02-婚姻準備
王太子からの命令を殲滅公爵が受け入れたことで、ホール内は混乱に陥り収拾がつかなくなった。
私はその隙に父に連れ出され、今は屋敷へ帰る馬車の中にいる。
対面に座った父は、頭から湯気が出そうなほど激怒していた。
「あのバカには、レティの価値が最後までわからなかったようだな」
私がたまにユリウスのことをバカと評していたのが聞こえていたらしい。父にいつインプットされたのかわからないけど、内向きの場所にいる時は父までユリウスのことを『バカ』と呼ぶようになっていた。
「ダグラーゼ公爵様は巻き込まれてお気の毒ですわね……」
辺境の地から呼びつけられて、いきなり結婚を命じられたのだ。寝耳に水だっただろう。返事に間があったのも、突然の命令に混乱してのことに違いない。
「レティを娶れることになったのだ。望外の幸運だと感動していたのじゃないか?」
父はこのエルデンライヒ王国で宰相職を賜っている。政治的な判断でユリウスとの婚約を受け入れたくせに、こうして娘愛を爆発させることがある。毎回思うけど、謎のバランス力だ。
「……公爵様は本当に受け入れるのかしら? 王族の命令とはいえ、結婚の強制なんて内政干渉そのものですもの」
あの場では王太子の顔を立てて了承するしかなかっただろうけど、あとから理由をつけて先延ばしし、穏便に反故にする方法もある。なんだったら、私から王妃陛下に進言してもいい。国王陛下は『馬鹿な子ほどかわいい』などと明言しちゃってたからな……。期待できない。
完全なる巻き込まれ事故の公爵様が可哀想になってきた。
「いや、早々に迎えが来る可能性がある。早めに準備しておきなさい」
父が謎の自信に満ちあふれている。その様子に首を傾げる。
「私の頭脳とリティアの容姿を受け継いだ、この世の至宝だぞ。手に入れられる機会を逃す男などいるものか!」
と、やはり親バカが炸裂した。ちなみにリティアは母の名前だ。父と母は政略結婚だったが、母のことをとても愛している。
両親のように政略結婚であっても、愛情を育める関係に憧れたが現実はうまくいかなかった。
私は馬車の窓から外を眺めて、これからのことを考えてため息をついた。
※
翌日。朝から伝書鳩が到着した。……といっても、昼夜問わずに飛ぶことのできる魔鳥だ。前世の鳩よりも一回り大きく、運べる書簡の量も多い。種族名はハトポッポ。思わず前世で小さい頃歌ったあの曲を歌い出したくなる。
父の言うとおり、ハトポッポが持ってきたのは、早々に輿入れの日程を決めるための書状だった。
なんだったら、身一つで来てくれても構わないといった趣旨の文言まである。公爵様は王太子に弱みでも握られているのか。
あまりに性急な内容に不信感が芽生える。辺境から悪い噂は聞こえてこないが、裏で王太子と繋がっていたのだろうか。
「これはまた……」
父がニヤけそうになるのを抑えたような表情が印象的だった。
横から手紙を覗き込んだ母まで笑っている。
両親の表情に思うところはあるが、こういう空気の時の両親は絶対に口を割らない。
私は両親から事情を聞くのを諦めた。
相手が乗り気なら、それはそれで都合がよい。
「お父様、無理のない日程で調整してください。……身一つでは行きませんからね」
「安心してくれ、かわいい娘の門出だ。盛大に送り出すよ」
「最低限で大丈夫ですわ……」
婚礼準備はユリウスと結婚するために用意していたものがそのまま使える。
問題は公爵様がユリウスとの結婚式で使うはずだった衣装を許容してくれるのか。
婚礼衣装は、今までのストレスを全てぶつけるようにありとあらゆるこだわりを詰め込んでいる。
私は母の美貌を受け継いだ。
光を弾く銀髪に、アメジストのような瞳。血管が透けるほどに白い肌。この身体は、毎日鏡で見ているのに、いまだに感心してしまうほど美しい。
せっかく授かったこの容姿を最大限活かせるように、プロポーションを維持するためのストレッチも欠かしていない。ストレッチは現代日本の知識を活かしている。侍女たちに教えたら、殊の外みんな喜んでいた。
そういえば、ユリウスにも『お前の容姿だけは美しい』って言われたな。その後に『中身は宰相が女の皮を被ったようで気持ち悪い』と続けられた。いや、親子だから似るのは当然でしょう、と呆れ返ったのを覚えている。
衣装は、あとは微調整だけだった。これまでにうちの領民の血税が注ぎ込まれているし、なによりもったいない。公爵様、許してくれないかな……。もし許してもらえるなら、仕立て屋には馬車で五日もかかる距離で申し訳ないけど、出張してもらおう。
何度か伝書鳩の往復があったのち、輿入れの日程が決まった。
伝書鳩とは別に、私宛の手紙も届いた。
少し武骨な角張った字で、ダグラーゼ領で過ごすための注意が書き連ねてあった。
魔の森と隣接しているため、魔物が頻出すること。粗野な人間が集まるので、領内では実力のある騎士を連れ歩くこと。
身体を動かす仕事が多いので、食事の味が王都のように薄くはないこと。王都のように華やかではないこと。
ひたすらネガティブな事柄が書き連ねてある。最後に、嫁いでくるなら心しておくように、と結ばれていた。
……公爵様が私との結婚に前向きだとは思えない。
判断しかねて、父に相談すると不思議そうな顔をされた。
「こちらとのやりとりでは、ずいぶんと細かい気遣いをいただいていたんだがな」
手紙からは想像もつかない返答をされて戸惑った。
「書いてあることは確かに気をつけねばならないことだ。意識のすり合わせをしてほしいのだろう」
事前にダグラーゼ領のことは詳しく勉強し直した。しかし、手紙に書いてあったのは、実際に過ごさなければわからないような注意も多かった。
私は手紙の返事に、お気遣いいただきありがとうございますとしたためた。すると、数日後に返事が伝書鳩で届いた。
『少しでも不自由がないよう努める』
そんな内容が簡潔に書かれていた。
私は嫁ぐのが少し楽しみになった。




