第百二十四話 援軍
第百二十四話 援軍
無人となったコンビニ。そのレジの近くで剣を肩に担いだまま立っている。
隣には完全武装のリーンフォース。日常の象徴ともいえる場所に鎧姿の彼女がいるのは、少しだけ違和感があった。
と言っても、日常と言うにはあまりにもコンビニの中が荒れているが。巨人の咆哮を近くで浴びせられたからか、ガラスの類は砕け商品棚もぐちゃぐちゃになって倒れている。店員と思しき人達の亡骸は、眼を閉じさせて店員用の休憩室に横たえておいた。
奥にある更衣室でレイラが雪音の『お色直し』を手伝っている。それを待ちながら、兜だけ解除してアイテム袋からカロリーバーと水筒を取り出した。
剣を床に突き立て、カロリーバーの袋をあける。
「リーンフォースも食べる?」
『いいえ。不要です』
「そっか」
一応、彼女も飲食は可能なのだが。胃で食べた物を魔力に変換するらしい。もっとも、効率はあんまり良くないらしいけど。
わりと好きな味のカロリーバーだが、味わう間もなく噛み砕いてお茶で流し込んだ。短期決戦になるか長丁場になるかわからないので、念のため腹の中に入れておく。
今も遠くから地響きと破壊音が聞こえてくる状況はお世辞にも食事に向いた空間ではないが、贅沢も言っていられない。
手早く空になった包装の袋と水筒をアイテム袋にねじ込み兜を再展開。剣を担ぎ直す。ちょうどそのタイミングで、レイラと雪音がドアを開けてこちらにやってきた。
「お待たせしました。主様、リーンフォース」
「いや、大丈夫だよ」
そう答え振り返る。
「おおっ……」
そして、こんな状態だと言うのに思わず感嘆の声が出てしまった。
「どうでしょうか、旦那様」
そう言って少し頬を染めながら笑う雪音。ポニーテールに纏められた長い髪が揺れる。
彼女の戦装束である白い着物は、白と水色が鮮やかな着物と紺色の袴姿に。そして手足には水色の装飾がされた銀色の籠手と具足。同色の胸当ても左胸を隠す様につけられている。
腰に二本の扇子を左右にそれぞれ挿し、彼女は空いた手で袖をつまみ広げてみせた。
「凄く似合ってる。綺麗だ」
「ありがとうございます!」
恥じらいながらも満面の笑みを浮かべる雪音。可愛い。
ああ、まったく。これがド修羅場の中じゃなかったらなぁ。
「レイラ、この魔道具の調子はどう?」
「理論上は問題なく機能するはずです。ですが、まだ試運転もしていない状態ですので何とも言えません」
そう、これは魔装である。ただのコスプレではない。
リーンフォースの予備装甲に、ミスリル鋼を使って相原君に調整してもらった籠手と具足、胸当て。
土蜘蛛のダンジョンで手に入った糸で桜呉服店に織って貰った着物。
それらをレイラの手で組み合わせ、魔石やら何やらを詰め込んだのが雪音の今着ているものである。勿論、各所に『白銀の林檎』由来の物を使って性能の底上げをしてある……らしい。
ぶっちゃけよくわからん。ただ、『何が出来て』、『どういう効果』があるのかは知っているので問題ないと思いたい。
「雪音、いけそう?」
「はい!お任せください!」
自信満々に両手をグッとする雪音に頷き、他の二人にも目配せしてコンビニの吹き抜けになった扉を潜った。
道路には端に寄せられる事もなく止まったままの車と、あちらこちらに倒れた人々。胸糞悪くなる光景だが、今は一秒だけ瞑目するだけで済ます。
あちらこちらでビルやガードレールに車が突き刺さっているが、上の方のは巨人が投げた物か。何にせよ、その下は避けて通った方がよさそうだ。
「手筈通りに行く。皆、よろしく頼む」
「「はい!」」
『了解』
深呼吸を一回。レイラに視線を向ける。
「よし、やろう」
「わかりました。しかし厳しいと判断したらすぐにおっしゃって下さい」
「うん」
そう返すと、レイラが実体化を解除。自分の中へと戻ってくるなり、『樹王』を発動させる。
「ぐっ……」
『主様!』
「大丈夫……このままその状態を維持してくれ」
『……かしこまりました』
この形態は奥の手であり、常時発動させるものではないが……所謂『アイドリング』に近い状態ならばどうなるのか。
彼女による動きの補正と魔法での支援。それをその都度、ごく短時間だけやってもらう。練習はしてきたが、これもまた他のダンジョンでの試しはなし。
本当に氾濫というのは嫌になる。せめて一週間ぐらい前にどこで起きるか教えてくれ。絶対に近づかないから。
「すぅ……行くぞ!」
剣を担ぎ、比較的無事な左側の歩道を走り出した。いつもとは違い、自分が先頭でリーンフォースと雪音が続く。
走り出して十秒ほどで、リーンフォースが声をあげた。
『魔力反応有り。十時方向から一体こちらに接近中』
「全員迎撃準備!」
言いながら、右斜めに跳躍。車の屋根を踏み砕いてもう一度跳ねたところに、ビルを突き破って巨人が姿を現した。
『■■■■■■■■───ッッ!!』
剣を持ち、金色の双眸で自分達を見下ろす怪物。相変わらずその瞳は僅かに焦点が合っていない。口の端から涎を滝の様に流し、狂ったように剣を振り上げた。
撒き散らされるビルの残骸の中を跳び、反対側のビルの壁へ。奴の視線が一瞬だけこちらを向いた。
ダンジョン化の影響で魔力を帯びた瓦礫は、雪音達の元へと迫る。普段なら壁役が雪音には必要だが───。
「はっ!」
今は、必要ない。
リーンフォースと共に瓦礫を躱す雪音。その動きは今まで比べ明らかにワンランク上のそれだ。地面を滑る様に回避した彼女は、そのまま流れる様に扇子を振るう。
その際、ほんの一瞬だけ彼女の籠手が青く輝いた。
「『氷牙・槍衾』!!」
放たれる氷の投槍。その数はおよそ三十。だがその一本一本が、西洋の突撃槍なみにでかい。
速度も通常の倍近いそれらが巨人を襲い、咄嗟に相手も攻撃を中断して左腕で顔を庇った。
『■■■■■■■■……!!』
人間が散弾でも受けた様に、巨人の肉が弾けて指が二本ほど千切れ飛ぶ。血肉を飛び散らせ、奴の瞳が怒りと共にハッキリと雪音に向けられた。
好機!
「レイラ」
『はい!』
魔力の開放と『自然魔法』を同時発動。風と魔力に後押しされ、ビルの壁を全力で蹴りつけた。背後で蜘蛛の巣状に巨大なヒビが入り、残り僅かな窓ガラスが砕ける。
半瞬後には音を置き去りに。瞬きする間もなく彼我の距離が縮まり、標的に肉薄する。
二の太刀はない。一撃で仕留める。
「っぅ………!!」
『■■ッ!?』
一瞬だけ目が合うが、構うものか。体を横回転させ、ツヴァイヘンダーを巨人の首にいれる。
硬い。それでも、斬れないほどでない。
首の後ろから半ばまでを引き裂く。骨までへし折り、刀身が通り過ぎた。
剣を振りかぶったまま膝から崩れ落ちていく巨人をよそに、まだ無事なビルの壁へと剣を突き立て片足で踏ん張る。
「はぁ……はぁ……」
きっつい!
倒れていく巨人を見下ろしながら、内心で叫ぶ。あの一瞬にも満たない時間だけで全身が悲鳴を上げたのがわかった。
だが……動けなくなるほどではない。
『大丈夫ですか、主様!?』
「うん……いける。これからもお願い」
『わかりました。ですが、ご無理はなさらぬよう』
「ああ」
心配してくれるレイラに答えながら、周囲を警戒。今しがた倒した巨人は粒子となって消え始めたが、きっとこの戦闘音を聞きつけた奴らが続々とやってくる。
張り付いていたビルの壁から跳び下り、雪音達と合流する。
「旦那様!」
「二人ともお疲れ。大丈夫そう?」
「はい!やれます!」
『問題ありません』
雪音が纏う魔道具。着物と鎧の見た目ながら、魔力仕掛けのパワーアシストスーツとしての機能をもつ。
と言っても『金剛』の様にそれ自体が装着者の筋肉となるのではなく、こちらは『白魔法』により装着者の筋力を強化。特に四肢のそれを上昇させる。
と言っても、その強化量は微々たるものだが……。
チラリと、雪音が回避した位置に視線を向ける。そこには、僅かながら氷が地面に残っていた。
水系統の魔石も仕込む事で、彼女の妖術を強化。それを交えての高機動かつ火力の上昇である。
「なら、次の敵が一体ならこのまま――」
『『『■■■■■■■■■■■────ッッ!!!』』』
「っ……!」
あまりの音量に兜の下で顔をしかめる。振り返れば、ビルがいくつも傾いていく光景がほんの数キロ先で広がっていた。
『魔力反応、数三。それぞれ二時、十一時、十時の方角より接近中』
「まあ、そうなるか」
巨人はそれぞれ膨大な魔力の塊。それが二つも直近で消えた場所となれば、先の戦闘音もあって奴らが来るのは当たり前だ。
弔い合戦などという感傷的な話ではなく、強敵を食らって糧にするために。
「プランBでいく。そっちは頼んだ。自分の命第一で」
「はい。旦那様もお気をつけて」
『任務了解』
雪音達と一度頷いてから、別々の方向へと駆ける。
巨人は力が強く、頑強で、脚も速い。そんな連中に自分達が勝っている点など、小回り以外にありはしないのだ。
囲まれたら終わる。戦力の分散は避けたいが、それでもやらねばならない。あいにくと戦上手とは程遠い頭なのだ。この状況に最適な動きというものが浮かばない。
路地を走り途中で跳躍し、三段跳びの要領でその辺のオフィスへと窓を破って跳び込む。案の定、中に生きている人間はいない。
散乱した書類や倒れた椅子を蹴り飛ばし、机を飛び越えて壁を体当たりで破壊して廊下に。
「レイラ、敵の位置は」
『恐らく、このまま直進すれば一体ぶつかります』
「了解」
廊下を疾走し、大きな窓ガラスを突き破って外へ。
ビルの七階から跳び出す事で、巨人の斜め上をとる。だが相手の金に輝く瞳がこちらを捉え、咆哮をあげながら斧を振るってきた。
迫る刃はあまりにも大きく速い。風圧だけで吹き飛ばされかねないのをレイラが『自然魔法』の風で姿勢を制御。斧自体は体を丸め前転する様に回避。鈍く輝く刃の上を転がる。
一撃をやり過ごし、顔面へと肉薄。両手で剣を握り魔力を全力で纏わせた。
「おおお!!」
一閃。額から頬にかけて切り裂き、相手の右目を潰す。
『■■■■■■■■■■■―――ッ!?』
絶叫をあげながらも瞬時に距離をとろうとする巨人。巨体に見合わぬ跳躍力をみせるが、飛び乗ったデパートらしき建物がその重量に耐えきれず崩れた。
バランスを崩した所に、『自然魔法』で風の足場を蹴りながら再突撃。死角である右目側に入るとフェイントを入れてから、左目側に。
空振りした斧がすぐ横を通り過ぎ、凄まじい風圧を感じながらもう一度空中を蹴る。
弧を描く様な軌道で首へと迫り、その喉笛を引き裂いた。ごぱりと血を噴出する様は間違いなく致命傷。しかし、奴の動きはまだ止まっていない。
『…………ァァ!!』
道連れにするつもりか、声にならない叫びをあげながら斧も取り落とし両手でこちらに掴みかかってきた。
だがあいにくと。『視えて』いるし、その手はでかすぎる。
蚊でも潰す様に叩きつけられた両手。その指の一つを左手で殴りつけ隙間を飛び越える。背後で空気が弾ける音を聞きながら、横転する車の間に着地した。
『■■■■■■■■────ッ!!』
ビリビリと響く雄叫びに視線を向ければ、また別の巨人がこちらに向けて駆けてくる所だった。
一歩進むごとに地面が揺れ、足元の車は蹴散らされるか踏み潰されていく。距離感の狂いそうなその身体で易々と高架橋を飛び越え、道路と車を破壊しながら迫っていた。
剣を握り直し、呼吸を整える。まだいける。全身が痛むが、数秒で仕留めきれば。いいや、脚を斬るだけで十分。仕切り直せば───。
『主様!上から来ます!!』
「はぁ!?」
レイラの言葉に咄嗟に横へ移動しながら空を見上げれば、突然巨大な影が視界に跳び込んでくる。
ありえない。別の個体が跳んできた?しかし魔眼はこの『危機』に反応せず、そもそも巨人が跳ねたのなら何かしらの音が聞こえたはずだ。
聞こえたのは、せいぜいが『少し遠くを飛ぶヘリ』の音のみ。しかし、そうであるならこれは―――。
『ハハハハハハハ!!』
反響する哄笑。それをあげながら、黒い脚が自分から百メートルほど離れた道路と止まったままの車を踏み砕いた。
陥没する地面に、巻き上がるアスファルトと土。それをマントでやり過ごしながら、今しがた現れた謎の存在を視認する。
水道管が壊れたか、とび出る水がかかるのは黒く固まった溶岩の様な外皮。岩山の様に見えたそれは両足であり、上へと伸びていく。
強靭な四肢をもつ、やや獣が混じった様な新しい巨人。その眼に該当する部分は血の様に赤く輝き、背からは海藻の様にゆらゆらと不可思議な魔力の光を出していた。
……まさか。いや、嘘だろ……?
困惑しつつ物陰に隠れた自分に、全長二十メートル以上ある黒の巨人がその牙の並んだ口で叫んだ。
『助けに来てやったぞぉ、ルゥゥゥキィィィィ!!!』
絶対嘘だ。
警戒して立ち止まり武器を構える巨人に駆ける、黒の巨人。
否、『黄瀬さんが操るゴーレム』。
『ハハハハ!オラァ!!』
跳躍から繰り出された爪。それを槍の柄で受け止める巨人だが、膂力と重量で押されたと言うのか。地面を抉り飛ばしながら後退させられた。
『なんて、上からの命令でここに来たんだけど、なぁ!!』
流れる様に膝蹴りからの横の大ぶり。対する巨人は顔に赤い四本線を引きながら、雄叫びをあげて槍の柄でゴーレムの側頭部を打ち抜く。
一瞬だけぐらりと揺れたゴーレムだが、すぐさまボディブローで応戦した。
『ゲハハハハハ!!!いいねぇ、いいぞぉ!!やろう!戦おう!神話の再現といこうじゃないか!!』
『■■■■■■■■■■■■!!!!』
『お前も楽しいよなぁ、オイ!!』
ぶつかり合う、獣同然の動きをする両者。それを見下ろすヘリを見て、飛んできた瓦礫をやり過ごしながらぼやく。
「いったいなんなんだ、本当に」
『一応、味方かと……』
自信なさ気なレイラの声を聴きながら、巻き込まれまいと距離をとった。
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