10-社畜の処理能力
翌日、私はラディウスからジーク様の仕事を引き継いでいた。
前公爵夫人がご存命であれば、彼女から引き継いだかもしれない。
しかし、六年前に前公爵が討伐の折に亡くなり、夫人は心労により後を追うように亡くなってしまった。それからは、政務はラディウスとユーグが、家政はマルゴが代行していたそうだ。
「奥様、こちらは直近一年の帳簿でございます。この帳簿は鍵付きの棚にて保管しており、鍵は旦那様と私めが所持しております」
ジーク様の執務室には夫人用の机も用意されていた。私がそこに腰を下ろすと、目の前に紙の束が積み上げられた。
「確認させていただくわ。聞きたいことは後でまとめて聞くので貴方は他の仕事をしていて構いません」
「かしこまりました」
ラディウスの片眉がピクリと動いたけど、そのまま表情を崩さず腰を折った。
そして、隣室へ直接続く扉から退出していく。補佐官の部屋になっているそうだ。
アミュレが白紙とインクの準備をしてくれた。
顔色は良くなっている。一晩休んだことで回復したようだ。
私は帳簿を読み始めた。気になった点だけを紙に書き留めていく。
思ったとおり、支出は防衛費が多い。収入では、魔物から取れる魔石の取引が半分を占めていた。
魔石は魔道具の核になるため需要は高い。ダグラーゼ領は、その産出によって財政を支えているようだ。
教育のために見たモルゲンレート侯爵領の帳簿とは項目がまったく異なっている。各地の特色が見て取れるようで面白い。
私はしばらく実家の帳簿との違いを楽しみながら、黙々と頁をめくった。
「アミュレ、ラディウスを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
刺繍をしながら待機していたアミュレは、かごにそれらをしまい、隣に続く扉へ向かう。
近くにいるのだから、自分で呼びに行きたくなるけど、それをしないのが高位貴族というものだ。
「お呼びですか?」
「はい、読み終えたので、いくつか確認を」
「読み、終えた……?」
ラディウスがわかりやすく目を見開いた。ラディウスの想定を上回れたようだ。
書き留めた紙を見ながら、帳簿を開いて確認していく。
ラディウスは淀みなく説明してくれた。
「旦那様が女神とおっしゃる理由がわかりました」
「やめて」
思わず言葉が荒れた。別に夫人が政務を代行するのは特別なことではない。領主が不在の折に妻として支えるのも当然の務めだ。
……ユリウスのせいで鍛えられた処理能力は人より高い自覚はある。
「あと四年分の帳簿を持ってきてくれるかしら? ダグラーゼ領の収支の傾向を確認したいわ」
「よ、四年分?! ……かしこまりました。ご用意いたします」
驚かれはしたものの、特に反対されることもなく了承された。机の上の帳簿を片付け、同じような厚みの帳簿が並べられていく。
私はさっそく帳簿に手を伸ばした。
※
夕食後は特訓の時間だったけど、ジーク様が討伐の後処理が残っているということで今日はお休みだ。
私は蔵書室から領史を持ち出して自室で読むことにした。
私が初めてダグラーゼ公爵邸の蔵書室に案内されたとき、棚は大きく三種類に分かれていた。
領史や過去の帳簿などを整然と保管している棚。
騎士たちが残した覚書などを乱雑に収めた棚。
……そして、ジーク様による私の提案書や平民向けの版画などを飾った祭壇だ。
三種類目の棚の中身は、私の絵画を片付けさせた日に別の場所へ移すよう指示した。
何も入っていない棚が寂しく感じる。私の祭壇なんかより、もっと有益なもので埋めていきたい。
目当てのものを持って自室に戻る。
途中、ボルドーの服を身に着けた人物が反対から歩いてくるのが見えた。ジーク様だ。
ボルドーを基調として、金の縁取りが施されたかっちりとした服を身に着けている。騎士団の制服だそうだ。それはとてもジーク様に似合っていた。この世界でも、制服三割増の法則は健在のようだ。
「レティ」
ジーク様が私を呼んだ。
「ジーク様はまだお仕事ですの?」
「ああ、これが終わればあとは落ち着く。……貴方は?」
そう言いながら、私の手の中にある領史を見つめた。後ろに控えるアミュレも一冊持っている。
「時間が空いたので、領史でも読もうかと思いましたの」
「貴方まで仕事をしなくてもいい」
「? いいえ、趣味の読書ですわ」
「……」
なんともいえない顔をされた。ジーク様は読書がお好きではないのだろうか。
「特訓も休んでしまってすまない」
話題を変えたかったのか、眉尻を下げたジーク様に謝られた。私は首を横に振る。
「お仕事の方が大事ですもの」
そう返すと、なぜかますます眉尻が下がる。
「明日は必ず、行く」
コホンと咳払いを一つ。真剣な顔を作ったジーク様に宣言された。よくわからないけど、やる気があるのはいいことだ。
「はい、楽しみにしていますね」
微笑むと、ジーク様の顔が真っ赤に染まった。顔が忙しい人だ。
ジーク様はぎこちなく頷くと、その場を去っていった。
私はジーク様の背中が見えなくなるまで見つめてから自室へ戻った。
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