第十三章
次の日、時計塔高校は事件の余波でただの登校日になった。
受業は行われず、担任教師からの注意事項を伝えられたら終わり。リモートで済ませればい
いのに、と誰もが文句ぶーぶーのスケジュールだ。
優はいつも通りの時間に出席して、何食わぬという風を装った。
「葛城、いつ新大久保行く? 二高の女子からせっつかれてさ」
案の定山本が馴れ馴れしく、話しかけて来た。
「そんなことより知っているか? 三浦先輩……すごい度胸だよね」
「え! 何がだよ? 教えろ」
山本の目が輝く。
「今日、夕方七時頃学校に一度来るらしい。昨日忘れた荷物を取りに来るんだとさ、狙われて
いるのに」
「へーそうなんだ、それはいいこと聞いたぜ」
もうそわそわし出した喜色満面の山本を、優は黙って見上げた。
三浦省吾の教室は三年一組だ。
時刻は午後六時半、午前受業故に他の生徒達は完全に下校しているが、そのクラスだけ電灯
が灯っていた。
白っぽい蛍光灯の下に、ユニフォーム姿の人物がいる。
『三浦』と名前の入ったユニフォームと、野球帽の着用を横目で確認した優は、窓から外を覗
いた。
夕方と夜の境にある朱色と青色の世界が広がっている。
ふと、気配を感じ、振り向く。人影がいくつも動いていた。
古乃美の作戦のキモになる警察官達だ。
『三浦を囮にして怪人をおびき寄せる作戦』は、警察に好意的に受け止められなかった。『囮』
の部分に引っかかりを覚えたのだろう。しかし結局、彼等は古乃美の要請のまま配置に付いて
いる。
三田村太一郎の力に、そこは感謝だ。
後一つ、すごいのかどうか判らないが、山本の無駄な行動力にもだ。
『三浦先輩が今日訪れる』との噂は、あっという間に校内に広がった。怪人らしき者に狙われ
ている渦中の人物の行動故に、それらは生徒達の関心を引いたのだ。
皆スマホを手から離さない噂好きだからである。
門が閉じられる寸前、『三浦』と入ったユニフォーム姿が隠れるように学校に入っていった
という最新情報も、生徒達の間で神経のようにチャットが飛んでいる。
……ここまでは古乃美の策通りだ。
だけど問題は……この先だ。誰もいない学校へわざわざやってくる三浦。犯人がマトモな、
ただの人間なら胡散臭く思うだろう。
古乃美はあくまでも『怪人』を想定している。そこら辺、優には確証がなかった。
考えている間に日は落ちていたようだ。鏡のように自分の姿が映る窓に近づき、この高校の
象徴たる時計塔を眺めた。
午後七時二分。
スマホで確認し「うーん」呻る。微動だにしないユニフォーム姿が気になった。
やはり見え見えの手に引っかからないのではないか、だが優が口を開く前に、どこからか悲
鳴が聞こえてくる。
「な、なんだ?」
その問いの回答を携えているのか、三年一組の前の扉が勢いよく開き、制服姿の警官達がな
だれ込んでくる。
「で、出た、怪人だ! 正体不明の不審者が警官二名に火を吐いた」
警官の一人が子細を説明する前に、優はユニフォームの人物の前に、盾になるために飛び出
した。
「ぎゃああっー!」
また悲鳴が上がる。かなり近い。気のせいか教室も酷く熱を帯びだした。
そして、すぐに、現れた。
暗闇の洞窟のような廊下から、ゆらゆらと亡霊のような足取りで、そいつは現れた。
顔を包帯で覆った『橋爪』と名が入った野球部ユニフォームの人物。
怪人・火廻り。
「……裏切りもの」
周りの空気を熱気で歪ませながら、一歩一歩、教室へと入ってくる。
「待っていました」
ユニフォーム姿の人物が振り返る。三浦のそれを着用した……三田村古乃美だ。
「……うう」流石に驚いたのだろう、怪人物の包帯から覗く目が大きくなる。
「残念でした。本物の三浦先輩はまだ病院です、私はあなたと同じ手を使っただけです」
立ちつくす包帯男に、古乃美はびしっと指を向ける。
「怪人・火廻り、いえ……」彼女は次の台詞に力を込めようと、すうう、と大きく息を吸った。
「熊谷剛さん!」
「な」優は目を大きく開いた。古乃美からそこまでは聞いていなかった。包帯男の正体が用務
員の熊谷だとまでは、彼女も教えてくれなかった。
「捕まえろ!」
我に返ったのか、周辺の警官達が熊谷に殺到する。
「ぶふーふー」と口から炎が放射され、「うわわ」と警官達の足が止まる。
ごきゅごきゅ、とその間に一升ビンを満たす濁った液体を、熊谷は飲み込んだ。
――あれがガソリンか……。
優は油断無く熊谷を睨みながら、古乃美を数歩後退させた。




