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殲滅公爵と恐れられた夫が、私の限界オタクだった件  作者: よし はるか


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17-すれ違い

「それでは、奥様。自分は戻ります」


「ありがとうございました……」


 屋敷の玄関前に着くと、ハンスは騎士の礼をとり、騎士舎へ戻っていく。

 私はカーテシーをしてそれを見送り、自室に戻った。


「レティシア様……?!」


 あまりの惨状に、アミュレが顔を真っ青に染める。けれど、説明する気力もなく、ただ要望だけを口にする。


「疲れました。身を清めます」


「っ! かしこまりました」


 アミュレはすぐに身を清める支度を始める。それを横目に、私は騎士舎でのことを反芻する。


 ジーク様に怒られた。彼が信奉する女神はきっとこんな馬鹿なことはしない。

 やっと少しずつ一人の女性として見てもらえるようになって嬉しかったのに。

 失望されてしまっただろうか。

 そう考えると、胸の辺りがぎゅうっと苦しくなった。


「レティシア様、準備が整いました」


 アミュレに言われて、身を清める。早く、ベッドに潜り込みたい。


「それでは、おやすみなさいませ」


 気遣わしげに告げるアミュレに、頷くだけで返すと彼女は礼をして部屋から出ていった。

 一人になったので、行儀悪くもベッドに倒れ込む。

 疲れた。ただ、眠りたい。


 そう思うのに、目を瞑ればジーク様の鋭い眼光が浮かぶ。

 眠りにつけそうには、なかった。



※



 翌日。

 ひどい顔色をしていたであろう私をアミュレが痛ましい目で見つめた。


「化粧を濃くしてちょうだい」


 疲れた表情までは隠せないけど、少しはマシになるかもしれない。


「レティシア様、今日は仕事を休まれては……」


「仕事は、します」


 これ以上、失望されたくない。それに、仕事に忙殺されていれば余計なことを考えなくて済む。

 私が考えを変えないと知ると、アミュレは一度目を閉じて、開く。


「かしこまりました。仕上げます」


 強い響きだった。アミュレはいつもよりも少し時間をかけて、完璧に顔色を隠してみせた。


 執務室の前に来たとき、足が竦んだ。

 ジーク様は、今日は執務室にいる。足を怪我しているので、騎士舎に行っても討伐の後処理の邪魔になりかねないからだ。

 部屋に入って、昨日の失態を謝らなければ。そう思うのに、どうしても身体が動かない。

 結局私は隣にある補佐官の部屋に入った。

 ラディウスが驚いた顔をしていた。

 いつもなら、まず執務室に入りジーク様に挨拶をしてから、中扉を使って補佐官の部屋へ移動する。


「奥様、今日は……」


「仕事を、します」


 そう断言すれば、ラディウスはもう何も言わなかった。


 昼食の時間になった。いつもジーク様と食べるけど……。


「食欲がありません。時間がもったいないので、このまま仕事を……」


「レティシア様!」


 アミュレが悲鳴のように声を上げた。


「もうおやめください! お食事を取られないのなら、今日はもうお休みください。お仕事をされたいのでしたら、何か、何でもいいので召し上がってください。……お願いでございます」


 アミュレが辛そうに眉を寄せる。違う、そんな顔をさせたいわけではない。


「……休みます」


「かしこまりました……」


 ほっと息をついて、アミュレが口角を上げた。無理やり作ったような笑顔。


「ラディウス、……ジーク様には伝えておいてください」


「……かしこまりました」


 ラディウスは感情を見せない表情で、いつもより深く頭を下げた。



※



 目を開けると、すでに窓からは茜色が差し込んでいた。

 少し横になるつもりだったのに、ずいぶんと眠ってしまったようだ。


 外の明るさからすると、もうすぐ夕食の時間だろうか。

 食欲はいまだに戻ってこない。

 ベッドから起き上がった。ベッドに入る前にほどいた髪がさらさらと顔の横を流れる。

 ベッド横の小卓に置いてあった呼び鈴でアミュレを呼ぶ。

 程なくしてノックが聞こえた。


「どうぞ」


 アミュレだと思って待ったけど、入ってこない。


「アミュレ……?」


 しかたなく、自分で扉を開いた。

 厚い胸板が見えた。え、と思って上を見上げる。

 眉尻を下げたジーク様の姿があった。


「え、あ、嘘?!」


 動揺のあまり、言葉が乱れた上に扉を閉じてしまった。

 扉の向こう側で私の名前を呼ぶジーク様の声が聞こえる。


「レティ、開けてくれないか? 話をさせてほしい」


「い、嫌です!」


 反射的に声が出た。扉の向こうで息を詰める音が聞こえる。


「昨日のことは……」


「髪を、下ろしたままなのです!」


 ジーク様が何か言おうとしたようだけど、それを遮ってしまった。


「アミュレが、もうすぐ来ます。整えてから、ジーク様の部屋へ参ります。待っていてください」


「そ、そうか……待っている」


 足音がいつもと違うリズムで遠ざかっていく。怪我をしたばかりなのに、追い返してしまった。

 けれど、髪を下ろした姿を見せたのは初夜のはずだった日以来になる。起きぬけで整えていない状態なのも恥ずかしい。

 ずるずるとその場に座り込んだ。

 アミュレが扉を開き、驚きの声を上げるまでその場から動くことができなかった。


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