38-旅立ち
夕食後のジーク様との時間。
この時間を迎えるための準備を、少し変えた。
ジーク様が訪れる前に、身を清めるようにした。服も夜着ではないけれど、簡単な作りの服を着ている。髪の毛は、まだ下ろさない。
——それから、私が淹れるための紅茶。
二人で就寝までの時間を過ごす。
毎日話す内容は、本当にささいなこと。窓から見えた鳥がかわいかったとか、今日の料理が美味しかったとか。
たまに仕事の話もするし、ジーク様が騎士舎での話をしてくれることもある。
ただし、ジーク様の膝の上に私が座りながらだけど。
好きなように触れていい、と言ったらそのままギュッと抱きしめられた。
問題はないので、私もジーク様に体重を預けながら大人しく抱かれていた。
そのうち慣れてきたのか、手や髪の先に触れられる。
頬に触れられて、ジーク様の顔を見る。ジーク様の目に熱が揺れる。
目を閉じると、優しいキスが降ってきた。もう、硬直しない。
「……ジーク様」
「ん?」
私が名前を呼ぶと、蕩けそうな笑顔を浮かべた。私もそれを見ると幸せな気持ちになる。
「キス、できるようになりましたね」
「……そうだな」
ジーク様の頬が色づく。もう一度、と催促されるように指が頬を撫でる。
それに応えてから、私は一度身体を離した。
「これで、結婚式が執り行えますわね」
「ん? 結婚式?」
突然飛び出した単語が理解できなかったらしい。ジーク様の頭の上にクエスチョンマークが乱舞しているのが見えるようだ。
「結婚式のキスですわ。つい先日、衣装の仮縫いができたと報告がありましたの」
結婚式では、レリウム神の前で誓いのキスをする。
今までのジーク様だと、その場で倒れるか硬直するか……。
とんでもない大惨事だ。阿鼻叫喚の地獄絵図が思い浮かんだ。
「私、貴方が婚礼衣装を身に着けてエスコートをしてくださるのを楽しみにしておりますの」
そう微笑むと、ジーク様は目を細めて嬉しそうに頷いた。
※
貴族の結婚式は、半年以上かけて入念に準備を行うものだ。
ダグラーゼ領においては、近隣の貴族に新たな領主夫妻、そして領主代行としての妻をお披露目する場でもある。
本来ならば、婚礼衣装の仮縫いができるような時期には、すでに招待客への打診が終わっているころなのだ。
今までジーク様がアレだったので、日程の予定すら立てられなかった。
「ジーク様、一度王都へ行こうと思いますの」
私はジーク様に相談をした。一度王都に行くと半月以上、領を離れることになる。
領主代行として、日程を調整しなければならない。
両親に結婚式の日程を相談したいし、王都にある私の婚礼衣装を担当した仕立て屋にも行きたい。
「先日、定期遠征も無事に終わったからいい頃合いだろう。俺もご両親には一度挨拶をしたい」
「え、ジーク様も一緒に来てくださるんですか?」
その後、ハンスから今回の遠征では異常は見当たらなかったと報告があったらしい。
一人で王都に行くことを想定していたけど、まさかジーク様も一緒に来てくれるなんて思わなかった。嬉しい誤算だ。
「では、ラディウスたちに負担をかけ過ぎないよう、しっかり仕事を終わらせなければですね」
「ああ、そうだな」
握り拳を作って気合いを入れると、ジーク様が苦笑した。
「そうですわ! 時間があれば、フェリシア様にお会いしたいのですが」
「アルベルト殿下の婚約者の?」
「はい。こちらへ嫁ぐ前は予定が合わず、ご挨拶も手紙で済ませてしまいましたし……」
フェリシア様はアルベルト殿下と共に問題に対処した戦友のような存在でもある。さらに、将来義姉になる予定だったからか、親しくしていただいた。
最後の手紙でも、王都に来ることがあればぜひ会いたいと書かれていた。
「レティの好きなようにするといい。必要があれば伝書鳩も使って構わない」
「ありがとうございます」
王都に行く日程が決まった時点でありがたく伝書鳩を使わせてもらった。
数日後に伝書鳩で返事がきた。予定を空けて待っているとフェリシア様らしい丁寧でどこか優しさが滲む筆致で書かれていた。
会えるのを楽しみにしている、と締めくくられていて私も嬉しくなる。
両親の方もつつがなく予定が決まった。仕立て屋にも連絡してくれるそうだ。
私は安心して、領内の仕事を片付けた。
そして、準備を終え、王都へ出発する日を迎えた。私とジーク様は使用人たちに見送られ、馬車に乗り込んだ。




