22-貴族騎士
数日後、ジーク様による騎士団全体への臨時招集がかけられ、トリアージの暫定運用を公示した。
当然貴族騎士からの反発が出た。
「ほう、では平民騎士が使い物にならん分、お前が働くのだな?」
というジーク様の言葉に黙ったそうだ。
五日ほど、軽傷者のみの選定が続き、平和に過ぎた。
事件は六日目に起きた。
——カァーン、カァーン、カァーン!!
魔物が出現したことを知らせる鐘が鳴る。ジーク様がすぐさま騎士舎に向かい、私はそれを見送った。
執務室で仕事を片付け、ジーク様の帰りを待つ。
暫定運用は上手く機能するだろうか。
もちろん、怪我人が少ないに越したことはないのだけれど。
「奥様、スコル卿が面会を求めております」
「え?」
ラディウスから思わぬ人物からの面会依頼を報告され驚く。そして、すぐにそれが暫定運用のことだと気づいた。
「スコル卿はどちらへ?」
「玄関ホールにて待機しております」
「私がそちらへ行くわ」
立ち上がってすぐ、アミュレに指示を出した。
「アミュレ、マルゴと交代してちょうだい。すぐに騎士舎へ赴くことになるわ」
「かしこまりました!」
アミュレが早足で部屋を出ていく。マルゴを待たず、ラディウスに先導されながらホールへ向かう。程なくしてマルゴが追いついた。
「スコル卿、何が起きましたか?」
「奥様、申し訳ございません。貴族騎士からの反発です」
ハンスは眉尻を下げながらも、騎士の礼をとる。私はハンスの言葉に首を傾げた。
「ジーク様は?」
ジーク様がいれば、直接彼が注意するはずだ。まさか、また……。
「閣下は帰還中に別の魔物が現れたため、対応中です。負傷者はそのまま帰還したため、今回の件が起きました」
違った。それはそれでまた心配だけど、とりあえずホッとした。
「スコル卿の指示には従わないのですか?」
「少々厄介な相手でして。相手はスコル子爵家の本家筋である伯爵家の者なのです。暗に実家への危害を仄めかされました。……そのまま制圧することも考えたのですが、余計な火種になると判断いたしました」
ああ、爵位を笠に着るタイプか。それはタイミングが悪い。
騎士団内で収まる問題が、貴族家同士の争いの種になるなどとんだ醜聞だ。騎士たちの士気にもかかわる。
「わかりました。私が行きます」
「ご足労をおかけします」
今度はハンスに先導されて騎士舎へ向かう。騎士舎へ着くと、数名の騎士が私の周りにつく。護衛のためだ。
広場では、ルドーが件の騎士に怒鳴られていた。
「このくだらない運用を今すぐ中止して元に戻せ!!」
近づきながら観察すると、手首に緑紐が見えた。怒鳴る元気はあるようだ。
「何事ですか」
私は背筋を伸ばして声を張った。騎士舎で聞こえるはずのない高い声に、騎士はすぐに気がついた。
「女が何故ここにいる!」
「ちょ、ジーク様の奥様ですよ!?」
あまりに失礼な物言いに、隣にいたルドーの方が慌てふためいている。
「ああ例の。内向きに引きこもるはずの奥方が何のご用ですかな?」
おおっと、古いタイプの人間でもあるのか。
「私はジークヴァルト様がおられないのであれば、領主代行として問題を解決する義務があります。
ルドー、貴方は他の騎士の救護に当たりなさい」
「承知いたしました」
さっと騎士の礼をとって、ルドーが去っていく。貴族騎士がこちらを睨みつけてきた。
「負傷者に対する新しい運用は、ジークヴァルト様が直々に公示されたはずです。異を唱えるということは、公爵家に楯突くことだと理解していますか?」
「この運用方法は、奥方が提案したものだと聞いています。王都育ちの令嬢に何がわかる? 騎士の命をおもちゃにしないでもらいたいもんですな!」
カッと頭に血が集まった。同じセリフを、ゲオルグにも言われた。それなのに、目の前の騎士から吐き出される言葉は、あまりにも軽い。
「確かに提案者は私です。しかし、騎士団長、副団長、医療隊隊長が審議し導入する価値があると判断されました」
「平民が基準を作ったと聞いています。いつから平民は貴族の上に立つようになったのか」
「平民ではなく、医療の専門家です。彼らの意見に基づいた基準で選別することを、ダグラーゼ領主としてジークヴァルト様が命じられています」
先日ゲオルグにも伝えたことを貴族騎士にも伝える。しかし、彼には響かないようだ。
「そんなもの、平民が間違っていたら誰が責任を取るのですか」
「まあ、亡くなればこれまで通り補償金は払いますわね。それでも収まらないのであれば、私の首を捧げる方法もありますが……」
私はそこで言葉を切った。それではジーク様が泣いてしまう。それは嫌だ。
「もし、不満であれば貴方だけ特別に治療しても構いません」
貴婦人の微笑みを浮かべた。貴族騎士の口元が醜く歪む。
「でも、それで治療が間に合わなかった騎士が出た場合、公爵家の決定に逆らったとして責任を取るおつもりは当然ありますわよね?」
「せ、責任?」
「ええ。騎士はダグラーゼ領の人的資産です。それを損なうようなことがあれば、当然補填していただきます」
「補填、と申しますと……?」
不思議と貴族騎士の顔色が悪くなってきた。どうせならもっと悪くなってもらおう。
「さあ……? それを決めるのはジークヴァルト様ですもの。ああ、でも」
言葉を切る。
私は少し、口角を上げて一段上の笑顔を作る。
「お一人の責任で、済むといいですわね?」
「も、申し訳ありません!」
貴族騎士は転がるように走って行った。走れるくらい元気だ。
「……スコル卿」
私は後ろに控えていたハンスに声をかけた。
「は、ありがとうございます」
「いえ、あの騎士のことは別にいいのですけど……これ、一言一句記録に残るのでしょう?」
「そうなりますね」
肯定されて、狼狽えた。
「あの、私の首発言のところだけ残さないでもらうことってできないのかしら? ジーク様を悲しませてしまうわ……」
「それは……、できかねますね。改ざんに当たります」
「あああ、どうしましょう。困ったわ……」
私は頭を抱えた。目の前では暫定運用で割り振られ、順に治療される騎士の姿がある。
やっと回り始めた光景を見ながら、私はジーク様を悲しませない方法を考えた。
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