27-デート
あの後、ジェイも呼ばれ中間報告書の魔物の挿絵はジェイが書き直すことになった。
「奥様の絵は、大変、個性的ですね」
とジェイが褒めてくれた。絵が上手な人に褒められるのはとても嬉しい。
私はジーク様にこの報告書がまだ完成しているわけではないことを伝える。
「これでまだ完成していないのか?」
そう驚かれたけど、過去十年の間に増殖期はあっても、スタンピードの覚書はまだ見つからない。
「スタンピードか……、ゲオルグあれは何年前だったか?」
「二十八年前ですな。閣下はまだお生まれになっておりませんでした」
「スタンピードについて、何か新しいことが判明するならありがたい。あれは、まさに厄災ですからな……」
ゲオルグが遠い記憶に思いを馳せるように言った。
ゲオルグは正騎士になってしばらくしてからスタンピードを経験したそうだ。顔の傷もそのときについたと教えてもらった。
増殖期だけでも、なかなかの被害が出た。それよりもひどい災害だと言われるスタンピードの被害がどれほどのものか想像もしたくない。
「レティ、貴方に負担をかけるが、頼めるだろうか?」
ジーク様が気遣わしげに私に声をかけた。私はジーク様の目を見て頷く。
「おまかせください。こういうことは得意ですもの」
「レティ、私は貴方には助けられてばかりだ。何か、望みはないか?……仕事以外で」
釘を差された。仕事で欲しいものはたくさんある。
普段の生活は、丁寧に整えられていて心地よく、不便も感じない。
別に装飾品が欲しいなどという物欲もない。
「……あ」
思いついた。
「では、ジーク様の時間が欲しいです。いつもよりも、多めに」
言いながら、顔が熱くなる。恥ずかしい。
それは、ジーク様も同じだったのか。伝染したかのように顔が染まった。
「それだけでいいのか。もちろんだ」
執務室にいた面々が、それぞれこちらを見ないように顔をそらしている。
私は二人のときに言えばよかった、と後悔した。
※
その日の午後、さっそくジーク様が時間を空けてくれた。
急ぎの仕事だけ片付け、あとはラディウスとユーグが引き受けてくれたそうだ。
簡素で動きやすいドレスに着替えて、帽子を被る。
ジーク様が私の部屋まで迎えに来てくれた。
白のラフなシャツに黒のブリーチズ。いつもの格式高い服に比べると、シャツは薄手の生地で作られている。
シャツの第二ボタンまで開けられていて、普段は見えない首元が見えた。
「……っ」
とても、色っぽい。
そもそも薄手の生地では、鍛え抜かれた身体の線はまったく隠せない。その身体の上に乗っているのは極上の顔なのだ。……どうしよう、私の夫がカッコよすぎる。隠したい。
「レティ?」
「ひゃい!」
見惚れすぎて変な声が出てしまった。羞恥に顔が赤くなる。
ジーク様の顔を見ると、優しく微笑んでいた。
「さあ、手を」
「……はい」
今度はちゃんと返事できた。馬車止めまでエスコートしてもらい、馬車に乗り込む。
領都の中央通りを二人で散策する予定になっている。
使用人たちから、領都の話は聞いていたけど、実際に行くのは初めてだ。その初めての日に、ジーク様と一緒に行けるのはとても嬉しい。
目的地に着くと、ジーク様の手を借りて馬車を降りる。
王都とは違う賑やかさに、心が躍る。
石造りの堅牢な街並み、行き交う人も華やかさよりも実用性を重視した服装が多い。
店には魔物の皮や角など、ダグラーゼらしい素材を使用した商品が並んでいる。
「どこか行ってみたいところはあるか?」
「はい、ホーンラビット印の焼き菓子が売っているお店に行ってみたいのです。併設のカフェでしか食せないお菓子があるそうで……」
「そうか、あそこなら近いな。少し歩くがいいか?」
「もちろんです」
ジーク様が肘を差し出す。私はそっと手を絡めた。
話しながらゆっくりと店へ向かう。途中に屋台などがあった。新鮮な野菜、雑貨、魔物肉と書かれた串焼きの店。
魔物肉、という単語に驚くと、ジーク様が『ブラックブル』という牛のような魔物肉のことだと教えてくれた。味も牛よりも美味しいそうだ。ダグラーゼ邸でもたまに出ていたらしい。美味しい牛肉だと思っていたら、魔物を食べていたようだ。
「ブラックブルの肉は生肉のまま王都で売ることができたら、よく売れそうですわね」
「しかし、王都まで持たせるには干し肉にするしかないから難しいだろうな」
「残念ですわ……」
冷蔵技術は発達していないので、美味しい肉を食べたければ現地に赴くしかない。
「レティ、そろそろ……」
「あ、そうですわね」
いつの間にか止めていた足を動かす。今は仕事ではない。ジーク様とのデートだ。
「あ、ここですわ」
ホーンラビットが描かれている看板があった。カフェも賑わっている。
ちょうど席が空いたようで、すぐに案内された。
「どれも美味しそう……」
カフェのメニューは焼き菓子にフルーツやクリームを添えたもののようだ。特製のソースが何種類かあり、好きなものを選べる。
「二種類、頼むか?」
そう聞いてくれたので、遠慮なく二種類頼むことにする。
「ふふ、半分こしましょうね」
そう言うと、ジーク様の顔が赤くなった。
しばらく待つと、店員が美味しそうなスイーツが乗った皿を持ってきた。
前世ならまずスマホで写真を撮るところだけど、今世に写真は存在しない。
目に焼き付けて、フォークを刺す。特製のソースを一口分に分けた焼き菓子に絡めて口に運んだ。
「美味しい!」
私の言葉を聞いて、ジーク様も同じように焼き菓子を食べる。
「ふむ、美味いな」
約束通り一皿の半分を食べて交換した。ジーク様が先に食べていたものも美味しい。
また二人で行く約束をして、カフェを出た。
夕方に近づき、人通りが多くなってくる。ジーク様の腕に絡めた手が外れぬよう気をつけて歩いていたけど、後ろから誰かに勢いよくぶつかられた。
「あっ」
バランスを崩す。驚いた拍子に手を外してしまった。
——転ぶ!
ギュッと目を瞑ったけど、痛みは訪れなかった。温かい何かに包まれている。
「痛みはないか?」
間近にジーク様の顔があった。
抱きとめられていた。
そっと私を立たせてくれる。私がバランスを崩した瞬間に、反射的に動いてくれたようだ。
「いたっ」
足首に痛みが走る。歩けないほどではない。でも、痛い。
「歩いてはいけない」
「でも……」
馬車は置いてきてしまった。少し歩かなければならない。
「失礼」
ふっとジーク様の身体が沈んだかと思うと、身体が浮いた。いつもの目線より高くなる。
「え」
背中と膝裏にジーク様の腕がある。
お姫様抱っこ?!
驚いて足をバタつかせると、ジーク様が困ったように眉尻を下げた。
「レティ、大人しくしてくれ」
ジーク様の顔を見る。いつもより、近い。
頭は思考停止したし、身体は硬直した。
それを指示に従ったと思ったのか、ジーク様はそのまま歩き出す。
馬車に乗っても、屋敷に着いても頭が回らない。屋敷の馬車止めに着いたら、またお姫様抱っこされた。
珍しく使用人たちがざわついている。理由までは、考えられない。
結局、思考回路が戻ってきたのは、ジーク様が私を自室のソファに下ろして足首の具合を確認した後、薬を取りに出ていってからだった。
「……お姫様抱っこ!!」
私は絞り出すように叫ぶ。
太い腕、私を抱えても揺るがない逞しい身体。近い場所にある、美しい顔。
「もう!」
これ以上は頭が処理しきれず、私ははしたなくもソファに倒れ込んだ。
面白いと思っていただけたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをしていただけると励みになります。




