第十四章
「私が」その古乃美は、優の背中に両掌をつきながら説明を始める。
「私が疑問に思ったのは、あなたが里見を殺したことです。三浦先輩に憧れていただけで、そ
れほど関わっていなかった里見。しかしあなたは里見を須藤摩耶先輩と間違
えた。須藤先輩の代わりに殺したんです……それは早川里見を知らなかったから、須藤先輩も
知らなかったから、本物の橋爪先輩ならこの間違いはありえない」
早川は須藤先輩と誤認された殺されたのか……優は改めて彼女が哀れになる。
「しかし、あなたは三浦先輩と橋爪先輩の秘密を知っていた……でもっ、それは本当に二人『だ
け』の秘密だけだったんでしょうか? 違います、この話には裏方がいます。二人を夜の学校
へ入れた人、鍵を外してくれた人。あなたですっ、熊谷さん!」
「はははははははははは」突然熊谷は笑い出した。
「そうだ、オレだ、オレが橋爪くんに火の素晴らしさを教えたんだ!」
もう熊谷は顔を隠してはいなかった。自らの手で包帯をはぎ取り、殺意に歪む顔をさらけ出
す。
「どうして? どうしてここまでして三浦先輩と須藤先輩を狙うんですか?」
「それは……」古乃美の問いに熊谷は胸を大きく突き出した。
「あいつらが橋爪くんの未来を奪ったのだ! 美しい橋爪くんの未来を! くだらない恋愛ゴ
ッコで台無しにした」
「そうですか」古乃美は悲しそうに頷いた。
「橋爪先輩は死んだんですね? 殺したのは……三浦先輩です」
「な……」優は言葉にならない。ただ思い出す……ノックアウト、喧嘩。
「そうだ! 三浦は須藤とやらのために橋爪くんを殺した、殴り殺した。オレはその時誓った
のだ、復讐を!」
恐らくいつかの早川や優達と同じように、彼等の諍いを熊谷は聞いていた。橋爪が殺される
のを目の当たりにしてしまった。
それは過失なのだろう。三浦に殺意はなかったのだろう。
だが……橋爪は死んだ。殺された。三浦に……殺された。
「オレは……オレは、橋爪くんを遠くから見ているだけで良かった。橋爪くんの輝く未来を、
ずっと遠くから応援しようと決めていたんだ! それでけでオレは幸せだ。彼の存在だけで生
きていけた……生きていこうと思った」
思えば熊谷が同性愛の気があることを、優も感じていた。橋爪を深く愛していたとは知らな
かったが。
「殺す、三浦と須藤を殺す! 勝手に橋爪くんの前に現れ、勝手な理屈で殺したあいつらを」
ぼうっ、と熊谷の呼気に炎が混じった。
「……つまり、三浦はまだ病院なんだな?」
熊谷はにやりと唇をつり上げ、古乃美が両手で口を抑える。
「いけない!」
しかしその手首を掴んだ優は、彼女を強引に引き三年一組から飛び出した。
「優君、ダメよ! 三浦先輩が危ないの!」
「古乃美ちゃん、それは警察の仕事だ! 僕らではどうしようもない!」
暗い廊下を走る間、古乃美は優の手を振りほどこうと苦心していたが、彼は離すつもりはな
い。
背後では怒鳴り声と悲鳴が切れ切れに交差している。だから古乃美を巻き込むわけにはいか
ない。
一気に三階から一階まで駆け降りた優は、自分たちのクラスである一年二組の扉を開け、古
乃美を押し込む。とっくに真っ暗闇だが、そこは我慢してもらうしかない。
「ここで待ってて! 待っているんだよ! 助けを呼んでくるから、出ちゃダメだよ!」
「優君は?」
古乃美の心配そうな瞳に、優は片目をつぶる。
「大丈夫! 僕は古乃美ちゃんより運動神経良いんだからっ」
「あ……でも、なら私……」
古乃美はまだ何か言いたそうだが、ぴしゃりと扉を閉じた。
ここからは彼女の出番ではない。
この先は彼女のような光はいられない。ここからは死体のように蒼い夜の闇に、ぷかぷかと
浮かぶ者の世界だ。




