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殲滅公爵と恐れられた夫が、私の限界オタクだった件  作者: よし はるか


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16-失態

 ——ジーク様が怪我をした。

 ヤーロウの傷薬ですぐに治るような傷は、傷のうちに入らないと騎士たちが笑っていた。

 わざわざ報告されるということは、多少の擦り傷や切り傷ではないということだ。


「……騎士舎に、行きます」


「奥様、いけません」


 ラディウスが眉尻を下げて首を振る。

 心臓が嫌な音を立てている。頭がくらくらする。


「止めるなら、一人で、行きます」


「奥様……」


 非常識なことを言っているのはわかっている。貴婦人が一人で行動するなど、ましてや騎士舎へ行くなど正気の沙汰ではない。

 わかっているのに、言葉を止めることができない。

 ——ジーク様の、顔が見たい。


「ラディウス、お願い……」


 もはや懇願だ。こんなに心を乱されることなどなかった。抑え方がわからない。


「……アミュレ、マルゴと交代を」


 ラディウスが静かにアミュレに指示を出した。


「……かしこまりました」


 アミュレが退室する。


「私めも同行いたします」


「ありがとう……」


 ラディウスの言葉に、私は胸の前で手を合わせた。震えている。ぎゅっと力を入れて、それに気づかないふりをした。



※



 騎士舎の通路には明かりが灯されていた。

 等間隔に配置された火がちらちらと揺れる。まるで私の心のように、揺らぎ続ける。

 騎士たちは誰も彼もが泥や血で塗れ、疲れ切っていた。

 仲間に背負われて運ばれたり、革張りの担架のようなもので運ばれる騎士もいる。

 彼らは私の姿に気づくと、ギョッとしたような顔をしたり、露骨に顔を顰めたりしていた。

 訓練棟の広場に騎士たちは集められていた。彼らの間を白い騎士服を身に着けた医療隊が回っている。


 奥に、椅子に座っている彼の姿が見えた。


「奥様?!」


 後ろでマルゴの叫ぶ声が聞こえた。

 足が自然に走り出す。ドレスの裾が邪魔だ。走ることに慣れていない足がもつれそうになる。


「レティ?」


 声が聞こえた。耳に馴染んだ低い声。少しかすれている気がした。

 彼の前にたどり着き、やっと足を止める。ぜえぜえと荒い息を吐き、肩が上下する。

 下を向いたときに、髪が一房ぱらりと落ちた。きっと崩れている。

 はしたない。恥ずかしい。そう思う余裕すらない。

 ジーク様の顔を見つめた。目を見開いて驚いている。苦痛の色は、ない。

 頭から順に見ても、欠けているところもない。ただ、足に当て木をしていた。


「……何故、来た」


 硬い声だ。眉が寄っている。私には見せたことがない鋭い眼光に貫かれそうだ。


「……怪我を、したと」


 言葉を繕うこともできず、端的に答える。ますます渋面を作られた。


「貴方はここに来るべきではなかった」


 当然だ。貴婦人が出入りすべきではない。大人しく、屋敷で待っているべきだった。


「申し訳、ございません……」


 俯くことしかできなかった。


「まあまあ、閣下。奥様も心配だったんですよ、そんなに怒らず」


 ジーク様の肩を軽く叩き、ハンスが微笑んだ。


「奥様。閣下は魔物から部下を庇う際、体勢を崩しまして。足を負傷しましたが、すでに治療は済んでおります。ご安心ください」


 ハンスが丁寧に説明してくれた。優しく笑んでいるが、目は笑っていない。


「ハンス、屋敷まで送れ」


「承知いたしました」


 ジーク様とハンスのやり取りにゆるゆると首を振った。


「ラディウスとマルゴがいます。スコル卿に送っていただく必要はありません」


「レティ、従いなさい。騎士たちは、気が立っている」


「……はい」


 ああ、さらに迷惑をかけてしまった。もうジーク様の顔が見られない。

 ハンスが「参りましょう」と言うのに、小さく頷き、カーテシーをして背を向ける。

 ハンスの後について歩き出す。ラディウスとマルゴが私の後ろに従った。


 また新たな負傷者が広場に入ってきた。

 担架のようなものに乗せられた者と、自ら歩いてきた者。

 医療隊が自ら歩いてきた者に走り寄った。


「……スコル卿、なぜ、軽傷者の方が先に治療を受けているのですか?」


「ん? ああ、イギーとマルセルか。マルセルは男爵家の者なのですよ」


 こともなげにハンスが返した。私は目を見開く。


「それは、身分の高い者から治療を受けているということですか?」


「はい」


 当然のように肯定された。


「……それで、イギーという騎士は助かるのですか?」


「それは、イギーの生命力次第ですね。仕方ありません」


 身分の差で治療の順番が決まる。納得はできないけど、理解はできる。

 この世界は身分格差が大きい。

 自分だってその恩恵に預かっているのに、思い当たらなかった。

 また後から騎士が運ばれてくる。

 イギーのもとに、医療隊は近寄らない。

 私は前を向いた。今の私には彼を救うことはできない。夫人が無闇に一人の騎士に肩入れすれば、他の騎士たちの不信を買う。

 夫人は夫に何かあれば領主代行として彼らの上に立たなければならない。そのときに、信用のない夫人に従う騎士が何を思うか、恐ろしくて考えたくもない。

 イギーが早く治療を受けられますように、今はそう願うしかなかった。


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