13-救護棟
救護棟に入ると、独特な薬草の匂いがした。
この世界では傷薬として使用されているヤーロウの葉をすりつぶしたのだろう。
ベッド周りは清潔に保たれているように見える。しかし、その近くに使用済みのリネンを入れたカゴが、乱雑に置かれているのが気になった。
訓練や討伐で負傷した騎士は全員この救護棟で治療を受けている。
今は二日前の緊急討伐で重症を負った一人がベッドで寝ていた。
「ジェイ、具合はどうだ?」
ハンスがベッドの住人に声をかけた。
ジェイと呼ばれた青年は上半身のほとんどを包帯で隠していた。上官がそろっているのを見ると、慌てて痛みに顔をしかめつつ起き上がろうとする。
じわりと包帯に赤が滲んだ。
「無理に起きなくていい」
ジーク様がそう声をかけると、ジェイは起き上がるのをやめて、ベッドに横たわった。
「へへ、くたばりそこねました」
軽口を叩く彼を怒る者はいない。それが騎士たちの日常なのだとわかる。
ハンスがジェイに何度か質問し、全治二か月の診断が出たことがわかった。
「治癒師がいればなぁ……」
治癒師の力は魔法とはまた違ったメカニズムを持つ力だ。レリウム教で修練を積んだ使徒だけが使える奇跡の力と言われている。
こちらも才能がなければ習得できない。私も才能を調べてもらったけど、なかった。
「あの……」
壁の花のように、気配を消していた私は声をかけた。今、気づいたようでジェイが目を見開いた。
「初めまして。私はレティシア・セルシア・ダグラーゼですわ。
この度の討伐、大怪我を負ってまで使命を遂行していただき、本当にありがとうございました」
「うぇ?! 奥様?! こんな格好で、申し訳ございません!」
「どうぞ楽になさって。……それより、こちらのレリウム教会には、まだ治癒師が配置されておりませんの?」
ジーク様が首を傾げた。
「配置も何も、王都の大教会にしか所属できないのだろう? 派遣料が高額なので我が領は使わなくなってしまった」
「それは、先々代の王が制定した法律ですわね。半年前に各領地へ治癒師を配置できるよう改正されたのですが……。おかしいですわ」
「貴方が一年前に提出した提案書か。……成立していたのだな」
ジーク様が呟くのが聞こえた。……提案書を提出した時期まで把握しているとはなかなかのオタクっぷりだ。
法改正の後、すぐさま治癒師の人選が行われ、通達のために伝書鳩を飛ばしたはずだ。ジーク様が知らないのは不自然だ。
「これは、お父様に確認する必要が出てきました。ジーク様、伝書鳩を飛ばす許可をいただいても?」
「許そう。マルゴ、案内を」
「かしこまりました」
マルゴが私に先を促す。
私はジェイの方を見て、カーテシーをした。
「勇敢なる騎士様、一日も早いご回復をお祈り申し上げます」
言い終わるとすぐさま踵を返す。
後ろで『女神様っ!!』と言う声が聞こえたけど、私は気づかないふりをした。
※
父に伝書鳩を飛ばした翌日、調査を早急に行うと返事が来た。
待つしかないのが歯がゆい。
待っている間、私は屋敷の使用人や騎士たちに声をかけて雑談することにした。
とりとめもない内容に、少しずつ知りたいことを混ぜていく。
「昨日のお菓子の焼印、かわいいけれど、なんの動物だったのかしら?」
「それは魔物のホーンラビットですね」
「魔物ですの?」
「はい、角を煎じると甘い匂いがするので、お菓子の香りづけに使われます」
尋問のように聞くと、皆口を閉ざしてしまう。だから、さりげなく雑談に紛れさせて質問を挟んだ。
「まあ、不思議ね。皆さんは他に魔物を利用されているものをご存じかしら?」
「それなら……」
魔物が出なかったおかげで、ジーク様との特訓も捗った。
父からの伝書鳩が到着する頃には、ジーク様との特訓はさらに進み、隣に座って腕が触れても気絶しなくなっていた。
「ジーク様、お父様から報告が届きました」
ジーク様の執務室まで書簡を持って訪ねた。ユーグがソファに座り、補佐官として働いている。私と席を交換したせいで、彼の机はなくなってしまった。
補佐官の部屋の机と私の机を入れ替えるべきかと相談すると、ジーク様に断固として反対された。
「では、私を見ずに集中できますの?」
と聞くと、そっと目を逸らされた。ユーグがソファでいい、入れ替える必要はないと言ったのでそのままになった。
ジーク様が仕事の手を止め、執務机の前のソファに移動する。ユーグも自分の仕事を片付け隣室にしまいに行った。入れ違いにラディウスが入室して、お茶の準備を始めた。
私はジーク様の隣に座る。隣に座ったくらいでは気を失うことがなくなったのは、嬉しい。まだ多少挙動が不審になるくらいはかわいいものだと思う。
「では、開封いたしますね……あら?」
ジーク様の目の前で書簡を開封し、内容を読み上げようとしたら父の筆跡ではないことに気づく。
「どうした?」
私が動きを止めたので、ジーク様が心配そうに聞いてきた。
「ジーク様、こちらはアルベルト殿下がしたためたもののようです」
「第二王子殿下が……?」
ジーク様が眉を顰めた。私の元婚約者であるユリウスと、その弟のアルベルト殿下は犬猿の仲だ。表立った交流は持たなかった。
そんな人物から、父経由で手紙が来たことは不審でしかないだろう。
「アルベルト殿下とその婚約者であるフェリシア様とは、ユリウス殿下の関係で、何度も苦楽を共にした仲なのです」
「ああ、なるほど……」
何か黒い感情が漏れたのに気づいたのか。ほんの少しジーク様が身を引いたので、私はそれ以上に身体を近づける。一瞬、ジーク様の動きが止まったけど、それだけだ。
「では、改めて。読み上げますね……」
アルベルト殿下の手紙には、思わず頭を抱えたくなるようなしょうもない原因から起きた今回の顛末が綴られていた。
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