光のように流れた。
気づけば、もうすぐダグラーゼへ帰還する日が近づいていた。
「ジーク様、帰りの日程なのですが……」
王都邸の家令に手配した宿の一覧を渡された。私はそれをジーク様にも確認してもらう。当然のように寝室は一つ。
「ああ、問題ないな」
王都邸でも夫婦の寝室を使った。私はひたすら抱き枕にされただけだけど。
すっかり謎のスタイルとして定着してしまった。
私は、それはそれで心地よくて受け入れてしまっている。
「ダグラーゼへ戻ったあとは、近隣貴族へ結婚式出席の打診をして、ジーク様の衣装を先に最終調整して……まだまだやることが多いですわね」
忙しくても、これは楽しい忙しさだ。私は帰ってからのことを思うと思わず口が緩んだ。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
何事もなく戻ることができた。ダグラーゼ領邸の馬車止めに着く。今世では王都で過ごした時間のほうがはるかに長いのに、ダグラーゼに戻ってきたら帰ってきたのだと実感した。
隣に立つジーク様を見上げる。この人のいる場所が、私の生きる場所。
「レティ?」
私の視線に気づいたジーク様が呼びかけてくる。私は微笑みながら彼に告げた。
「帰ってきたのだと、実感いたしました」
「そうか」
ジーク様が嬉しそうに目を細めた。私もその表情を見て幸せな気持ちになる。早く、近隣領地にもこの人が私の夫なのだと知らしめたい。
※
帰ってからすぐに、近隣貴族への打診を行う。合間にダグラーゼ家お抱えの仕立て屋を呼んだ。
ジーク様の仮縫いは済んでいる。あとは最終的な調整だけだ。
ジーク様の婚礼衣装はとても良く似合っていた。ダグラーゼ家お抱えの仕立て屋は、私の要求に完璧に応えてみせた。
ジーク様の衣装は、白地に金の刺繍で緻密な文様が描かれている。
普段は暗色の服を着ていることが多いから新鮮だ。
今スマホがあれば、写真も動画も撮っておくのに。私に魔道具を開発する知識はないので、誰か開発してくれないか祈っておく。
私の婚礼衣装は、一月ほどあとにダグラーゼへ出張してくる仕立て屋が最終調整を行う予定だ。
それまでに他の準備を終わらせなければならない。
こういう忙しいときほど、私の腕の見せどころだ。
近隣貴族から、出席の旨がぽつぽつと戻ってくる。
ダグラーゼへ嫁いでから半年ほどかけて、少しずつ準備は進めていたものの、招待客が決まってから取り掛かる準備もあるのでどうしても慌ただしくなる。
領地の仕事もある。手を抜くのは私の矜持が許さない。
「レティ、少しは休んだらどうだ?」
「あ、ごめんなさい。つい、楽しくなってきてしまって……」
「これがお義父上やフレッド殿が言っていた異様な笑顔の状態か……」
ジーク様が呆れている。私は書類をテーブルの上に置いた。どうしてもハイの状態になると、途中で手を止めることができない。
「悪い癖なのはわかっているのですが……」
私はうつむいた。わかっていても改善は難しい。
「それを止めるのが、周りの役割ということか」
ため息をつかれながら、私の頬に触れてくる。私はその手に自分の手を重ねた。
「善処はします……たぶん」
「今度から働きすぎと判断したら、罰として仕事を禁止するか……」
ジーク様が謎の罰を提案し始めた。それが私以外に適用される人間が存在しないと気づき、さすがに反省した。
それから準備も順調に進み、婚礼はあと一週間後に迫った。
今日は私の衣装の最終調整の日だ。
王都より出張してきた仕立て屋が私の周りに立ち、細かな調整をしている。
ドレスの形はこの世界では珍しいマーメイドタイプにした。白地に繊細な花の刺繍を施している。ヴェールのようなものは被る習慣がない。その時期に最も美しく咲く花を髪に飾るのがエルデンライヒ王国の花嫁飾りだ。
「美しい……」
ジーク様が私の姿に釘付けになっている。
本番当日に動かなくなってしまっては困るので、私が婚礼衣装を身につけた姿はジーク様に先に慣れていただくべきだと思い、調整の場に招待した。
「レティ、お抱えの画家を呼びたい。この姿はホールに飾るべきだ……」
恍惚と言われた言葉に私は頷いた。
「それはいい考えですわ。夫婦で婚礼衣装を身につけた絵を描いていただきましょう」
「え?」
ジーク様がなぜか疑問符を浮かべているような表情をしている。
「レティの姿だけでは、駄目なのか? あ、いや、俺など端に小さくで十分だと思うが……」
心底不思議そうに言わないでほしい。さらに付け加える提案がどう考えても集合写真の欠席者すぎる。
「それは許可しかねます。また祭壇でも作るおつもりですか?」
「いや、そ、そういうわけでは……」
ジーク様はわかりやすく目を逸らした。私はそれを見ながら、釘を刺す。こういうとき、そういえばこの人、私のオタクだった、と思い出す。
「描いてもらうのなら二人の姿絵ですわね。ホールに飾るのは、家族の絵が一般的でしょう?」
今だって、サイズの小さい家族絵が申し訳程度に飾られている。原因は私の大きな姿絵を飾っていたせいだ。その場所はいまだにぽっかり空いたまま。
「家族の絵、か……」
ジーク様が小さく呟いた。視線が床に落ちる。屋敷に飾ってあるジーク様の姿絵は、ずいぶんと若いときのものだ。
ご両親を亡くされてからは、自分の姿絵を増やす発想も余裕もなかったのだろう、と思った。
ここ数年で増えた姿絵は買い付けた私の姿絵だけらしい。それは増やさなくても、と思うけど、まあオタ活だしな。
「ジーク様と一緒に描かれた絵を飾るのが、今から楽しみですわ」
「そうだな」
ジーク様は私の目を見て頷いた。その姿を見て、私は幸せな気持ちになって微笑んだ。
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