15-緊急討伐
——カァーン、カァーン、カァーン!!
魔物が出現したことを知らせる鐘が鳴る。
自室でそれを聞いた私は、すぐに立ち上がり、玄関ホールへ急いだ。
ホールにはジーク様の姿がある。
「ジーク様」
「レティ、行ってくる」
私の声に気づいたジーク様がふわりと微笑んだ。ジーク様の自然な笑顔が増えて、それを見るたびに私は心臓がはねるのを感じる。
「ご武運を」
「ああ、ありがとう」
ジーク様が騎士の礼をとる。屋敷の扉が閉まり、ジーク様の姿が完全に見えなくなるその瞬間まで、彼の背を見つめ続けた。
ジーク様の予定は、討伐のたびに半日ほど潰れてしまう。
鐘が鳴るのは、週に一度、まれに二度ほどだ。
普段は、騎士団による巡回や冒険者たちによる間引きで対応している。小物が出たくらいでは鐘は鳴らない。
ジーク様を見送ると、私は執務室へ向かう。
急ぎの案件があれば、ラディウスと共に対応しなければならない。
以前、私がラディウスと予定を話し合っていると、ジーク様が眉尻を下げた。
「仕事など気にせず、好きなように過ごしてほしい」
そんなことを言うので、私はにっこりと微笑んで
「では、お仕事をいたしますわ」
と返すと、簡単に口を閉ざした。ジーク様はどうやら書類仕事がお好きではないらしい。私が嬉々として書類仕事をこなしていると、とても不可思議なものを見つけたように見つめてくる。
改めて、ジーク様の言葉に従わなくてよかったと思った。彼が討伐をしている間に、私が負担を減らしてあげられる。
昼食の時間が近づき、きりのいいところで仕事を切り上げることになった。
「奥様、急ぎの案件は片付きましたし、午後はお休みいたしましょう」
ラディウスから気遣いの空気を感じた。
ジーク様が緊急討伐に出られるたびに動揺する。
情けなくて、表情だけでも繕うようにしていたけど、少し仕事の効率が下がっていたことに気づかれていたようだ。
「……ありがとう。そうさせていただくわ」
ひとつため息をついて、私はラディウスの厚意を受け取った。
昼食を取った後、自室に戻る気になれず、アミュレを伴い蔵書室へ向かう。
領史を手に取り、蔵書室に備え付けられた机で読み始める。これまで少しずつ読み進め、二十年前まで遡っていた。
ダグラーゼ領の歴史は、そのまま魔の森との戦いの歴史だ。
たびたび起こる増殖期では騎士たちの被害が大きくなる一方、魔石の取引が増え領が潤ったという記述が並ぶ。
なんとも残酷な話だ。自然に眉が寄った。
「あら?」
過去に遡るにつれて、領史の内容が薄くなっていった。嫌な予感に頁をめくる手が遅くなる。
『復興』という文字が現れて、胃のあたりが軋んだ。一年分の領史が、たった数枚に収まっている。
二十八年前に遡ったとき、わずかに枚数が増える。丁寧な筆致で綴られた平穏な記録が続いた。その後に書かれるであろう『何か』が現れるのが怖い。
『スタンピード発生』。
荒れた字だった。たった一行の記述に息が詰まる。
二十八年前の領史はそこで途切れていた。
担当者が亡くなったのか、それどころではなくなってしまったのか。後者であればいい。自分が生まれる前の出来事に、そう願った。
「レティシア様、休憩いたしませんか?」
ことりと湯気の立つ紅茶を置かれた。
私の様子が変わったのに気づいて、先んじて用意してくれたようだ。
「ありがとう」
素直に領史を閉じて、脇に置く。
ティーカップを持ち上げると、そこでやっとミルクティーになっていることに気がついた。
——私が疲れたときに飲みたくなるもの。
アミュレの心遣いに、胸が温かくなる。
頭を空っぽにして、優しい口当たりを楽しむ。飲み終わってから、やっと長く息を吐き出すことができた。
スタンピードの発生原因は解明されていない。いつ起こるかわからない災害は、前世での地震を思わせた。
スタンピードもそうなのだろうか? 情報が足りない。
ふと、領史の隣の棚を見た。
乱雑に置かれた、騎士たちの覚書。
私は立ち上がって、棚からひとまとまりを引き抜く。定められた書式などはなく、走り書きのようなものから報告書に近い体裁のものまでさまざまだ。
私は先ほど使っていた机に戻って、それらを読み始めた。
発生した魔物の種類と討伐数、遭遇場所。細かく書かれているものには、日付や天気も記載されている。異常行動をした個体の行動を報告したものもあった。
……これは、まとめたら何かが見えてこないだろうか。
私は覚書の棚を見た。
整然と並べられた領史に比べ、整理もされず、ただそこに置かれたように見えた。
「……アミュレ、紙とペンを」
「かしこまりました」
まとめた結果、何もわからなければそれでいい。天災のように、起こらないことを祈るしかない、と『判明した』ことになる。
私は、紅茶に添えられたお菓子を口にした。
頭脳労働には糖分が必要だ。
アミュレが新しい紙とペンを脇に用意してくれる。
ひとまとまりの覚書をすべて読み終えると、頭の中で内容をまとめ上げ、紙に書き出す。その横で、アミュレが読み終わった覚書を丁寧にそろえていた。
書き終えるとまた新しい覚書を手に取り、同じことを繰り返す。
二度繰り返したところで、扉がノックされた。
アミュレが対応するために扉に向かった。
入ってきたのは、ラディウスだ。……表情が硬い。
「旦那様が帰還されました。……怪我をされたそうです」
からん、と持っていたペンが机の上を転がった。
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