30-バックハグ
私は蔵書室の元祭壇に、中間報告書をしまった。
棚の一段目には、私が作った手順書や過去五年の帳簿から算出した傾向や推移をまとめた資料などが収められている。
私はまた騎士たちの覚書を取り、机に向かう。
過去に遡るほど、だんだんと覚書の枚数が少なくなっていく。
最初の十年よりは早くまとめ終わりそうだ。
魔物の出現傾向は十年以上前と比べても、あまり変わることがない。増殖期は魔物ごとに周期が異なるようで、早いと三年ほどで増殖期を迎えるが、遅いと十年以上かかるものもあった。
その速度の差は、魔物自体の強さや大きさによるようだ。小さくて弱いものほど早い。
私はペンを置いて、伸びをした。
その様子を見たアミュレが紅茶を用意する。添えられたお菓子を口にした。疲れた脳に沁みる。
「レティシア様、最近はきちんと休憩を取られるようになりましたね」
「……仕事は楽しいけど、もっと楽しいことも増えましたもの」
疲れた状態でジーク様に会うと、とても心配される。最近の私の癒しはジーク様なのに、疲れていると早く休めと言われてお預けを食らってしまうのだ。
これでは本末転倒だ。
自然に仕事をセーブすることを覚えた。
ああ、早くジーク様との時間にならないかな。楽しみだ。
※
最近、ジーク様に新反応が増えた。
「ジーク様、抱き合ってみましょう」
「う、うむ」
抱擁を提案しても気絶しなかったので、ソファに座って抱き合ってみた。
お姫様抱っこの荒療治が効いたのかもしれない。
二人でソファに並んで座り、上半身だけ向き合う。お互いの太ももが触れた。
ジーク様の背中に手を回すと、ジーク様も私の背に手を回してくれる。
上を見上げると、だいぶ限界が近そうな顔だったけれど、意識を保っていた。
そこで、私は回した手の力を強めてみたり、頭を猫のように肩口にグリグリと押し付けてみる。
……反応がない。気絶したか。
そう思って、上を見上げると目が合った。……気がした。
硬直している。
離れようとすると、ジーク様の腕がそれを拒むように力が強くなった。私はそれに驚いて一度動きを止める。上を見ると、眉尻が下がった顔。
もう一度、擦り寄ってみると今度は腕の力が弱くなる代わりに、硬直した。
面白かったので、何度も繰り返す。もう少し負荷を上げてもいい気がする。
「ジーク様、体勢を変えますね」
そう言うと、ジーク様の腕の力が弱まった。離れると、正気を取り戻すらしい。
「ジーク様、ソファに深く腰掛けていただけますか? はい、では足を広げてくださいませ」
「? こうか?」
ジーク様が私の指示に従って、足を広げてくれた。私はその足の間に座る。
「レティ?!」
「これは『バックハグ』という抱擁の一種です。私の腹部に手を回して、こう、ギュッとお願いいたします」
後ろを振り返りながら見上げた。硬直していない。あわあわとしているのがかわいい。
「ふふ、失礼いたします」
ジーク様の両手をとって、私の前でクロスさせる。そのまま腹部に触れるように導き、逃げないよう、その手の上に自分の手を重ねた。
背中を厚い胸板に預けるようにすると、硬直したのが伝わってきた。
私はそのままジーク様の手の甲の血管を押して遊びながら、夫の腕の中を堪能した。
「残念ですわね。ジーク様、時間が来てしまいましたわ」
手をぽんぽんと軽く叩く。
私がジーク様の手を離すと、ゆっくりと手が下ろされた。
少し残念に思いながら、ソファから立つ。
振り返ると、硬直していたジーク様は、はっとまるで夢から冷めたような顔をしていた。まさか記憶がないのだろうか。
「……ジーク様、今日の特訓は覚えていますか?」
「特訓……、っ!!」
顔が染まった。よかった、記憶はあるようだ。
「ふふ、今日は気絶しませんでしたね」
「あ、う」
「ジーク様が抱きしめ返してくださったとき、とても幸せでした」
「ま」
「ずっとそのままでいたいと思ってしまいましたわ」
私が話しかけるけど、ジーク様の返事はうめき声みたいになった。
からかいすぎてしまっただろうか。本心ではあるのだけれど。ジーク様が両手で顔を覆っている。
「あ……もしかして嫌でした?」
「嫌なわけあるか! ただ、レティが、柔らかかった……」
顔を隠していた手を外したと思ったら、勢いよくそんなことを言われた。
私は嬉しくて、また口元が緩む。
「それは、ようございました。これからも、たくさんギュッってしましょうね」
私の言葉に、ジーク様はまた顔を隠してしまう。けれど、そのままコクリと頷いた。
私はとても幸せな気持ちになった。
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