20-伝統と効率
「……貴方の覚悟は理解した。だが——」
「ゲオルグ卿、顔が貴婦人に見せていい顔ではなくなっていますよ。直して直して」
「む」
ハンスが茶化すように言うと、ゲオルグは顎をさすった。え、待って。それに反応するの。面白すぎる。
「しかし、奥様はなかなか苛烈な考え方をされますね。王都の貴婦人はもっと慎み深いと思っておりました」
全く褒め言葉ではない。目の奥が笑っていないのでわざとだ。ハンスも先日の騒ぎをよく思っていない一人なのだろう。
「私はいずれ王族に名を連ねる者として、教育を受けた身です。責任の取り方は心得ています」
「なるほど。では、この運用を提案された理由をお伺いしても?」
「イギーが重症化したからですわ」
「え?」
ハンスは虚を突かれたような顔をした。
「先日、貴方に教えていただいた貴族を優先する、という運用……無駄が多いと思いませんこと?」
「無駄、ですか?」
今度は理解できないようで、眉が寄る。いつも優しげな顔だけを見せていたハンスには珍しい表情だ。
「貴族と平民、ならわかりやすいですわね」
「ええ、まあ……」
私の意図を測りかねたまま、ハンスが答える。
「では、同じ子爵家の嫡男と三男では?」
「それは嫡男が優先されますね」
すぐに答えが返ってきた。正確には貴族家の嫡男が騎士になる例はほとんどない。跡取りがいつ死ぬかもわからない職に就くことは許されない。
「では、没落した子爵家と力のある男爵家ではどうでしょう?」
「……私なら男爵家を優先します」
ハンスは子爵家の人間だ。貴族として、序列の機微は肌感覚で理解できる。
「ルドーはいかがですか?」
「え? あ……子爵家、でしょうか」
ゲオルグが腕を組んだ。また渋面に戻っている。けれど、私の方は見ていない。
ハンスとルドーに視線を巡らせていた。
「これが、無駄です。医療隊には貴族でも悩むような序列を覚える暇があったら、新しい治療法の一つでも覚えていただきたいわ。それに、そんなことで悩んでいるうちに両者とも間に合わなくなってしまったら、目も当てられません」
「それで、この運用ですか……」
椅子の背に体重を預け、ハンスは髪をかきあげた。苦笑いが滲んでいる。
「負傷者の状態だけを見れば、分類するのは四種だけ。さらに、運用がうまくいけばダグラーゼ領としては有益なことがいくつもあります」
「有益……」
「はい。まずは優秀な騎士を多く救うこと。人は資産です。年月をかけて鍛えた騎士を死なせることほど無駄なことはありません。
次に、後回しされた結果、傷薬を多く使用しなければならない現状は、非効率極まりない。ダグラーゼ産の傷薬は効能が優れているのに、それでは足りず他領から仕入れています。今は金をドブに捨てていますわ」
……しまった。言葉が荒れた。
ゲオルグ以外の三人が目を丸くしている。貴婦人の口から出る言葉としては『金ドブ』発言はあり得ない失態だ。
「それで、実際の導入手順はどのようにお考えですかな?」
ゲオルグが空気を読まず発言した。助かった。
「まずはルドーたち医療隊で選別基準を決めていただきたいわ。同時に色紐の手配も必要ですわね。ルドー、どのくらいで決められるかしら?」
「三日いただきたい。閣下、臨時招集の許可をいただけますか?」
「許そう」
ジーク様が即座に返事をする。
「基準が決まったら、現行制度で運用しながら検証を行うといいのではないかしら?」
「それは実際の手順を変えず、新しい基準で分類だけ行うということでしょうか?」
ルドーの確認に、私は頷いた。
「ええ、そうね。そうやって記録を取れば無駄がないですもの」
「効率的、ですか?」
ハンスが笑う。私も笑みで返した。
「事例が溜まれば、俺が全体の臨時招集をかけよう。上から言われれば、貴族は反論しにくい」
「普段から怪我人は多い。騎士たちが新しい基準に慣れるにはちょうどいいであろうな」
「記録を取るので、閣下の命を出していただけますか? 苦言を呈されても『一言一句閣下に報告いたします』と言えば黙りそうです」
「ああ、それは効果てきめんだろうね」
もう私が話に入る隙がない。
四人でどんどん話が詰められていく。私の提案で現場が動き出すのを見るのは楽しい。
四人の様子を見ながら、私は口元が緩んだ。
※
ジーク様と二人で屋敷に帰る。
書類はジーク様が持ってくれている。ジーク様の手に自分の手を重ね、ゆっくりと歩く。
「あの、ジーク様」
私がジーク様を見上げると、優しい笑顔で見つめられた。
「私、ダグラーゼ領の大事な騎士たちを資産扱いしてしまって申し訳ございません。本当に物扱いしている訳ではないのです」
言い訳に聞こえるかもしれないけど、これだけはジーク様に聞いて欲しかった。
「私も貴方に言いたいことがある」
そう言って、ジーク様が立ち止まった。
「この件でどのような結果になっても、貴方が死ぬことは許可しない」
それは、許されない。人命を握った人間が、自分だけ生き残るなんて。ジーク様はそれが一番合理的なのをわかっているはずだ。
「……また効率的だの合理的だの考えている顔だな。貴方は、私が貴方を喪って傷つかないと思っているのか?」
考えもしなかった。私自身、ジーク様が怪我をした報告を聞いて、とても苦しかったのに。
「考えもしなかったか。貴方は仕事が絡むと途端に自分を大事にしないな」
「ごめんなさい……」
自覚はある、多少。私はジーク様の顔が見られなくなって俯いた。
「怒ってはいない。ただ、貴方の命を天秤に乗せるとき、どうか俺のことを思い出してほしい」
優しい声だ。顔を上げる。眉尻を下げて、それでも私が恐れないように微笑むジーク様の顔がある。
「ジーク様は、……私が死んだら泣きますか?」
「ああ」
「それは、私も嫌です。ジーク様を泣かせないために、生きます」
「ありがとう」
お礼を言わなければならないのは、私の方だ。こんなにも大切に思ってくれている。
それでも、もう言葉が口に乗らなくて、指の力を強めることしかできなかった。
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