第百二十五話 情報
第百二十五話 情報
巨人同士の戦いはどうやら黄瀬さんが優勢らしい。スペックは互角の様だが、狂ったように武器を振るうだけの巨人と獣の動きながらフェイントを使う彼女の方が押していた。
……とりあえずあちらは任せていいだろう。ならば。
僅かに高度を下げたヘリから、こちらに向かって飛び降りてきた二つの人影に視線を移す。
片方はよくわからない。角の付いたヘルムで顔を隠しており、全身を鎖帷子と何かの毛皮で覆っている。随分と小柄で、手には刃渡り一メートル半はあろう大剣を担いでいた。
もう片方は前に視た顔だ。桃色の長髪を風になびかせ、スカートを押さえて着地した女性。今は黒地に金の装飾をした改造シスター服を着ているが、魔装だろうか?
やけに胸元が開いていてスカートのスリットも深いそのデザインは本物のシスターが見たら卒倒しそうだが、今はそれどころではないので置いておく。
「桜井さん。お久しぶりです」
「はい、大川君。無事な様で何よりです」
流石に『樹王』を解除する暇はない。というか、恐らく既にこの姿での戦闘も見られている。手札を見せるのは嫌だが、遅いか早いかだけだと割り切ろう。この人は実質上司の上司だ。
それに……微笑んでいるが、その雰囲気は前回あった時とまるで違う。同一人物かと一瞬疑ったほどだ。なるほど、こちらが素面の顔か。
「早速ですみませんが、情報の交換をしても?」
「勿論です。では、先に私から」
謎の人物が周囲を警戒する横で、桜井さんが黄瀬さんのゴーレムを指差した。
ちょうど巨人の喉に食らいつき、首の骨をへし折った所らしい。勝利の雄叫びをあげている。
「既に察しはついているでしょうが、アレは黄瀬翠のゴーレムです。私達は有川大臣がこの場所にいると判断し、彼を追ってきました」
「大臣を?」
あの放送からこちらに直行したとでも?東京の地理に詳しくないが、首相官邸からここまでは遠いはず。それにダンジョンの氾濫の中に跳び込むとは思えない。
覚醒者で救援に、というのは無理のある話だ。彼が覚醒者ならもっと前面にアピールしているだろう。臨死体験を経て覚醒した可能性もあるが、それにしても違和感がある。
……放送を見た際の直感は外れていたわけではないらしい。
「まさか、有川大臣は人間ではないとか?」
「……貴方、本当に大川君ですか?」
「そうですが……?」
何故か疑われたので兜だけ解除して顔を見せる。すると桜井さんが突然頬に触ってきたかと思うと、小さく爪をたててきた。
一応無抵抗で受けたが、どういう意図があるのか。頬の皮膚が少し裂けて痛む。
「……本物の様ですね。一応『覚醒者なら入れ替わる可能性はない』と報告は受けていましたが」
ああ、そういう。
「察するに、顔に傷をつければ本人か識別できるんですか?官房長官の時みたいに」
「ええ。もしくは魔眼持ちなら直接顔を合わせればすぐに」
「なるほど。ではもう一度確認させてください。有川大臣は人外であり、『敵』と判断していいのですね?」
「はい」
「わかりました」
深く頷くが、流石にショックだ。あの人……人ではなかったが、覚醒者のために動いてくれる政治家さんだと思っていたのに。
本当に残念だ。場合によってはこの手で仕留める必要もあるかもしれない。
「そちらは有川大臣に擬態したモンスターの撃破が目的なんですね?」
「ええ。それで、大川君は何故ここに留まっているんですか?貴方なら避難は容易だったと思いますが」
言うかどうか一瞬だけ迷うも、隠す事でもないと口を開く。
「この氾濫の中央地点から妙に嫌な予感がします。その理由を確かめる為、巨人と交戦しつつ向かっていた所です」
「……いくら覚醒者は勘がいいと言っても、そこまで危険な事をする理由が?」
本気で不思議そうに桜井さんが首を傾げる。
その疑問はもっともだ。確かに覚醒者の勘は馬鹿にできないものがあるが、百発百中とは程遠い。それも大抵酷く曖昧だ。少なくとも命をベットする賭けにでるほどではない。
しかし……。
「自分でもよくわかりません。ただ、このままだと良くない事が起きる。それも、確実な逃げ場が思いつかないほどに」
自分の奥底。今話していてようやく『何が』反応しているのか自覚できた。
同時に、それ故に現状の危険さも理性が察してしまう。それを説明するわけにはいかないジレンマも。
詳しく聞かれたらどうすればいいのか。自分の頬を汗が伝うが、隠し事ゆえのものと見抜かれていない事を祈るばかりである。
「そうですか。わかりました」
そんなこちらの心配をよそに、桜井さんが頷く。
「この状況で有川大臣が無関係とは思えません。氾濫の中央に貴方を送り届けます。もしも遭遇した場合は、可能ならで構いませんので私達の代わりに有川大臣に化けた怪物を仕留めてください。後ほど報酬は払います」
「……いいんですか?」
あまりにもあっさりとした納得のしかたに、思わず眉をよせる。
「構いません。先ほど言った通りこの氾濫には大臣に化けたモンスターが関わっている可能性が高い。であれば、貴方に任せるのが最良でしょう。それに私達はかなり目立つので、相手に察知されずに近づくのは難しいですから。下手をすれば逃げられます」
「たしかに」
揃って追加の巨人に跳びかかり、狂ったように笑い声をあげる黒の巨獣を見る。
……危ない薬とかやっていないだろうな、あの人。もしくは酒。
「方針は決まりました。行動を開始します。薫子、頼みます」
「了解。任せなぁ」
声を聴いて、薄々もしやと思っていたが謎の人物が姉の方の黄瀬さんだとわかった。
彼女はこちらに突然拳を突き出してくる。
「よろしく頼むわよ『狩人』。あんた、前に会った時と随分雰囲気違うけどそっちが素?」
「はぁ……すみません。意味がよくわからないのですが、素とは?」
あの時言うほど猫被っていたかな……最初は緊張していたけど、途中からその余裕もなくなったと思うが。
とりあえず軽く拳をあてて答えると、黄瀬姉さんは少しだけ首を捻った。
「ん~、まあいいわ。愚妹ぃぃいいいいい!ちょっと耳貸しなぁああ!」
『誰が愚妹だこの駄目姉がぁああ!』
羽交い絞めにした巨人の首を掻き切りながら黄瀬妹さんが吠える。
「とりあえずあんたはそのまま暴れなさい!死んでも敵を殺し続けろ!以上!!」
『了解!!!』
そう返して跳躍し、建物を破壊しながら移動していく黄瀬妹さん。いいのか、アレで。周囲の被害凄そうだけど。
まあいいか。この人達自分と違って随分と荒事に慣れている様だし。どうにかするだろう。
それに……これは絶対に朗報とは言えないが、非覚醒者の生存者が建物の中にいるとは思えない。とっくに魔力濃度は危険域を超えている。彼女の戦闘に巻き込まれて誰かが潰れて死ぬ可能性は低い。
もっとも、自分みたいに戦闘中の覚醒者もいるかもしれないが。その時は双方に頑張ってもらおう。
それよりも自分の彼女たちが心配だ。
「すみません、別行動中の仲間を呼んでいいですか?」
「ええ。問題ありません」
桜井さんに一言ことわってから、アイテム袋から魔石を取り出す。それに軽く魔力をこめてから空高くぶん投げれば、空中で青い光を発した。
雪音達に合流を知らせる合図。彼女らも戦闘中でないなら来てくれるだろう。魔力の繫がりから無事なのはわかっているし。
それから十秒程度で雪音とリーンフォースがやってくる。目視で確認しても目立った傷はなさそうだ。よかった。
「旦那様!と、そちらの方々は……?」
「桜井桃花と申します。大川君の直属の上司である赤城萌恵の恋人兼その上司を務めております」
「あらまあ!ワタクシの夫がいつもお世話になっております」
「いえいえこちらこそ。彼の働きには助けられていますよ」
丁寧にお辞儀をし合う美女二人。
場違いに和やかな空気が流れるが、黄瀬姉さんが剣を担いだまま桜井さんの袖をひく。
「桃花、使い魔は?」
「ええ。今出します」
黄瀬姉さんにそう言われると、桜井さんが錫杖を手に出現させた。
先端から石突きまで金色のそれをくるりと回し、地面を一度叩いたかと思えば彼女を中心に膨大な魔力が動くのを感じた。
「きなさい」
その呟きに応えるように、霞の様に溢れた魔力が形を成していく。
……まじか。
「『ガルム』『ユニコーン』『ピラトゥスドラゴン』『フェネックス』」
赤黒い毛並みを逆立たせた、牛すら丸呑みにしかねない巨躯の番犬。
白い毛並みに金の鬣をたなびかせる、黒金の馬鎧を身に着けた一角獣。
今まで出会ったどのドラゴンよりも穏やかな瞳をもち、それでいて強靭な身体をもつ龍。
炎を纏っているかの様な赤い羽根をはためかせる、神々しい鳥。
一体一体がどう考えても『Bランク』以上。ともすれば『Aランク』に届くものもいるかもしれない。それらを従えた桜井さんはユニコーンに颯爽と跨ると、空にフェネックスを飛ばした。
「私達はできるだけ派手に暴れます。その上で大川君達が中央部に行きやすい様に支援攻撃をしますので、目的を果たしてください」
「わかりました。よろしくお願いします」
「ええ、それとこれをお使いください」
そう言って彼女が差し出してきた木札を受け取れば、何やら魔法陣が書かれていた。
「これは?」
「念話を伝える魔道具です。自作ですが、異界の中でも使えます」
「ありがとうございます。使わせていただきます」
自作って。たしか念話用の魔道具はそう簡単に作れないはずだが……この人、思っていた以上にとんでもないな。
だが味方であるなら心強い。これなら、自分達は力を温存して中央まで行けるはずだ。
桜井さんが木札を懐にしまうこちらに頷き、錫杖を掲げる。街中から黒煙が立ち上り、未だ破壊が繰り返される戦場の中でなおそれは眩い輝きをみせた。
「では……作戦開始」
静かに発せられた号令。たったその一言に対し、巨獣が、一角獣が、龍が、黄瀬さんが一斉に吠える。その地獄の蓋でも開けた様な戦力を背に、雪音達に目配せして走り出した。
同時に、もはや確信に近い『嫌な予感』の正体が見当はずれなものである事を心の中で祈る。
それを否定する様に―――『己の固有異能』が、どくりと脈打った様な錯覚を覚えた。
読んで頂きありがとうございます。
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申し訳ありませんが、体調が少し悪いようなので明日の投稿は休ませていただきます。本当にすみません。
Q.使い魔やゴーレムで従えるだけ従えた方がアドじゃない?一人で軍隊作れまくれるじゃん。
A.使い魔は契約者から魔力を供給されているので、その為の『道』と『貯蔵』がないとたくさん契約するのは厳しいですね。ゴーレムはそもそも日本で実戦レベルと言えるのはそうそう作れません。
基本的に使い魔は契約できて一体。場合によっては二体ぐらいですかね?魚山みたいな異能もちなら話は変わってきますが。




