第十六章
熊谷が見た目と裏腹な素早い動きでたどり着いたのは、時計塔高校の屋上だった。
ごうごうと夜風が鳴く中、熊谷はコンクリートの床に立ちつくす。
「で?」
『彼』は尋ねた。給水タンクの横で腕を組みながらだ。熊谷の様子から行き先を見破り、先回
りをしていた。
「これからどうするつもりだ? お前はもう詰んでいるんだよ、人生がな」
ごきゅごきゅ、とガソリンを飲む音が返ってくる。
「それが答えか? いいだろう。お前が『怪人』なのかイマイチわからんが、どうせもう終わ
りだしな」
両腕に装着した鋼鉄製のグラブを胸の上に持ち上る。それが『彼』の『武器』だ。絶対なる
硬度を持ち、死と破壊を司る両手のグラブと両足のブーツ。
それらに殴られた者は砕け、蹴られた者は潰される、髑髏王の鉄の牙だ。
「死ね」
『彼』は跳び、駆けた。一直線に熊谷へと突っ込む。
炎が吹かれた、しかしそれを頭を振ってかわして右拳を突き出す。
熊谷は刹那、左腕で体を庇った。
がきゅり、容易く骨が砕け肉が潰れる。
「ぐわわわわぁぁぁ!」熊谷は絶叫し、一歩退いた。
「お別れだ」『彼』は熊谷の胸に向かって左拳を振る。ひしゃげた左腕が持ち上がってたが、
気にもしなかった。
爆発と閃光に包まれ、右肩から鉄柵に叩きつけられた。
「ぐう……」何が起こったか、一瞬後に『彼』は理解した。
熊谷には左腕がない、そして戦闘で露出した右腕にもびっしりと包帯が巻かれていた。
光に眩んだ視界ながら『それ』を確認した『彼』の血が痺れる。体中に流れる血、指先の毛
細血管の先まで電流が走った。
愉悦、という感情だ。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
髑髏の仮面の下、『彼』はつい歯を剥いて笑ってしまう。
熊谷の唇が蠢く。
「見でいだ……花火の光の中、橋爪くんは美しがっだぁぁ。だからゆるざないっ、橋爪ぐんを
ごろじだ、びうらぁぁぁぁ」
「認めるぞ! お前は『怪人』だ! 怪人・火廻り!」
肩の痛みなど無いかのように『彼』は宣言して、歪んだ鉄柵から身を起こした。
「怪人と人殺しの違いを知っているか? 人殺しは所詮自分の保身も考えて行動するただの人
間だ。だが怪人は違う、目標を殺すために手段を選ばない。人であることを辞める……精神の
歪みが肉体を凌駕する……お前のように、自分の肉をえぐって、そこに花火の火薬を詰め、炸
裂させる……そうだ!」
真っ直ぐ熊谷に、人差し指を向ける。
「お前は怪人だ、故に名乗ろう」
拳を作った『彼』は、己の胸を親指で指す。
「俺は怪人・髑髏喰……怪人を喰う怪人だ! だからお前を喰らう。怪人であ
るお前は俺にとってご馳走だ」
熊谷……怪人・火廻りは聞いているのか聞いていないのか、自らの血と肉片を体に貼り付け
ながら、ゆらゆらと左右に揺れている。
その時、鐘が鳴った。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
重々しい金属の音が、幾度も夜の闇を震わせる。
時計塔の機関室は今では『開かずの間』である。単に誰かが鍵をなくした……程度の色のな
い理由なのだが、それによって時計塔の機械仕掛けの鐘は制御出来ない。
制御しようにも機関室に入れない。だからどうして時々目覚めたように動き出すのか、分か
らない。
ゴーン、ゴーン、とだが鐘は鳴り続ける。人の罪を打擲するかのように。
「さあ、罪を償う時だ。貴様が殺めた人たちの為に、祈れ!」




