21-検証
三日後、ルドーたち医療隊が最初の基準を完成させた。
今日から怪我人が出るたびに検証を行うそうだ。
その報告を受けて、補佐官の部屋に戻ろうとすると、ジーク様が引き留めてきた。
「レティ、そろそろ戻ってこないか?」
そう言って、私の執務机を見る。
「……そうですね。一度戻ってみましょうか」
私の言葉にパァッと効果音がつきそうなほど、ジーク様の顔に喜色が浮かぶ。え、なにこれかわいい。
さっそくラディウスに荷物を移動してもらい、自分の執務机につく。
ジーク様の方を見ると、目が合った。優しく微笑まれる。嬉しい。
半刻ほど集中していたところで、
「奥様」
と呼ばれた。ラディウスの顔を見ると、ふるふると首を横に振っている。
ジーク様の方を見た。目が合った。幸せそうな顔をしている。
「……ラディウス」
ため息をついて、ラディウスの名を呼ぶと伝わったようで書類をまとめ始めた。
私はジーク様の机の前に行き、貴婦人の笑顔を作る。
「まだ、早かったようです。隣に移動いたしますね」
「レティ!」
ジーク様があわあわと顔色を青くしたり赤くしたりしている。忙しい人だ。
「ジーク様、……私も早く貴方の隣で仕事がしたいです。頑張りましょうね」
囁くように告げると、ジーク様の顔色が赤一色になった。
私は満足して、補佐官の部屋に移動した。
※
夕食後のジーク様との時間。
二人で隣り合ってソファに座った。自然に手が絡む。
「ジーク様はたまに一人称が『俺』になりますわね」
軍議からの帰りでも、『どうか俺のことを思い出してほしい』と言われた。
「粗野ですまない。気分を害しただろうか」
ジーク様の眉尻が下がる。私は慌てて首を振った。
「そんなことはありません! ……むしろ、ジーク様の内側に入れていただけたようで嬉しいですわ」
騎士舎で気安いやり取りをしている騎士たちが羨ましかった。
「私と二人のときは、どうぞ楽になさって?」
「ああ、ありがとう。貴方は?」
「え?」
聞き返されて、理由がわからず首を傾げる。
「貴方もたまに言葉が荒れる。あれは『素』なのか?」
「へ? あ、あ、あれは感情が昂りすぎると出てしまうバグのようなものです!」
「ばぐ?」
「……あ。不具合、ですわね。制御できないのです」
不思議なもので、頭の中で考えるときは前世のような言葉選びが多いのに、口から出るのは侯爵令嬢として教育された言葉になる。昔、前世のような話し方ができるのか試したことがあるけど、喋ろうとするとひどい羞恥を覚えた。
「いつもの話し方も、私の『素』ですわ」
「そうか。どのような話し方でも愛らしいから俺は構わない」
さらりと甘い言葉で返されて、頬が熱くなる。ジーク様はずるい。こんなにも簡単に私の心を乱してくる。
「そう、ですか。安心いたしました」
恥ずかしくてジーク様の顔は見ずに、ツンと顎を上げた。隣で笑う気配がする。
「それでは、ジーク様。また特訓の難易度を上げてみましょうか?」
少し頬の熱さが落ち着いた頃に、ジーク様に提案してみる。
ピクリ、と繋いだ手が反応する。
「どのように?」
「……抱き合ってみるとか」
ポフッ。
久しぶりに気絶された。
「先は遠いですわね……」
手を繋いだだけでも幸せだ。抱きしめたら、どれだけの幸福を感じられるだろう。
私はジーク様の頬を撫でて、これからの特訓内容に思いを馳せた。
※
トリアージ基準の検証開始から一週間が経った。
今日はジーク様にエスコートされながら、騎士舎の軍議室に向かっている。
ダグラーゼ領の騎士たちは、怪我が多い。巡回中の通常討伐、人員を要する緊急討伐、さらに訓練中の怪我もある。
たった一週間だけど、中間報告ができるほどの症例が溜まったようだ。
軍議室に着くと、ルドーとゲオルグが待っていた。ハンスは討伐に出ているそうだ。
「一週間で三十件ほどの症例を検証いたしました。赤は二件、黄色は十件、緑は十八件です。黒はありません」
「一週間で三十件も……。赤が少ないのはいいことですけど、件数が足りませんわね」
「軽傷者の検証はある程度できるようになりました。ご指摘の通り、赤が検証し切れていないのは懸念事項ではありますが、早く暫定運用に移りたいところです」
ルドーが思った以上に暫定運用への意欲が高くて驚く。じっと見つめたことで思っていたことが伝わったのか、ルドーは頭を掻いた。
「実は、赤のうち一件は平民の騎士でした。後回しにした結果、彼の予後は悪くなっております。最優先に傷薬を使えたら、と思わずにはいられません」
「そのようなことがあったのですね……」
目の前に重傷者がいるのに助けられない現実は、医療者である彼にとって想像もつかないくらい辛いものだろう。
「軽傷者の検証はある程度できたと言っていたが、問題はなかったのか?」
ゲオルグがルドーに問いかける。
ルドーは首を振った。
「頭部を負傷した騎士を歩けたため緑としたところ、数時間後に倒れました。そのため、頭部の負傷に関しては、歩行の可否だけでは判断しないこととしました」
「他には?」
「そうですね。同じ症例を見ても、判断が分かれる場合があったので、皆の認識のすり合わせが重要だと感じています」
ゲオルグが顎をさすった。
「課題が解決されたわけではないが……、暫定運用に移行しない確固たる理由も思いつかんな」
「ならば、始めてしまおう。妻が言うように元の運用でも問題はあるのだ。新しい方法を試してみる価値はある」
ジーク様が騎士団全体の臨時招集をすることを決めて、解散となった。詳しい日時はハンスが帰ってきてから詰めるようだ。
これで少しでも救われる騎士が増えるといい。私はそう願いながら、屋敷へ戻った。
面白いと思っていただけたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをしていただけると励みになります。




