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殲滅公爵と恐れられた夫が、私の限界オタクだった件  作者: よし はるか


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01-婚約破棄

「レティシア・エーデル・モルゲンレート侯爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!!」


 その日は王太子の主催で急遽開かれた夜会だった。

 主催者として、開会の言葉を発するはずの場で、ユリウス・サンクト・エルデンライヒ王太子は高らかに宣言した。

 どよめきが会場内を満たす。遠くで第二王子のアルベルト殿下が驚いた顔をしているのが見えた。


 私、レティシア・エーデル・モルゲンレートは突然の宣言にぽかんと口を開けたいところを我慢して、無表情を貫く。

 本来王城で開かれる夜会は半年以上の余裕を持って、招待客へ打診し、準備を行う。

 それをあのバカは一か月という短い期間でエルデンライヒ王国の全貴族へ招待状を送付したあと、準備を行わせた。私に。


 押しつけられたのは、招待状を送ったあとだった。

 半年かけてなお忙しい膨大な準備の手配を、あの考えなしは全て丸投げしてきた。

 王太子妃教育に加え、勉強としての内政業務、丸投げされた王太子の仕事、……さらにこの夜会の準備。婚約者のはずの王太子をバカ呼ばわりくらいで済むなら、まだかわいいものだろう。

 これが普通の令嬢ならばとっくに心が壊れている。

 絶対にブラック企業勤めの社畜精神旺盛な前世がある私じゃないと勤まらなかった。

 私とともに巻き込まれた文官たちは目の下に隈を作り、家に帰れないまま栄養剤で腹を満たしていた。

 王妃陛下にも報告した。けれど、招待状を出したあとでは夜会の開催を中止することはできない。

 アルベルト殿下やその婚約者のフェリシア・アルトゥス・アイゼンヴァルト様まで巻き込んでしまった。

 私の令嬢らしからぬ目の隈に、この件で連帯感が最高潮に高まった文官たちが三日間は日が暮れるまでに屋敷へ帰してくれた。


「殿下、理由をお聞きしても?」


 理由などわかりきってはいるが、地方から出てきた貴族に聞かせるためにあえて私は尋ねた。見えにくいところでは、アルベルト殿下が文官に指示を出していた。文官はすぐさま紙とペンを取り出し何かを書き付け始める。……何で持ち歩いていたんだろう。

 先ほどから、ユリウスに腰の辺りを抱かれて、ふるふると震えながら寄り添っている令嬢がいる。婚約者であるはずの私を伴わず、その令嬢を添わせている時点でクソデカため息をつかなかったのは奇跡だ。

 ……あまりに馬鹿げすぎていて頭の中で前世の口調が荒ぶっている。レティシアとしての私は完璧な侯爵令嬢だったのに。

 やはりバカのせいだ。

 ユリウスが馬鹿なことをしでかすたびに、レティシアとしての私が死んでいく気がする。そして残るのは、過労死する直前まで、クソミソに貶されながらそれでも働いていた社畜の私だけ。


「貴様がエマーレ・フィンクベル子爵令嬢を虐げたのはわかっている!

 子爵というだけで、虐げるような心根の醜い者は、俺の伴侶になるには相応しくない!」


 書類上で名前は知っていた。まあ、姿形も王城内でバカにしなだれかかる光景を遠目では何度も見かけているのでなんとなく知ってはいる。

 しかし、虐げた、というほどの接触などはしたことがない。

 どこから湧いて出たのだろう?


「事実無根でございます」


「あたしのドレスにワインをかけたじゃないの!」


 冷静に反論すると、少し舌足らずのような甘ったるい声が響いた。

 見ると、こぼれそうな緑の目に涙をためて睨みつける姿があった。

 柔らかなウェーブの桃色の髪。かわいらしさを引き立てるように結い上げられた髪に、子爵家侍女の腕の良さを感じさせた。

 幼気な顔立ちに反して、豊かな胸に前世でいう『ロリ巨乳』という言葉が浮かんでくる。

 エマーレ嬢のドレスはユリウスの淡い金の髪と空のような青の瞳に合わせていた。

 子爵家が身につけるにしては、上等な布地が使われている。大方ユリウスから贈られたのだろう。……婚約者のはずの私は自分で用意したが。

 エマーレ嬢は上位貴族に対する礼儀ができていない。

 むしろ、この礼節でどうやって王城内に潜り込んだのか。

 ……そうだ、報告書にはユリウスのほうが出先の夜会で声をかけたと書いてあった。私が主催者に挨拶をしている隙に。あのバカは、堅苦しい挨拶が苦手で早々に逃げたのだ。


「身に覚えがございませんわ」


 私の周りには常に人がいる。どうやって直接面識のない子爵令嬢を虐げられるのか。

 しかし、大体かけられるのはワインなんだな、と無駄な思考が混ざる。赤ワインはドレスにかかったらシミ抜きが大変だ。貴族のドレスは各々の領民の血税で作られる。私には領民に申し訳ないことはできない。


「貴様の言葉など信用しない! ……しかし、顔だけはいいからな。役に立つこともあるだろう。

 ジークヴァルト・セルシア・ダグラーゼ公爵!」


 ざわり。固唾をのんで見ていた周囲からざわめきが生まれる。人々の表情から困惑、恐怖、さまざまな表情が見て取れる。


 カツン、とホールに靴音が響いた。

 カツン、カツン。規則正しい音に、気づいた順に口が閉じていく。

 ついに音は私の隣で止まった。


 背の高い男だった。

 ゆるくウェーブした黒髪に、切れ長のアイスブルーの瞳。鍛えられた身体は黒を基調とした式服でも隠せそうにもない。鍛え抜かれた腕は、両手でつかんでも指が届かなさそうだ。

 近くにいるだけで、威圧感を感じた。

 表情の浮かばない顔は恐ろしく整っているが、眼光の鋭さに身がすくみそうになる。


「殲滅公爵……」


 誰かの呟きが、ホールに響いた。ユリウスの口元が醜く歪む。


「レティシア、貴様は下げ渡すことにした。

 ジークヴァルト・セルシア・ダグラーゼよ、貴殿にレティシア・エーデル・モルゲンレートとの婚姻を命じる!」


 ユリウスの宣言を聞いて、隣の男は臣下の礼をとる。


「……御意に」


 爆発のような、大勢の声。騒ぎが大きくなる中、私は男の顔を見つめることしかできなかった。


 まさかこの横暴な命令に、私が感謝する日がくるとは、この時の私は露ほども思っていなかった。


1話をお読みいただき、ありがとうございます。

限界オタク要素は5話から始まります。


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