36-古参の騎士
ラディウスとマルゴを伴い、騎士舎へ訪れると、ジーク様が迎えに来ていた。
ここからはマルゴだけが私に付き添う。
「ジーク様、ありがとうございます」
迎えに来てくれたことに対してお礼を言うと、ジーク様が優しく微笑んでくれた。
「夕食までレティに会えぬと思っていた。こうして会えるのは嬉しいものだな」
そう言いながら、私が持っていた書類を受け取った。そして、腕を差し出されたので手を絡めた。
ジーク様にエスコートされて、軍議室に向かう。先触れにゲオルグや古参の騎士を呼ぶようお願いした。
軍議室にはゲオルグともう一人。顔を見たことがない壮年の騎士だ。
「ヴァルター・バルツであります! お会いできて光栄です!」
「レティシア・セルシア・ダグラーゼでございます。本日は経験豊富な騎士の方にご意見を伺いたくお呼び立ていたしました」
私はさっそくジーク様が持ってくれていた書類を受け取って、机の上に広げた。
スタンピード発生前と発生後の分布図、増殖期や異常個体の発生位置、読めなかった覚書。
「こちらをご覧ください。スタンピード発生前の魔物の動きです」
「む、この間のまとめの続きですかな?」
まずゲオルグが地図を覗き込んだ。隣でヴァルターが目を見開いている。
「ちょ、ゲオルグどういうことじゃ!?」
バンバンとヴァルターがゲオルグの背中を叩き出した。
いきなりの蛮行に私は思わず一歩後ろへ下がる。
「うるさい、黙れ」
ゲオルグは背中を叩くヴァルターの腕を避けると、あっという間に彼の後ろに回り込んで拳骨を落とした。グエッとヴァルターの野太い声が響いた。……早すぎて、瞬間移動したように見えた。
「おっ前、こんなもの、いつの間に騎士たちに作らせたんじゃ!? おうおう、この地図は見やすいのう。儂としては、この場所にもオーガは発生しやすいが、うん、だいたい合っとる!」
あれだけ痛そうな音と声が響いたのに、ヴァルターは物ともせず、矢継ぎ早に感想を語り出した。
待って、修正すべき情報喋ってなかった?
「だから、うるさい! ……これは奥様が作られたものだ」
「いっでぇ! ……は、奥様?」
あんなに騒がしかったヴァルターが静かになった。私の方を見て、ゲオルグを見た。
「こんな深窓の姫みたいな夫人が、どうやって?」
「騎士の覚書をまとめられたそうだ」
「はぁあ?!」
あんなに口を開けて、顎が外れないのかと的外れなことを考える。
「騎士の覚書って、あの書いたはいいものの棚に突っ込むだけになってたあれを? この扇子より重いもの持ったことなさそうな奥様が?」
「扇子とペンの重さは大して変わらないと思いますわ」
「そこではない」
ジーク様にツッコミを入れられてしまった。
「……それより、ヴァルター殿は先ほどオーガの発生場所に言及していらしたけれど、もう一度教えていただけるかしら?」
「お、おう。いや、はい」
ヴァルターはゲオルグと話していたときと違い、なにやらモゴモゴと話しづらそうにしている。貴族への礼節は得意ではないようだ。
「……この場での不敬は問いませんので、どうぞ話しやすい話し方で」
「い、いや……」
「私は、ギウェン卿とヴァルター殿を専門家としてお呼びいたしました。そのような方に礼節を欠いたからと、罪に問うようなことはいたしません。ヴァルター殿が礼節に悩む時間が無駄です。どうか普段と同じようにお話しください」
私の言葉にヴァルターは目を丸くしている。そして、ゲオルグの方を見た。ゲオルグはヴァルターの視線に頷く。
「そういうお方だ」
どういうお方? 私はジーク様を見るけど、こちらは苦笑していた。
「……じゃあ、まずは地図に関して儂の意見を言わせてもらおうかの」
ヴァルターの言葉を聞いて、意識が切り替わる。ゲオルグもヴァルターの指摘に頷きつつ細かい補足をしていた。
「あとは、この覚書なのですがどうしても判読できなかったものです」
そう言って私は数枚の覚書を広げた。どれも荒れた字でほとんど読めない。
「これは、確かに……」
ジーク様も読めないようで眉をひそめている。
「お、これは……儂の書いたもんじゃな」
本人いた。よかった、字が汚くて読めないとか言わなくて。
「えー、……読み辛いのぅ」
「お前が言うのか……」
ゲオルグが呆れている。二人は仲が良いのか、ゲオルグの雰囲気がいつもよりくだけている。珍しいものを見た気持ちになった。
ヴァルターが自分の覚書を解読している間、残りの覚書をジーク様とゲオルグにも見てもらった。二人にもかなり読みづらかったようだけど、新しい情報を得ることができた。
「こちらにはワーム級であると思われる魔石を発見したと書かれておりますな。……そういえば一度そのような話を聞いたことがあります」
「ワーム? 初めて聞きますわ」
前世ではよく聞いた。ワームウイルスめ。けれど、おそらくそれとは違うものだろう。
以前確認した資料にも、その名前はなかったはずだ。
「俺も父が若い頃に一度討伐したと聞いたきりだな。巨大なミミズのような形で、土の中に生息しているらしい」
それは怖い。目の前に現れたら、恥も外聞もなく叫ぶ自信がある。
「レティ、安心してくれ。奴らはほとんど土の中からは出てこない。増殖期があっても、ほとんど増えないと聞く」
ワームは土の中で生き、そのまま死ぬらしい。その死体と魔石はゆっくり地に還り、魔の森を富ませるという。
いくら見た目が受け入れられなくても、立派な自然循環の一つのようだ。
「ん〜、……『ゴブリンの異常個体が共食いをしていた。強化を確認。通常個体は逃げた』じゃろうな」
「ああ、『悪食』か」
ヴァルターがゾッとするような内容の覚書を解読したけど、騎士団では既出の情報のようだ。『悪食』は初めて聞いた。
「ジーク様、『悪食』とは、どういう意味ですの?」
「魔物が魔力の過剰摂取をすることだ。魔物は許容量以上の魔力を摂取すると、強化するが敵味方なく食べ漁るようになる」
強くなったうえに、周りを襲うようになるということか。なんて、恐ろしい。
「本来ならば許容量以上の魔力を摂取しようとはせぬもんなんじゃがのぅ。とんでもない食いしん坊がたまにおるんじゃ」
ヴァルターがやけにかわいい言い方に変換してしまった。緊張感はほぐれるけど、内容はかわいくない。
「ちなみに、オーガの異常個体はワームを食らうと発生するんじゃ」
その言葉に、背中に嫌な汗が流れた気がした。
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