34-硬直条件と物量作戦
ちゅ、ちゅと音を立てて少しずつ唇を合わせる角度が変えられていく。
私は途中から目を閉じて、受け入れることに必死になっていた。
力が抜けてしまいそうになるのを、ジーク様の服に掴まって必死に耐える。
——誰だ、これは。
さっきまで私が触れたら硬直していたのではなかったのか。
私に翻弄されていたかわいい夫はどこいった。
「レティ……」
切なげに呼ばれて、背中が粟立つ。
「じ、じーくさま……」
きっと私はとんでもなくはしたない顔をしているんだろうな、とわかる。
「あの、これ以上は、移動しませんか?」
二人の初めてがソファだと、私が見るたびに悶絶しそうだし。
そう提案すると、ジーク様が固まった。
「え?」
私が見つめていると、どんどん顔が真っ赤になっていく。
「お、俺は……」
ジーク様が私と視線を合わせた。そして、だんだんと視線を下ろしていく。ジーク様の膝の上に座っている私がいる。
もぞりと足が動いた。
「きゃ」
バランスを崩して、ジーク様の胸に倒れ込んだ。
そうしたら、ビキッと過去一番、硬直された。……え、なぜ。
※
あの後、しばらく硬直したままだった。私が退けば正常に戻るかと思って、膝から降りてみた。しかし、目を開いたまま動かないので、そのまま気絶しているのかと思ったくらいだ。
やっと硬直が解けたジーク様は、
「す、すまな……いや謝ることではないな」
と謝ろうとして、途中で止めた。それで何に対する謝罪をしようとしたのか悟る。
「そうですわね。そこは謝ることではありませんわ」
そう返すと、ジーク様はよかったと言うようにふにゃりと笑う。かわいい。
「問題は、その後のことなのですが……」
「……面目ない」
おっと、新しい謝罪パターンきた。
「今後の参考に聞きたいのですが、……その、私の誘い方が」
「ち、違う!!」
全部言う前に否定された。よかった。この世界では、令嬢は『夫に任せ、身を委ねなさい』くらいしか教育されない。基本、妻側からアクションを起こすことは想定されない。男性側の教育はどうなのか知らないけど、妻から何か言うのはふしだらな証左であるとか言われていたら嫌だな。
「レ、レティが誘ってきたときの表情が愛らしすぎて……」
まったく別問題だった。本人は恥じらう乙女のように両手で顔を覆っている。
え、これどうしたらいいの?
「ジーク様、ちなみに今までご経験とか……」
「ない」
やけにきっぱり言われた。このままあと四年経てば、魔法使いになるのだろうか?
「騎士たちに、その、そういうところに誘われたりとか」
「仕事が忙しくて断っていたな。そもそも、女神崇拝を始めてからは興味も失っていた」
……思ったより重症だった。むしろ、よくキスしてもらえるまで、回復できたな私。
「婚約者……はいなかったですものね」
「俺がその気にならなかったのもあるが、もともと領地事情として貴族は晩婚の地ではあるな」
「貴族『は』?」
「平民たちは、いつ死ぬかわからぬから、さっさと結婚するそうだ。貴族は……逆にいつ死ぬかもわからぬ地に娘を嫁がせたい親はいないだろう。俺もモルゲンレート侯爵から理由をつけて断られるだろうと思っていたのだが」
公衆の面前での婚約破棄、王太子の命令での結婚。侯爵から公爵への断りづらさ。
まあ、様々な事情もあるけれど、両親はジーク様が私の限界オタクだったことを知っていたんだと思う。そう考えれば、ジーク様から手紙が来たときの、あのなんとも言えない表情に理由がつく。そして、ジーク様がやたら急いでいた理由も。
「辺境の地だから、たとえダグラーゼに馴染めず離縁となっても、レティを非難するものは少ないからだろうと解釈した」
違う方向に解釈されていた。
「それは、違うと思いますけど……。まあ、私としては色々な意味で救われました」
「色々?」
「まずは、あの場で婚姻を否定されなかったこと。二重の醜聞を防げました。次に、準備期間が最低限だったことで、王妃陛下がエマーレ様を『処理』する時間を与えなかったこと。時間が空けば、全てなかったことにされる可能性もありましたし……。あとは、こんなにも愛しい夫に出会えたこと、ですわね」
最後の言葉に、ジーク様は話している間に戻っていた顔色が真っ赤に染まった。
硬直は、しない。これくらいなら大丈夫なのか。条件判定が難しい。
「貴方の助けになれたのならば、それでいい」
ああ、そう言ってくれるのか。本当に、奇跡のような結婚だ。
私はたまらずジーク様に抱きついた。
慌てているけれど、動きはおかしくない。最初は気絶していたのに。
「ジーク様、慣れましょう」
「な、何に」
「妻の、レティシアにですわ」
抱きついたまま、ジーク様の顔を覗き込む。
「ジーク様は、まだ私に触れるのに慣れていないだけ。ならば、物量作戦で参りましょう」
「物量……」
なぜか呆れの感情が見える。仕事のような物言いになったから?
「ええ、たくさん触れてくださいね?」
そう言って、ジーク様の手を私の頬に添わせた。
さっそく硬直している。気にしない。慣れれば動く。
ふふ、と私が笑うのと、ジーク様の硬直が解けたのは同時だった。
こうして、また夫婦の距離が縮まったのに。
ある日、王都から爆弾が届いた。
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