11-視力検査の輪っか
今日も日中はラディウスから引き継ぎを受けた。
昨日と違うところは、ジーク様の姿があるところだ。
私がラディウスに質問をしているのを、目を輝かせて見ている。完全に推し活をするオタクの目をしていた。
「ジーク様、お邪魔のようなら隣室へ移りますが……」
ジーク様の手がたびたび止まるので、目が合ったタイミングでそっと進言する。
そうすると、ジーク様は顔を青くした。
「隣室?! あちらは男ばかりだ。ここにいてくれ」
隣室は補佐官の部屋だ。今は主にラディウスとユーグが使用している。
「……ラディウス」
私はため息をつきながらラディウスの名を呼ぶ。
「……かしこまりました」
ラディウスはみなまで言わずとも察してくれたようだ。私が使用していた書類をまとめて、隣室へ持っていった。
入れ違うように、ユーグが部屋へ入ってくる。手には書類を抱えていた。
「ユーグ、私の机を使っていいわ」
「お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます。私はソファの方で十分です」
執務室には応接用のソファとテーブルが備え付けられている。ユーグはさっさとそちらで自分の仕事の準備を始めた。
「ユーグと場所を交換いたします。アミュレも控えておりますから問題ありませんわね」
ジーク様が悲壮な顔をしたが、私は無視してカーテシーをする。
姿勢を戻すとさっさと隣室へと移動した。
※
夕食後、私は自室に戻ってジーク様が訪れるのを待つ。
レティと呼べるようになった。
会話が滑らかになってきた。
手に触れるくらいなら気絶しない。
次は何を試そうか。私が目に入ると気が散るようだから、視覚的に慣れさせるか。
それとも、身体的接触を増やせば刺激が強くて早く免疫ができるだろうか。
アミュレに食後のお茶を淹れてもらいながら、頭の中で何が最善か考える。
まさか私のことを信奉している夫に抱いてもらうために、方策をあれこれ考えることになるとは思わなかった。
はたから見たらとても間抜けだ。
けれど、その間抜けなことを真剣に考えているのは意外と悪くなかった。
——コンコン。
ノックの音が響き、アミュレが対応する。
扉が開き、ユーグを伴ったジーク様が入ってきた。
まずは、ソファを勧め、お茶を飲む。
「次の課題ですが、身体的接触を増やそうかと思います」
「しん?!」
ポフッ。
ソファに座ったまま、ジーク様が気を失った。……言い方を間違えた。時間がもったいないと思ったけど、医師から気絶回数の上限は決められている。今のところ、終了時間まで特訓できたためしはないので問題はなかった。
しばらくして、ジーク様が目覚めたので改めて課題を伝える。
「夜会でのエスコートをできるようになりましょう」
「エスコート……」
「はい。夜会でのエスコートは腕に手を絡めますし、お互いの距離もとても近くなります。今後、夫婦として夜会に出席することを考えると、早めに慣れていただいて損はないかと思います」
ジーク様が気を失っているうちに、ユーグとアミュレが床にクッションを敷き詰めてくれた。
今日は触れるたびに倒れる想定をしているので、視力検査の輪っかのように一部だけ空けてクッションを配置している。空いている部分は出入り口だ。
「まずはジーク様、あの輪の中に入ってください」
ジーク様が先に入るように促す。ジーク様は輪の中に入ってからその狭さに、顔を強張らせた。
私も続いて輪の中に入った。
障害物があるので距離を詰めるしかなく、見上げると頬を染めたジーク様と目が合った。
パタリ。
さっそくクッションが役に立った。私は輪の中から出て、ソファに座って待機した。ジーク様が気絶しなくなるまで、何日かこれを繰り返す予定だ。
しばらくしてからジーク様の目が覚める。
そうしたら、私はまた輪の中に入りジーク様を見つめる。
先ほどのように顔が赤い。けれど、まだ倒れない。
「ジーク様」
声をかけると、またゆっくりと倒れていった。
……なぜ。
またしばらくしてジーク様が目を覚ます。
今日もまた上限が先に来てしまったので、これで終了だ。
アミュレがお茶を淹れてくれたので、ジーク様にソファを勧める。
対面で話をするくらいなら、もう気絶しないので、最後に簡単な反省会をして終了にする。
「ジーク様、今日は近づいても十秒耐えられましたね」
「じゅうびょう……」
基本的に、できるようになったことを評価することにしている。
私だったら、褒められたら嬉しくて頑張れる。
「最初に比べたら、とても成長されています」
ジーク様が意気消沈しているようなので励ます。終わりに元気がないのはいつものことだ。悲観することはないのに。毎日半歩ずつは進んでいる。
話していると、ユーグとアミュレがクッションを片付け終わった。
それを合図に、締めの言葉を告げた。
「ジーク様、明日も私と一緒に頑張りましょうね」
「う、うむ」
少し持ち直したジーク様が頷いた。
あとはジーク様を見送って、今日の仕事は終了する。
部屋を出て自室へ戻る背中を見つめながら、明日はどれくらい近寄れるだろうかと考えた。
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