29-足が痛いから歩けない作戦
「レティ、薬を持ってきた……レティ?」
部屋に入ってきたジーク様に名前を呼ばれる。
私は慌てて佇まいを直した。髪の毛、乱れてないかな。
ジーク様は私の様子に気づかないようで、手際よく私の足元に跪き、靴を脱がす。
「じ、じーくさま」
まさか、と思う。ジーク様の手が、止まらない。
「旦那様、後は私がやります」
アミュレの声がジーク様の動きを止める。あ、れ? いつから控えてくれていたんだっけ?
それすら、記憶にない。
「いや、怪我人の処置には慣れている」
「騎士の、ですよね?」
含みがある言い方に、ジーク様の眉が寄った。
「その方は、レティシア様です」
「そんなことは……」
ジーク様が私を見た。
靴下だけになった私の足。
ガーターベルトはスカートに隠れている。
「——!!」
やっと状況を把握してくれたようだ。靴下を脱がすには、スカートに手を差し入れてガーターの留め具を外さなければならない。
硬直したジーク様をいいことに、アミュレはさっさと私の靴下を脱がし、テーブルに置いてあった薬を塗り、また靴下を履かせる。
自分の身体でジーク様の視線から、私の足を守ることも忘れていない。
「アミュレ、ありがとう……」
「とんでもございません」
万感の思いを込めて、アミュレにお礼を言う。アミュレはすました顔でそれを受け取った。
少しして、ジーク様の顔がいきなり赤に染まった。そのまま頭を抱えている。
「お、俺はレティを……?!」
先ほどまでの行動を思い出しているのだろう。なにやら奇怪な声を発していた。
……けれど、意識は保っている。前は抱擁の提案だけで、気絶したのに。
「あの、ジーク様」
声をかけた。ジーク様が私を見る。
「あ、う、……」
もうこれ以上は赤くならないだろうと思っていたのに、さらに赤くなった。もはや赤を通り越して、赤黒い。
「ありがとうございます」
私は座ったまま頭を下げた。
「助かりました。その、薬も」
ジーク様の行動を思い出して、私もまた顔が赤くなる。
それでも、それはジーク様が私のために行ったことだ。
そして、そのおかげでわかったこともある。
「ジーク様、こちらにお座りになって?」
ソファの隣を指し示すと、素直に座った。
「お願いがございますの」
「なんだろうか」
私は胸の前で手を組むと、できるだけ可愛らしく見えるように首を傾げる。
「今日はまだ足の痛みが引かないと思いますの。食堂へはジーク様が連れていっていただけないかしら?」
「……こちらへ食事を運ばせてもいいのだが」
「このテーブルでは二人分の食事は乗らないではありませんか。私、ジーク様と食事がしたいのです。……だめ?」
「ぐっ!!」
……よし、気絶しない。ジーク様は自分の胸の辺りを押さえているけれど、嫌そうな訳でもない。
「ジーク様……」
トドメに二の腕に手を置いてみる。固まらない。
「……わかった。命に代えてでも貴方を運ぼう」
「いや、あの、命は賭けないでください……」
ジーク様は悲壮な覚悟と共に、了承してくれた。
※
——コンコン。
扉がノックされたので、アミュレが対応する。
「お食事の準備ができました」
そう言われて、私は抱いてもらいやすいように、お尻を前に移動してソファに浅く腰掛け直す。
そして、両手を広げてみせた。よく小さい子がやる『抱っこ』のポーズだ。
「ジーク様」
名前を呼ぶ。ジーク様がゴクリと喉を動かすのがよく見えた。
背中と膝裏にそっと腕が添えられて、持ち上げられる。
首に手を回すと、ビクリと身体が揺れた。
「あ、こうした方が安定するかと思ったのですが……」
「いや……大、丈夫だ」
ジーク様が私の顔を見ずに言った。首元まで赤い。
廊下を進むとまた使用人たちのざわめきが起きる。今度はその意味を考えることができた。
夕食後もまた運んでもらい、部屋ではソファに隣り合って座り、ゆっくり過ごした。もう意識しなくても、気づくと手は繋がれている。
とうとう時間になってしまった。今日はジーク様とずっと一緒にいられて嬉しかった。怪我をして心配させてしまったのは申し訳ないけど、怪我の功名と思うことにする。
「ジーク様、おやすみなさいませ」
私はソファに座ったまま挨拶をした。少し前に、『やっと薬が効いてきた』と伝えたので、ジーク様は安心していた。嘘ではない。夕食前には効いていただけだ。
扉が閉まるまで、ジーク様を見つめる。
「さて、身を清めます」
アミュレにそう伝えると、私は立ち上がる。じっとアミュレに見つめられたけど、何も言われなかった。
身を清めた後は、いつもより早めにベッドに入った。今日はいい夢が見られそうだ。
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