19-トリアージの提案
「とりあーじ?」
ジーク様は単語を言い慣れないようで発音が少し面白い。
「はい、異国の言葉で『選別』と呼ばれる方法です。私も仕事ではよく使っていた方法なのですが、多くの仕事が重なった場合、緊急度や重要度に合わせ、優先順位を決めて適切に人員を配置いたします。
医療の現場も同じです。緊急度・重症度に合わせ、治療順を決めるのです」
説明しながら、ジーク様と結婚することになったユリウス主催の夜会を思い出す。
担当文官たちと『トリアージ』を行い、仕事を振り分けた。半年以上かける準備をひと月で行うのは、たとえ分類していてもいつ落ちるかわからない綱渡りをするような心地がした。
「これはどれくらいの効果が出るものなんだ?」
ジーク様の目が書類の文字を追う。寄せられた眉は何を意味しているのだろう。
「異国では、多数の負傷者が出た際に少しでも生存率を上げる方法として採用されているそうです」
異国なのは嘘ではない。ちょっと異世界にあるだけだ。
仕事で使っていたトリアージという方法はテレビドラマで医療の現場でも使われていることを知った。
そこからウィキで調べて、医療の現場の方が先だという事実に驚いた。
「少しでも……劇的な効果があるわけではないのか」
「命が相手でございますから。ただ、少なくとも今の運用方法よりは効果が見込めると考えております」
イギーのように、身分だけで後回しにされるようなこと自体は確実に減らせる。
「これは私一人で勝手に判断することはできない。軍議にかけるが、出席してもらえるか?」
「もちろんですわ。私としても、直接現場の意見を伺いたいです」
私は笑顔で頷いた。翌日、ジーク様から軍議が三日後に決まったと教えてもらった。
あとは準備を入念に行おう。
※
軍議当日。
私はジーク様の隣を、紙の束を抱えながら歩いていた。
ジーク様が荷物を持つと言ってくれたが、私はどうしても自分で持ちたかったので断った。
両手が塞がるので、エスコートも断る。
「そうか……」
と言って、左手をワキワキと動かしていた。なぜ。
訓練棟にある軍議室に入る。そこにはすでに、副団長の二人と白い騎士服を身に着けた医療隊の姿があった。
「医療隊隊長のルドー・セネルです」
「レティシア・セルシア・ダグラーゼでございます。今回は改善案の提出者として、出席いたします」
ルドーは平民出身だと紹介された。名前と肩書き以外に自然に身分がつきまとう。
「では、今回は医療隊運用の改善提案があったのは皆に説明したな。詳しい内容を妻から説明してもらう」
「はい、まず資料をお配りいたします。……この資料はそれぞれにご用意させていただいたものなので、自由に書き込んでいただいて構いません」
私がそれぞれに資料を手渡して回ると、皆一様に不思議な顔をされた。資料は手書きだ。準備期間に追加で用意した。自分の読み上げ用、副団長二人、医療隊隊長の四部。ジーク様は最初に書き上げた書類を持っている。
毎日書き写しながら、コピー機の偉大さに思いを馳せた。誰か、早く開発してほしい。
「え、俺……私にもいただけるのですか?」
「ええ、ルドーには特に読んでいただきたいですもの。今回の提案が通った場合、一番理解していただきたい方は貴方ですから」
通常は口頭説明で、必要に応じて各人が必要なところを書き留める。
けれど、聞き洩らしもあるし、理解が乏しいまま運用開始される危険性もある。
私が王太子の婚約者だった頃は、重要な会議だけでも責任者分は用意していた。
書き写すのは補佐官に手伝ってもらったけど。
「では、まず表紙をめくって、一枚目からですが……」
全員の準備ができたところで、書類を読み上げた。説明中、全員の表情が変わる瞬間を確認しながら説明を続ける。
「……説明は以上です。何か不明点はございますか?」
「あの、この重症度の判別とは誰が行うのですか?」
「いい質問ですわね。こちらに関して、私は判断する基準を持ちません。ルドーを中心に、現場で実際に処置を行っている方々で決めていただきたいの」
ルドーが目を見開いた。
「異国では、その場でできる処置や、使える薬の種類などで判断が変わることもあったようです。異国で行っていた判断をそのままダグラーゼに適用することはできません」
「だが、医療隊は平民も多い。貴族が平民に選別をされて、簡単に受け入れられるとお思いですかな?」
そう疑問を投げかけたのは、ゲオルグだ。にらみつけるような強い光がある。
「平民が判断するのではありません。専門家の意見に基づいた基準で選別することを、ダグラーゼ領主としてジークヴァルト様、もしくは代行である私が命じるのです」
ゲオルグが片眉を上げた。私は続ける。
「公爵の命で動いている者に、身分を理由として判断を覆させる。それは公爵自身に背くということです」
私は貴婦人の笑みを浮かべた。
「貴族であれば、それがどんなに愚かなことか理解しています」
階級社会だからこそ、今までの常識を覆すことができるし、常識を壊す行動を強行することもできる。
「それで、この運用が失敗した場合、どう責任を取るおつもりか。騎士の命は貴方のおもちゃではない」
「それはこれまで通り、ご遺族へはダグラーゼ領の予算から十分な補償をいたします。必要なら私の私財を投入しても構いません」
「それで騎士たちの不満が収まらなかったら?」
私は口角をさらに上げる。
「私の首を捧げましょう」
「レティ!!」
ガタンと音を立ててジーク様が立ち上がった。
「例えばの話です。……けれど、私の首一つで騎士たちの溜飲が下がるのならば『効率的』でしょう?」
私は笑みの形を維持したまま、ジーク様に答える。彼は苦しげな顔をした。けれど、反論はしなかった。
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