18-和解
アミュレに全てを完璧に整えてもらい、ジーク様の部屋を訪れた。
結婚してからしばらく経ったけど、ジーク様の部屋を訪れるのは初めてだ。いつも、ジーク様が私の部屋に来てくれていた。
「ジーク様、レティシアです」
ノックをすると、ユーグが扉を開けてくれた。
ジーク様はソファに座っている。
私の部屋と同じようなレイアウトだけど、装飾がシンプルなものが多かった。
実利を重んじるダグラーゼ領主らしい部屋だ。
「レティ、座ったままですまない。かけてくれ」
席を勧められたので、頷いて対面に座った。
ジーク様の眉尻が下がる。
ユーグが淹れてくれた紅茶を飲んで、長く息を吐き出した。
「この度は申し訳ございません。公爵夫人としてあるまじき行いでした」
ジーク様の目を見て、それから深く頭を下げる。
何を言われるだろうか。失望した、相応しくない。頭の中で、言われたくない言葉がぐるぐると回る。
「頭を上げてくれ。貴方に怒っているわけではないんだ」
眉尻が下がったままのジーク様の姿がある。
「私こそ言い方を考えるべきだった。
王都生まれのレティは知らないかもしれないが、本当に討伐直後の騎士は危ないんだ。普段ではあり得ない些細なことで言い争いが起きることもある」
伝え方を考えているかのように、ジーク様が視線を彷徨わせていた。
「貴方が私の妻だと、皆重々わかっているかと思うが、万が一のことがある」
「万が一……」
ジーク様が頷いた。
「私はそれによって騎士が貴方を害した場合、過剰な処分を下さない自信が、ない」
……失望されていなかった? 心配してくれていた、だけ。
——よかった。
「私はまだ貴方の隣にいて、いいですか?」
「いてくれ。貴方がいないのは、辛い」
ぽん、とジーク様が座っているソファの隣を叩いた。
私は立ち上がって、示された場所に移動する。
「ジーク様……」
隣を見上げた。優しい笑顔があった。
「手を、繋いでもいいですか?」
「ああ」
お互いの手を絡める。ジーク様が親指の腹で私の手の甲をすり、と撫でた。
「あの、お怪我の具合は……」
赤くなった頬を隠したくて、俯く。今日は逃げてばかりで、容体を聞けていなかった。
「足首をひどく捻ってしまった。通常、治るのにひと月はかかるそうだが、ダグラーゼの傷薬なら一週間ほどで治るだろう」
「ひと月が一週間? ずいぶんと短くなりますのね」
興味を惹かれる内容に思わず顔を上げる。すると、またジーク様の笑顔が目に飛び込んできた。結局また俯くしかない。頬が熱い。
「ああ、魔の森で採取したヤーロウは効能が高くなることが知られている」
「あれだけの討伐を重ねても、騎士たちがすぐに戦場に戻れるのはそんな理由がありましたのね」
防衛の要たるダグラーゼ領にそんな秘密があったとは知らなかった。
「そういえば、他領から傷薬を仕入れている記述があった覚えがあります」
「レティはよく覚えているな。そうだ、生産が追いつかないため、多少仕入れている」
「それなら、私も軽い怪我なら傷薬を使わず過ごそうかしら?」
少しでも節約になればいい、そう思って言った。しかし、ジーク様は繋いだ手にぎゅっと力を込めた。驚いて思わずジーク様の顔を見上げる。
「それは、駄目だ」
「なぜですの?」
「貴方が怪我を負っている姿など、私が耐えられない」
あまりに真剣に言われてしまった。頭の中で、私がかすり傷を負った姿におろおろとするジーク様の姿を想像する。
「ふふ」
「笑い事ではない。貴方はきちんと薬を使うように」
「はい。ジーク様を困らせたくありませんので、きちんと使いますね」
やっとジーク様の手の力が緩まる。私はそれにも笑ってしまった。
「早く治癒師の方々が来られるといいのですが……」
治癒師の着任はあと数週間はかかるようだ。それまでは傷薬でなんとか凌ぐしかない。
「そういえば……、イギーという騎士は治療を受けられたのでしょうか?」
「平民の一般騎士だな。治療は受けたはずだ。順番がなかなか来ず重症化したようだが……」
私が自分のことでいっぱいいっぱいになっている間に、イギーは容態が悪化してしまったようだ。ちくりと罪悪感が胸を刺す。
「その、イギーとは知り合いなのか? ……親しいのだろうか……」
なぜか探るような目つきになったジーク様に、私は首を傾げた。
屋敷内ならほとんどの使用人は顔と名前が一致するようになったけど、騎士舎には足を運ぶ回数も少ないのでほとんど知り合いはいない。
「? いえ、遠目で見かけただけですわ。治療を抜かされる姿が印象的だったので……」
「そうか……」
ジーク様の顔が緩んだ。理由はわからないけれど、ジーク様が穏やかな顔をしているのなら、それでいい。
それよりも、何か使える知識はないだろうか。そう思い、いろいろ考えを巡らす。
「あっ……」
思い出した。前世から使っていたあれが使えるかもしれない。
「ジーク様、特訓は三日ほどお休みをいただきます」
「な、何か不満があったのか?」
急におろおろとし出したので、先ほどの想像を思い出し、またふふ、と笑い声が漏れる。
「不満はございません。少しやりたいことができましたの」
にっこりと笑うと、ジーク様が顔を赤くしたあと、「わかった」と頷いてくれた。
私はジーク様がくれた時間を使って、一つの書類をまとめ上げた。
※
三日後、夕食後の時間にジーク様の部屋を訪れた。
まだ当て木こそ取っていないけど、痛みはもうほとんどないという。
ダグラーゼ産の傷薬の効能を改めて実感した。
ユーグの淹れてくれた紅茶を飲んで、ひと息ついてから私はジーク様に紙の束を差し出した。
「これは?」
「提案書です」
「……女神の提案書」
「違います」
久しぶりに女神と言われたような気がする。
私は一度深く息を吸って、吐いた。この提案書は今までの常識を壊さないといけない。
私は笑う。にこやかに、絶対の自信があるように。
そして、表紙の一文を指し示した。
「こちらは負傷者が多数の現場において、治療の優先順位を定め、生存率を上げるための運用改善提案、『トリアージ』になります」
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