41 -真新しい机
「どういうことだ」
外でジーク様の声が聞こえた。いつもよりもだいぶ低い、怒りを抑えた声。
私は馬車の扉を開けた。
「レティ、出てくる必要はない」
「いえ、少し確認したいことが……。騎士の方、命令書を確認させていただけるかしら?」
ジーク様が私の言葉を聞いて、手を差し出してくれた。そのまま馬車を降り、ジーク様のエスコートで命令書を持つ騎士の前に立つ。
「いや、しかし……」
「命令書を容疑者が確認すること自体は、王国法で違法にはなりませんわ」
私がそう言うと、なぜか騎士は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、命令書を渡してくれる。
「これは、また……」
また旧姓になっていた。
容疑は『ユリウス殿下への業務妨害』。一体どのような思考回路をしたら国家反逆罪などにたどり着いたのかさっぱり理解ができない。
王太子印だけが本物、というお粗末なものだ。
そして、その本物だけが一番厄介。
「これ、よく従う気になれましたわね」
「従わなければ、騎士の位を剥奪すると……」
脅しか。どうやら私の元婚約者は越えてはいけない一線をすでに越えてしまっていたようだ。
「この命令書に従ったという記録は、きちんと公式に残されるのかしら?」
「残します。我々が、一言一句残さず、すべてを」
騎士が重々しく頷いた。
「……いいでしょう。ジーク様、少し寄り道して参ります」
「レティ?!」
ジーク様が慌てている。私も別に行きたくはない。
「もう、めんどうくさいのです」
そう、もうめんどくさい。捨てたものなどさっさと忘れて精進してくれればいいのに。いつまで擦る気なのだ、あのバカは。
「ジーク様、あとはすべて、おまかせいたします」
ジーク様をじっと見つめる。ジーク様は眉をひそめたり、視線を逸らしたり表情が忙しかったけど、最後に目をギュッと瞑った。
「行かせたくないと、言ったら?」
「いつまでも、アレがつきまといます。放置するのは良策ではありません。
……大丈夫です、まだ容疑の段階です。貴族には専用の整えられた部屋があります」
「……わかった。すぐに、迎えに行く」
「お待ちしております」
私は微笑んだ。そして、ジーク様に背を向ける。
「それでは、お連れいたします」
国家反逆罪などという重罪の容疑者ではありえないほど、騎士たちは私を丁寧に扱ってくれた。
私は王都騎士団の馬車で移送される。楽しい気持ちで王都へ来たのに、余計な水を差されてしまった。
とっとと片付けて楽しいことに集中しよう。
※
騎士団の馬車止めに着くと、目隠しをされた。建物の構造を覚えさせないための措置だそうだ。
騎士の先導に従い、ゆっくりと歩く。何度か角を曲がり、ようやく目的地に着いたらしい。騎士たちが止まり、私の目隠しが外された。
まるで普通の貴賓室のようだった。
違うのは、窓に鉄格子がはまっていることと、扉にも外からかかる鍵がつけられていることだろうか。
高位貴族の容疑者を入れておくには少し豪華すぎる気もした。
「ようやく戻ってきたな」
扉の方から、聞きたくない声が聞こえた。
「ユリウス殿下……」
「俺の召喚状を無視しながら王都に帰ってくるとは、貴様はいつから王族より偉くなったのだ?」
「正式な召喚状でない以上、従う謂れはございません」
私がそう言うと、睨みつけられた。しかし、すぐに嫌な感じの笑顔を浮かべる。
「まあ、いい。貴様はここで一生罪を償うことになるのだ」
はて? 容疑者のはずがユリウスの中ではすでに有罪になっている。
「それはどういうことでしょうか?」
「ここは、俺の執務室に一番近い王族用の幽閉室だ。ここで今までどおり、俺の仕事を手伝わせてやろう」
私は改めて周りを見た。少し古めかしいが一級の調度品。その中に、真新しい机が置いてあった。
——本気なんだ。
背中をヒュッと冷たいものが走る。初めて、恐怖を覚えた。常識を少し外れているだけだと思っていた。
そうではなかったのだ。すでに、常軌を逸している。
「レティシア、俺に未練があるからと貴様が招いた結果だ。罪を償いながら反省するんだな!」
ユリウスは高笑いをしながら去っていった。閉じた扉の向こうから、ガシャンと無慈悲な音が響く。
もう室内には、誰もいない。
私は膝から崩れ落ちた。
どうしよう。権力を持った常識の通じない相手など、どうやって対処したらいい?
私に未練などない。どうしたらあそこまで思い込めたのか。……まともではないからだ。
相手は王太子だ。
慎重に動かなければ、足元をすくわれる。
……ジーク様。
迎えに行く、と言った力強い声。真っすぐ私を見ていた瞳。
自然と手は祈りの形を作る。
私の愛しい人が、早く助けに来るように。
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