12-騎士舎の視察
私の名前を呼べるようになった日数の倍をかけて、ジーク様は夜会エスコートができるようになった。
もちろんまだ動きはぎこちない。夜会エスコートの最中、私がジーク様を見つめたり、話しかけたりすると硬直することもある。
けれど、気絶することがなくなった。
大変な進歩だ。
「ジーク様、お願いがございますの」
私はジーク様から最大級に可愛らしく見える角度でおねだりのポーズをする。
……ジーク様が「ぐっ!!」と息を詰めて胸の辺りを掴んでいた。
「そろそろ騎士舎にエスコートしてくださいませんか?」
ジーク様は私の言葉を聞いて、固まった。胸元を掴んだ拳がぷるぷる震えている。
「それは……嫌だ」
嫌だときた。なぜ。
「理由をお聞かせください」
私は真っ直ぐジーク様を見つめる。彼の目線と合わない。泳いでいる。
「……ラディウスに案内してもらおうかしら?」
人に聞こえる音量で独り言を言うと、ジーク様が青ざめた。
「それは許可できない」
「では、ジーク様が案内してくださいますの?」
「うう……、貴方を奴らに見せたくない」
私は手を口元に当てた。笑みが浮かびそうになるのを隠すためだ。
独占欲のような言葉に嬉しくなる。
ただの女神なら独占欲なんていらない。やっとジーク様の目にちゃんと私が映った気がした。
「ふふ、嬉しい」
結局、心の声がこぼれてしまった。
それを見て、ジーク様が不思議そうな顔をする。
「ふふ、ごめんなさい。ジーク様が独占欲のようなことをおっしゃるのが、嬉しくて」
私の言葉を聞いて、ジーク様が真っ赤になったあと、頭を抱えていた。
「心の準備が欲しい……」
とても小さな声で、そう言ったのでまた「ふふ」と笑い声が漏れてしまった。
※
三日後。
騎士の制服に身を包んだジーク様が私を迎えに来た。
今日は騎士舎での仕事の前に、案内してくれるらしい。
アミュレは今日は留守番だ。代わりにマルゴを伴う。
案内された騎士舎は、以前特訓をした庭園を挟んだ別棟にあった。
騎士たちは訓練中なのだろうか。掛け声とともに、重い金属音が断続的に聞こえてくる。
建物の外に出された木箱には、折れた剣やひしゃげた防具が乱雑に放り込んであった。
これらは専門の職人が修理したり、新しい武具の材料として再利用するのだとジーク様から教えてもらった。
「ここは訓練棟だ。騎士は毎日ここで鍛錬を行う。武器や防具などの管理もここだな。その奥は順に救護棟、宿舎になっている」
「前に見たときはわかりませんでしたけど、とても広いのですわね」
「そうだな。騎士団の規模は王都騎士団よりも大きい」
帳簿でも防衛費はかなりの割合を占めていた。
「毎日のルート巡回、緊急討伐、遠征……これでも人員はギリギリだ」
「増員はできないのですか?」
「年に一度、入団試験をしているが、全員に適性があるわけでもない。なかなか難しいな……」
「そうなのですね……」
命をかける仕事だからこそ、適性の有無はとても大事だ。夢だけでは叶えられない、厳しい世界だ。
通路を歩いていると、反対側から騎士が二人歩いてきた。
ジーク様は二人に対して軽く手を上げると、二人がそれに気づいて背の高いほうが同じように手を上げ返してきた。
二人が近くまで来て騎士の礼をとると、ジーク様が紹介してくれた。
「この二人は副団長だ。右がハンス・スコル、左がゲオルグ・ギウェンという」
「レティシア・セルシア・ダグラーゼですわ。今日は騎士舎を見学させていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」
カーテシーをしながら、そういえば婚家の名前で名乗るのは初めてだと気づいた。ジーク様が目を細めて私を見ている。
ハンスがジーク様を見てニヤニヤしていた。ゲオルグは渋面でこちらを見ていた。
「閣下の女神様にお会いできて光栄です」
ハンスは三十代中半ばの騎士だ。茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。……騎士にまで女神扱いは広まっているのか。
対して、ゲオルグは五十代の壮年騎士。頬に大きな傷があり、壮絶な戦いを生き抜いてきたことを表していた。
「この度はご結婚おめでとうございます。騎士一同、奥様が閣下を内向きから支えられることを祈っております」
……トゲを感じる。王都でも、貴婦人は内向きに籠もっているべきだと考える騎士はいた。ゲオルグも、その一人なのだろう。
私に騎士として戦う力はない。ゲオルグやジーク様の隣で剣を取ったりすることはできない。
私は私の戦い方をするだけだ。
「では、夫を支えられるよう、いろいろお話を聞かせてくださいませ」
私は貴族の微笑みで返した。
「閣下、我々はこれから救護棟へ参ります」
「奥様も、来られますか?」
ハンスが行き先を告げると、ゲオルグが憮然とした表情で私に提案する。来るわけがない、そう思っているのがよくわかった。
ジーク様が私の顔を心配そうに伺っている。私はそれにほんの少し指先に力をこめることで応え、ゲオルグに向き直った。
「ええ、ぜひ。ご一緒させていただきますわ」
私は、貴族の微笑みを崩さなかった。
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